第4話

 どうにか強盗連中からは逃げ延びることができた。


 城塞都市グリムワには中規模ダンジョンがあるため、雑多な人間が集まってくる。ダンジョンで上げた稼ぎを狙う強盗や盗人もいるので、治安がいいとは言えない。


『わたくしの助言がなければ、三回ほど死んでましたわよ? ほら、早くわたくしに体を差し出しなさい。あなたより、上手に使ってさしあげますわ』


 悪霊ルリアの言葉は全て無視した。無視しつつも命に関わるので助言は聞かねばならん。未だに死の運命だとか言われても、全力で信じたくないけど、信じないと死ぬ。


 てか、絶対、この悪霊の呪いだ。こいつさえ祓っちまえば、絶対に元に戻る。きっとそうだ! そのはずだ!!


 仲間だ。

 仲間に助けを乞おう。


 強盗から逃げてるうちに冒険者ギルドの近くに来てたし、そのまま建物の中に入るしかない。息を整えつつ扉を開いた。


 冒険者ギルドには書類を書くためのテーブルや、職員と話すためのカウンターがある。掲示板にはざっくばらんに依頼書が貼られており、それを選んで職員に仕事の受注をするのだ。まあ、場合によっては張り出されてない依頼などもあり、職員と仲良くなったり、実績を重ねていると口頭で仕事を頼まれることもある。


 誰か知り合いか、俺のパーティーの連中はいないか? と探してたら受付嬢のサティが垂れ目な目を大きく開いて俺を見ていた。


「アインさん!? 死んだはずじゃあ?」


 普段はニコニコ笑いながら何事にも動じないサティが、大きな声をあげていた。それだけ俺を心配してくれていたのか、と少し嬉しくはなるが、サティは人妻である。下手に粉をかけようものなら、上級冒険者の旦那に殺されかねない。これ以上、厄介事は御免だ。


「勝手に殺さないでくれよ、サティ。そりゃあ、死にかけたけどさ……」


「でも、オウルさんがアインさんは死んだって……」

「オウルが? あいつ、冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろ……」


 パーティーリーダーが、仲間の死を簡単に受け入れないでほしい。


「で、オウルたちは?」

「依頼を受けてダンジョンに潜っています。予定ですと、本日、戻ってくるはずですが……」


 なにか含みのある表情だな……。

 違和感を覚えていたら、扉が開いた。その気配に振り返れば、パーティーメンバーの四人だった。


「よお、オウル!」


 赤髪のオウルと呼ばれる中級冒険者だけあって、火のように真っ赤な髪の毛がトレードマーク。まだ十七歳と若い駆け出しだが、俺だって十八歳だ。


「アイン……? お前、どうして?」

「どうしてってなにがだよ?」


 髪の毛を後ろに結った男が「つか、なんで生きてんだよ?」と悪態をついてきた。弓兵のロナウドは、俺を嫌っている。喧嘩をするのも面倒なので、いつものようにテキトーに受け流す。


「サティにも俺が死んだとか言ってたみたいだな。勝手に殺すなよ」


 と笑顔で言えば、オウルは決まり悪そうに頭をかいた。ロナウドは舌打ちを鳴らし、他の女性二人も驚いた顔で俺を見ていた。ロナウドの態度はいつもどおりだが、他のメンバーの反応は、地味に傷つく。俺が死んだと本気で思ってたってことかよ……。


 まあ、無理も無いか……。

 こいつら、けっこうクズだしな……。


 そもそも、一度も見舞いに来なかったし、このパーティーにとって俺ってなんなんだろう? と思わなくもない。


 だからといって、パーティーを抜ける気は無い。ただでさえ、屍術師ネクロマンサーは不人気職種だ。新しいパーティーを探すくらいなら、多少、雰囲気のよろしくない仲間と一緒に活動したほうがマシまである。


 どうせ、開店資金が貯まるまでの期間限定の仲間だ。可能な限り良好な関係を保っておくのが穏当なやり方だ。


 だから、俺は何も気にしてない風を装った。


「どうした? 変な感じだけど、なにかあったのか?」

「いや、なんでもない。悪いな、報告があるんだ」


 そっけない態度のオウルに続き、他のパーティーメンバーたちも、俺から目をそらすように受付へと向かっていった。

 なにやら違和感を覚えつつも、とりあえず手続きが終わるのを待つことにした。


『そういえば、あなたの死因ってなんだったのかしら?』


 ルリアの言葉に「死んでないのに死因は無いだろ」と言いそうになったが、あえて反応はしなかった。


 たしかに、俺の病気の原因は謎だ。


 オウルたちとダンジョンに入り、魔物を狩っている途中で具合が悪くなったのだ。治癒魔術ヒールが効かないということは、毒か何かだろうとは思っていたが、自分一人だけ毒を受けるというのも疑問ではある。


 だが、今はこの悪霊のことが最優先だ。こいつを、どうブチ祓うか考えなければ……。


 手続きを終えたオウルたちが俺のほうへとやってくる。オウルは報酬の金貨を持って「お前も来い」とテーブルを親指で指さした。言われるがまま空いた丸テーブルに五人で座る。


 赤髪のオウルの右隣は女魔術師ヒルルラ。黒髪ロングで豊満な体つきの女だ。距離感的にオウルとつきあっているのではないか? と勘ぐってはいる。左隣はこれまた女性で斥候役のジョアンナ。経験はまだ浅いが索敵能力に長けており、前衛として戦える程度に武術も修めている。そして、ジョアンナの隣にいるのが、弓兵のロナウド。性格に関してはオウル以上に難はあるが、こいつの弓矢には何度も助けられたのは事実だ。


 四人はグリムワ出身の幼なじみ同士らしく、結束感が強い。そこに異物である俺を含めた五人パーティーという構成になっている。ちなみに俺は屍術師ネクロマンサーだが、戦闘で使える魔術は皆無と言っていいので、剣を扱うことがほとんどだ。


 年齢は全員、十代。オウル以外は下級冒険者だが、グリムワのような中規模ダンジョンのある街だと、中級でも上位の実力者と言えた。


 四人は今回の報酬を山分けし、金貨を自分たちの懐に収めていった。それが終わると同時にオウルが口を開く。


「アイン、本当に体のほうは大丈夫なのか?」

「ああ、心配かけたようだけど、もう大丈夫だ」

「そうか、よかったな」


 下手な役者の台詞のように抑揚のない言葉だった。


「どうしたんだ? みんな、なんか変だぞ?」

「そう? 気のせいだと思うけど?」


 ヒルルラの言葉にロナウドが「つか、どうやって治したんだよ? 薬も魔術も効かなかっただろーが」と尋ねてくる。


「わからん。今朝になったら、よくなっててさ」


 アインの言葉に「よかった」と珍しくジョアンナが口を開いた。超がつくほど無口な彼女は、必要最低限のことかしか口にしない。それが少しだけ嬉しかった。


「いつから動ける?」


 オウルの言葉に「今日からでも」と笑顔で答えた。

 いや、正直しんどくはあるんだが、使える奴アピールをしないとパーティーから追放されかねない。本当は、悪霊の祓い方について相談したかったが、それを切りだせる空気じゃないんだよな……。


 なんなんだろう? この言いようのない違和感は……。


『ダンジョンなんて殺されに行くようなものですわよ。わたくしの体なのですから、大事にしていただきたいのですが?』


 お前の体じゃねーよ……。


「じゃあ、今から行くか?」

「え?」


 さすがにオウルの言葉は想定外だった。


「いや、いいのか? お前たちだって休みたいだろ?」

「早急に始末をつけないといけない案件なんだよ。行けるんだろ?」


 内心では明日以降だと思っていたが、さすがに前言を撤回するわけにもいかない。ソフィーは心配するかもしれないが、まあ、どうにか丸め込めるだろう。


「わかったよ。準備ができ次第、行こう」


『あなたは既に死んでいる身の上。運命が全力であなたを殺しに来ますわよ』


 悪霊ルリアの忠告は全力で聞き流した。


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