第3話

 気づけば俺は空を見上げていた。塩をかけた男にグーで殴られたのだ。


「ふざけんじゃねぇぞ!」


 ペッと唾を吐き捨て、男は立ち去る。


『ですから早く服を着せるのですわ!!』


 倒れた俺の横で素っ裸な痴女がしゃがみながら丸くなっている。意味がわからない。

 とりあえず、起き上がった。しゃがみこんでいる痴女を見る。


「お前、なんなんだよ……」

『わたくしはルリアですわ!!』


 とりあえずコミュニケーションは可能らしい。


「いや、名前とかじゃなくて、すり抜けるし、俺以外には見えてないし……悪霊かなにか?」

『誰が悪霊ですか!! とにかく服を着せないとぶっ殺ですわよっ!!』

「服を着せろと言われても……」


 などとブツブツ喋っていたら、道ゆく人々に奇異の目を向けられた。他人からは、独り言をつぶやく危ない奴として映っているのだろう。実際、俺だって自分の頭がおかしくなったんじゃないかと思った。謎の病気で寝込んでたしさ……。


『あなたの想像次第ですわ! なんでもいいから服を!!』


 想像しろと言われても困るので、その辺を歩いている娘の服を見たら、パッと変わるように痴女が服を身にまとった。ロングのスカートにブラウスという一般的な服装だ。


『ま、まあ、これでいいですわ。少々、貧乏くさいですけど……』


 ブツブツ言いながらルリアと名乗った痴女の悪霊が立ち上がる。


 服を着たルリアは、これまでとは打って変わって偉そうに胸を張った。


『さあ、その体をわたくしに差し出しなさいな!』


 どうやら俺の体を乗っ取るつもりらしい。

 やっぱり、こいつは悪霊だ。


 とはいえ、往来で悪霊と話していたら、頭のおかしい人だと自ら喧伝することになってしまう。ルリアがついてこないことを祈りつつ、俺はひと気のない裏通りへと入っていった。


 案の定、悪霊は『待ちなさい』と後ろについてきた。しかたがないのでため息をつきつつ壁にもたれかかりながら、悪霊へと目を向ける。ここならば、人の目も無い。


「あんたは、なんなんだ? どうして俺にだけ見えてる? 俺の頭がイカレたのか?」

『わたくしは元十勇士セフィラが第十戦騎。施しの勇者ことルリア・ロクスウェル・マルクトですわ!!』


 意味のわからないことをのたまっていたが、アインにもわかる情報が出てきた。


「ルリアって俺の夢に出てきた女か?」

『あなたの夢のことなんて知りませんわよ』


 名前の他にも耳馴染みのある単語があった。


十勇士セフィラってアウレリア法王国の勇者のことだよな?」

『そうですわ! もう少し敬ってもいいですわよ?』


 ふふんと偉ぶっていた。


 王神教を国教とするアウレリア法王国は、法王の私兵に対して<勇者>という称号を与える。王神教の教えに逆らう悪党である<魔王>討伐を使命とする者が勇者とされており、例外なくデタラメな強さらしい。


 更に勇者たちの中でもトップ10人を十勇士セフィラと呼び、特別視していた。


「でも、施しの勇者は死んだはずだろ? 七年前に」

『もう七年も経っていますのね……』


 落ち込んだような顔でつぶやいていた。


『あなたのおっしゃるとおり、わたくしは七年前に殺害されました。同じ十勇士セフィラたちに』


「施しの勇者は十勇士セフィラを裏切って魔王側についたから、魔王ごと殺されたって話だぞ」


 たしか、そんな噂話を聞いた記憶がある。


『大嘘ですわよ! なんだったら魔王は、ほぼわたくし一人でぶっ殺でしたわ! ああ、腹が立ちますわ!! そうなってるかもと思ってましたが、やはり! そうやって嘘を!!』


 ダンダンと地面を踏み鳴らしていた。リアルに地団太を踏む人を初めて見た。


「要するにあんたは死んだ悪霊ってことだろ? 俺に憑りついてもいいことなんて無いぞ」

『ですから悪霊ではありませんわ。わたくし、転生するはずだったのです』

「なんだよ、転生って。異世界人じゃあるまいし」


『あら、わたくしは元々異世界人ですわよ。こちらの世界の体で転生するのは初めてのことでしたけど、死に際に試すしかなかったのです。結果的にこんな不完全な形になってしまいましたけど……』


 なにを言ってるのかサッパリだ。


「不完全だかなんだか知らんが、どっか行ってくれ。あんたにまとわりつかれると、頭のおかしい奴扱いされる。ほんと、マジで勘弁してくれ……」

『あら、結果的に転生が失敗したとはいえ、あなたが生きてるのは、わたくしのおかげですわよ?』

「どういうことだよ?」


『あなたの運命は<死>でしたわ。当然ですわね。死ぬ運命にある者を選別し、転生する魔術式でしたもの。おそらく術式にバグがあったのでしょう。なぜか、あなたの死の運命を打ち消してしまったようですわね』


「よくわからんが、助けてくれたなら礼を言うよ。ありがとう」


 笑顔で言いながら塩を取り出し、投げかけた。


『礼を言いながら、わたくしを祓おうとするのはやめるのですわ! こいつ、思いのほか、クソ野郎ですわ!!』

「うるせー! お前こそ悪霊じゃねーか!!」


 やはり塩が効かない。なんてめんどくさい悪霊だ。


『塩を指でつまみながらわたくしの頭にパラパラかけるのはやめなさい! わたくしは食材ではありませんわよ!! それに私を祓えば、あなた死にますわよ?』

「はあ? なんで?」

『それに答える前に、一歩前に出なさい。そこにいると死にますわ。あと、塩をしまいなさい』

「え?」

『いいから! その体はわたくしのモノでもあるのです。壊されても困りますわ!』


 言われたとおり、壁から離れた。でも、塩はしまわない。

 瞬間、頭上の壁が崩れ、石が落ちてきた。もし、動いていなければ、アインの頭に直撃していただろう。


「え? なにこれ?」

『ですから、あなたは今も尚、死の運命から逃がれられておりませんわ』

「……どういうこと?」


『世界は理から外れたあなたを殺そうとしますわ。偶然的に必然的に、ありとあらゆる手段を用いて。そのままですと、あなたは死にますわね』


「はあ!? なんだそれ!?」

『ですから、わたくしにその体を差し出しなさい。わたくしの運命力なら、死の呪いも打ち消してあげますわ!』


 なにを言っているのかわからない。わからないが、わからないなりに情報を集めなければ!


「仮に俺の体をあんたに譲ったとしたら、俺はどうなるんだ?」


『さあ? 消えるんじゃないかしら? でも、昨夜、死ぬ予定でしたし、かまいませんわよね?』


 ニコリと微笑まれた。


「かまうわボケ!!」


『ぼ、ボケですって!? わ、わたくしにそんな言葉を投げかけるなんて前世以来ですわよ!! あと、塩をかけるのはやめるのですわ!!』


 クソ! もう塩が無い!!


『あなただけでは死の運命からは逃れられませんわよ!!』

「うるせえ! 自分の店持つまで死んでたまるか!! 勇者だか悪霊だか知らねぇが、俺にまとわりつくと、マジでブチ祓ってやるからな!!」


 塩がダメなら胡椒で戦うしかねー! と鞄を漁った瞬間、誰かが近づいてくる気配を感じた。視線を向ければ、ニヤニヤ笑いながらナイフを持った男が立っていた。おそらく強盗だろう。


「……もしかして、アレも死の運命ってことか?」


『ですわね』

「ああもう! 信じねえぞ!! おら、そこどけ! 火球操炎フレイム!!」


 叫びながら天慶スキルで魔術を発動。火の球で牽制しつつ、踏み込みながら強盗の股間を蹴り上げた。見事に金的蹴りが決まったので、その場で崩れ落ちる強盗を押しのけ表通りへと飛び出る。


「なにが死の運命だ!」

『一人だけでしたら、まあ……』


 含みのある言い方だな、と思った瞬間、嫌な視線を感じた。どうやら先ほどの強盗の仲間と思しき連中に見られているらしい。

 明らかに殺気のこもった気配だった。


『全部で八人くらいですわね。わたくしでしたら、ちょちょいのちょいですので、代わりますわよ?』

「ああ、もう!! めんどくせぇぇ!!」


 威勢よく叫びながら、逃げることしかできなかった。


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