第2話 光の勇者たちと白銀の勇者
大聖堂へと向かい廊下を歩く彼女、白銀の勇者――シャルロッテ・アンバーの足取りはどことなく重く、うつむく顔は影がかった感じがした。
廊下に静かに一定の歩幅で響く足音も、薄い氷を軽く叩くように透き通った冷たいもののように哀愁を思わせせた。
暗く重い雰囲気を纏わせながら大聖堂へ向かい、窓から日差しのかかる廊下を歩いていく。
大聖堂へと続く最後の通りを進むと、彼女の向かいの廊下の奥から、談笑しながら歩いてくる数人の人影があった。
通りの奥から現れた人影は四人組で、男が二人、女が二人の構成だった。
美しい金髪で、髪の先を縦巻きのカールにしたロールヘアにしているお嬢様っぽい高貴な雰囲気を漂わせ、優雅に歩く仕草で高飛車なそれを醸し出す女が、四人の先頭を歩いていた。
彼女はアルター教団内でも一目置かれる存在だった。
公爵貴族令嬢というとても高貴な身分でありながら勇者としての資質も備え、その勇者の中でも最上級の力を持つ光の勇者として、アルター教団内でも特に重宝され、大いに活躍していた。
金髪で縦ロールの髪を歩き揺らす、公爵貴族令嬢というお嬢様であり、現最強と周囲から一目置かれている光の勇者――マドリネットは、目前から陰気臭く歩いてくるシャルロッテに気づき、足を止めた。
光の勇者マドリネットの後ろを歩いていた他の三人も足を止めた。
四人の中でも頭一つ背が高く肩幅も広い筋骨隆々の大男が力の勇者――アーノルド。
その隣のマドリネットの背後に立つメガネを掛けた優男が癒やしの勇者――エッカミル。
そしてその隣にいる赤い髪で褐色の肌をした女が炎の勇者――ヴァネッサ。
彼女たちは同じパーティーで勇者としての任務に従事ることが事が多く、仲が良かった。
彼女たちはアルター教団が有する勇者の中でも最上級のパーティーで、その活動の成果もその存在も、
そんな輝かしい功績に彩られた光の勇者たちとは対象的なのが、今、陰鬱に廊下を歩く白銀の勇者であるシャルロッテだった。
役目といえば人手不足の仕事に放り込まれて、掃除や教団内の雑用係、たまに軽いモンスター退治や村の困り事を任されたり、教団幹部の警備など、特に秀でている活躍はしていなかった。
勇者の力がない訳では無いが、シャルロッテの勇者の力には少し欠点があり、師匠でもあり直属の上司でもあるアルター教団の幹部、円卓の一人でもあるルーフレッド司教から真の力を使うことは強く止められていた。
命と引き換えにしてでも価値のあるものと判断したときのみ、という条件が強く課せられていたのであった。
シャルロッテには勇者としての真の力が使えないものというそれが少し負い目にも感じていて、勇者たちの中にいてもどことなく肩身が狭かった。
影を落としうつむき歩くシャルロッテに気づいた四人は、彼女の歩く様子をじっと見たままその場に立ち止まっている。
金髪で縦ロールの髪をした光の勇者マドリネットが、背筋を伸ばし、右手を優雅に唇に添えて笑みを浮かべ、シャルロッテに声をかけた。
「ごきげんようシャルロッテ・アンバー。今日はお日柄もよく心が晴れやかですわ」
マドリネットがしなやかに右手を上げ、手のひらを天井に向けた。
「万年雑用係のあなたのような田舎勇者にも、ようやく日の目が当たるのでしてよ。ほら、天に住まう神々もあなたの門出を御祝いなさってよ」
マドリネットが続ける。
「わたくしにとってもあなたのような名ばかりのような勇者が消え去ってしまう素敵な日を、祝わずにはいられませんことよ」
天に手のひらを掲げて自信満々の決め顔のままのマドリネットの横を、聞く耳持たずに無言のままスタスタと通り過ぎていくシャルロッテ。
すると大柄な力の勇者のアーノルドが無言のまま横を通りいすぎていくシャルロッテの肩をとっさに抑えて、彼女の歩きを止めた。
肩を掴まれてぐっと顔を向けた鋭い目つきのシャルロッテの顔を目の当たりにし、その冷たい陰鬱なシャルロッテの気迫で、肩を抑えていたアーノルドが怯んで小さな悲鳴を上げた。
「あ、いや、悪気はないんだシャルロッテ」
アーノルドの優しい声を聞いても、シャルロッテの陰鬱な表情は一変も変わらなかった。
赤い髪をした褐色の炎の勇者ヴァネッサが、見かねてフォローする。
「せっかくの旅立ちの日に最後の挨拶もなしじゃ寂しいだろって言って、大聖堂まで会いに行ったのはわたしたちでしょ……」
それを聞きマドリネットが目を細めて口をへの字に曲げ、天に手を掲げたまま顔は振り向かずに真正面の誰もいない通路を睨んだまま不満そうな声を漏らす。
「リーダーとしてあなたたちに着いていっただけですわ……」
マドリネットが続ける。
「それに、魔王を倒し世界を救うわたしたちの偉業の一ページに、シャルロッテ・アンバーというポンコツ勇者の間抜けな顔を正確に記しておくためにも、最後にお顔を拝見しておかなくていけませんでしたことよ」
陽気なマドリネットの声とは対象的に、三人の場の空気が悪くなる。
氷のような冷めた目で、シャルロッテが決して四人に目を合わせないままうつむき加減で、清流のような静かで澄んだ透き通った声を発した。
「そうか、お前たちには迷惑をかけた記憶しかないが世話になったな……、それじゃあ」
シャルロッテがそう言って通り過ぎようとする。
すかさずアーノルドが声をかけた。
「光の勇者様はどうか知らねぇが俺はあんまり納得してねぇ。多分、俺だけじゃねぇはずだ」
始まりの勇者としての役目、それは自らの命を犠牲にしてまでも神の復活を執り行うこと。
その教えはアルター教の経典に記されている予言、決して逆らえない事象だった。
犠牲の予言を常に頭によぎらせながらアーノルドは他の二人、ヴァネッサとエッカミルを見ると、二人とも静かに頷いていた。
「アーノルド、放っておきなさい」
マドリネットが顔だけ振り返ってそう咎める。
「あなたたちにはあの覚悟が見えないのかしら」
彼女の視線の先に、ただ一歩一歩足を踏みしめて大聖堂へ向かうシャルロッテの冷たい背中が写っていた。
「あの誰もが凍りつくほどの気迫と信念……、勇者としての役目を見出した者の覚悟の気迫ですわ……」
大聖堂へと続く通路の先へと消えていくシャルロッテの静かな背中を見送るアーノルド、ヴァネッサ、エッカミル、そして、寂しそうな瞳を向ける光の勇者マドリネット。
シャルロッテの静かで叩けば割れる薄氷のような物静かな後ろ姿は四人に見守られながら、通路の奥の影の中へと一歩一歩と溶け込んでいったのであった。
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