貧乏貴族3

はんどれーる

厳冬の西の国、聖国より白銀の髪を靡かせ光の勇者来たりて、川辺に住まう緑色の神の使いに導かれし始まりの地にて、天を貫く巨大な光の柱と聖なる鐘の音を神に示し、天界へと轟かせんと(以下略)……『勇者現る。』

第1話 神の啓示と白銀の勇者

 赤く重厚な玉座に座る老法王は、眼下に跪き顔を伏せ白銀の髪を床の赤いカーペットに垂らす女騎士を厳しい眼で見下ろしている。

 厳格な空気で緊張がひりつく玉座の間には法王の他、大臣が数人並んで立っていた。

 パンゲア大陸全土に広がるアルター教の長であり、アルター教国の王である老人――アレクサンダー法王は、白髪、髭も老いにより色が抜けているにも関わらず、大柄な巨体を年老いてもなお維持していて周囲に圧倒的な威圧感を与えてしまうほどの気を持った男だった。

 アレクサンダー法王は、かつてパンゲア大陸で巻き起こった大戦乱を圧倒的な己の武力と人望で勝ち抜き、アルター教国という国家を建国した伝説の男であった。


 ここパンゲア大陸ではヨモツピラー大山脈という険しい山脈が東西の領土を二分している。

 アレクサンダー法王率いる西のアルター教国と、東側にはエルステ王国という二つの国に分かれている。


 アルター教国は<ワールドアルター>という古代の神が残した伝聞や予言や教えなどを経典としたアルター教を信仰する宗教国家だ。

 アルター教は<ワールドアルター>の教えに従い、世界の平和のために活動をする。

 その教えの中でも、何世紀も繰り返して復活と消滅を繰り返し、世界の平和を脅かす魔王の討伐に備えているのがアルター教の特徴だった。


 アルター教では魔王討伐のために勇者と呼ばれる特別な力を持った者たちを育成、保有している。

 勇者として選ばれた者はその力を使い、アルター教の教えと円卓えんたくというアルター教国の幹部会の指示に従いつつ、世界各地で平和を維持するための活動を行っている。


 そんな勇者の一人でもある白銀の髪の女騎士――シャルロッテ・アンバーは、片膝を床の赤いカーペットに付いて頭を垂れ、瞳を閉じ、ただじっと黙って法王の言葉を待っていた。

 白い法衣を基調とした上着に黒い小手と胸当てにすね当て身につけた女騎士シャルロッテは、凛々しく美しい顔立ちだが幼さも少し残る顔をピクリとも動かすことなく、サラサラと雪のように光る白銀の長髪を床に垂らし、薄いピンクの唇を瞑んでいる。


 王冠をかぶるアレクサンダー法王の顔は微動だにせず、眼下の白銀の勇者に向かって玉座の間に重く響く声を発した。


「白銀の勇者、シャルロッテ・アンバーよ……」


 声をかけられてもシャルロッテはピクリとも動かず、白銀の髪すら揺らめかない。

 玉座に座るアレクサンダー法王の声が続けて玉座の間に響く。


「神であるワールドアルターからの神託が、貴様に下った」


 白銀の髪をしたシャルロッテは、威圧的なアレクサンダー法王の言葉にも全く動じない。

 アレクサンダー法王の声が響くたびに、玉座の間に電流が流れたかのような肌を貫く緊張が走る。

 拝聴する大臣たちも僅かに体や顔に反応が浮き出る重い空気感の中、頭を垂れて跪くシャルロッテを包む空気は、そこだけ時が止まっているかのように動かなかった。


 玉座に座るアレクサンダー法王の重い声が響き続ける。


「ようやく、始まりの時が来たのだ……」


 そのアレクサンダー法王の声音は、待ち焦がれたものがようやく手に入る恍惚感を感じるものであった。

 アレクサンダー法王が続けた。


「神の啓示により承った貴様の役目……、それは始まりの地に赴き、我が教団の悲願でもあるワールドアルターの復活である」


 アレクサンダー法王の玉座の肘掛けを握る大きな手のひらに力が入り、メキメキ、と軋む音が鳴る。


「我が教団の悲願を成し得る者……、それは始まりを告げる者……」


 アレクサンダー法王が息を吸い、待機を震わせる重く響く声を出した。


「それは、である」


 その名を聞いて、大臣たちからどよめきが上がる。

 大臣たちは事前に聞かされてはいたが、実際に耳にすると驚きと動揺を隠せなかった。

 始まりの勇者、と言われた本人は跪いて頭を垂れたまま時が止まっているかのように全く動かない。


 アレクサンダー法王が続けた。


「白銀の勇者改め、シャルロッテ・アンバーよ、勅命である」


 玉座に座るアレクサンダー法王の声が響く。


「始まりの地に赴き、我が教団の悲願、神の復活を成し遂げよ」


 跪くシャルロッテの澄んだ凛々しい声が玉座の間に広がる。


「はい、勅命承りました。このシャルロッテ・アンバー、教団悲願のため、命を捧げさせて頂きます」


 玉座に座るアレクサンダー法王の目が光る。


「経典の予言では始まりの勇者は犠牲となる運命である。その生命は必ず後世の光となろう」


 玉座に座るアレクサンダー法王が、大臣たちに顔を向けて合図をする。

 その合図を受け取った大臣の一人が、背筋を正し、一つ咳払いをしてからシャルロッテに言った。


「シャルロッテ・アンバーよ、後のことはリーフレッド司教に任せてある。これから大聖堂に行き、そこで待つリーフレッド司教から祝福の儀を受けるがいい」


「はい、かしこまりました」


 白銀の髪を揺らして立ち上がり、シャルロッテは玉座に座るアレクサンダー法王に一礼する。


 踵を返し、シャルロッテの鳴らす足音が玉座の間に響く。

 重い両開きの扉が開け放たれる。

 扉をくぐり再び踵を返したシャルロッテが玉座に座るアレクサンダー法王に一礼すると、玉座の間の扉はゆっくりと閉じていった。

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