第32話 教皇の企み

 待ちに待った聖女襲名の日がやって来た。


 シルバは神に期待するなというが、私は否応なしに期待してしまう。


「まだ教会からのお迎えは到着しないのかしら」


『まったく何回も聞いて、子供のようだな。もうそろそろだと思うぞ』


 私は邸内ではじっとしていられなくて、リッチモンド邸の正門で使者を待っていた。門の先の道は王都の中央公園へと真っ直ぐにのびている。


「見えたっ」


 教会の馬車が、こちらに向かって坂を登ってくる。


 御者が私を見て驚いている。私のピンクブロンドの髪は有名で、御者は当主自らが門の外で出迎えていることに気づいたのだ。


 馬車が門の前に到着し、御者が幌の中の人に声をかけている。グレースが待っていることを伝えたのだろう。中から慌てて使者と思われる女性が二名降りてきた。


「リッチモンド公爵閣下自らのお出迎え、大変恐縮です」


 背の高い三十代と思われる女性の方が話しかけて来た。もう一人は少女だ。


「おほほ。待ちきれませんでしたのよ」


 さすがにがっつきすぎだった。


「私は教皇様の使者のシスターグレーでございます。教皇様から親書を携えて参りました。お受け取り下さい」


 グレースは親書を受け取り、内容を確認した。中央大聖堂での聖女襲名の儀式への正式な参加要請で、この馬車に乗って来て欲しいとのことだった。


「了解しました。ご一緒します」


「ありがとうございます。そして、こちらは聖女さまのお付きになるマリアンヌです」


「マリアンヌです。聖女さま、よろしくお願いします」


 あら、可愛らしい子ね。12、3歳かしら?


「グレースよ、よろしくね」


『この娘、守護の妖精が7体もいるぞ』


 シルバは驚いたというよりも、感心したといった感じだ。


(え? この見た目で16歳?)


『そっちじゃなくて、妖精の数の方に驚けよっ』


「聖女さま、妖精さんとお話ですかぁ?」


(なんだか生意気な子ね。早速シメちゃう?)


『大丈夫だろう。妖精の方はシメといたから』


(シルバ、あなた、格好良すぎるわよ)


 私は人間の方をシメることに決めた。今の私には、不快な態度を我慢する必要は全くないのだ。


「マリアンヌ、お付きでいたいなら、生意気な口はきかないでちょうだい。それか、今ここで、ヨーヨーする?」


 マリアンヌの顔がみるみる怒りに染まっていく。早くも本性を現したようだ。


「妖精の強さなら、私も負けないわよ」


 マリアンヌがそう言って何かを念じているが、何も起こらない。


「あれ? どうしたの!? 何しているのお前たち」


 マリアンヌが焦って声を張り上げるが、変化はない。


「あら? 不発かしら。今度はこっちの番ね」


 マリアンヌの身体がふわりと浮き上がる。人間ヨーヨーの開始だ。マリアンヌは喚き散らしていたが、10回ほどで気絶してしまったので、そのまま馬車の中に放り込んだ。


 使者は真っ青になっている。


「シスターグレー、お付きはもっと素直な子にしてくださるかしら? あと、私の力量を見たいと言う意図なら、教皇様にも同じことをしてあげてもよろしいのよ。さあ、行くわよ」


「は、はい、直ぐに出発します」


***


「馬鹿者! 勝手なことをしおって。グレースの妖精はモフドラだぞ。普通の妖精では一万匹集まっても勝てぬわ。殺されなかっただけでも、ありがたく思えっ」


 教皇は孫のマリアンヌを叱咤した。


「ごめんなさい、お爺さま」


「本当に要らぬことをしてくれる。グレースを絶対に敵に回してはダメだ。あんな化け物はこの世界にはいてはならぬのだ。何とかグレースを結婚させ、力を無力化するために、お前をお付きにしようと思っておったのに、こんなに愚かだとは思わなかったぞ」


 マリアンヌは俯いている。


(やはり精霊付きでは務まらぬな。シスターグレーは心が折れてしまったし、他を探すか)


***


『という話を爺さんがしていたそうだ』


「教皇はアホなの? それとも耄碌しちゃったの?」


『いや、単に俺が他の妖精たちから話聞き放題ってことを知らないのだろう』


「まさか罠ではないわよね」


『どんな罠だ?』


「そうね、ただのアホね。念のため、マリアンヌをお付きにしておきましょうか」


『それ、いい案だな。妖精付きの女であれば、情報ダダ漏れだもんな』

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