第8話「危」

 妙な寒気を感じはじめたのは、彼女が出て行った2時間後、ちょうど学校が終わった頃の時間だった。押し入れの布団にくるまっているはずなのに、身体ががくがくと震えて止まらなかった。

 布団から出て、机の引き出しを開けた。物を掻き分け保険証を探していると、机の上のスマホがヴーヴーと震えだす。


『長内明美』


 画面に大きく表示された名前に、息を止めた。スマホは何かを訴えるように、ヴーヴーと唸って震え続ける。

 私はおそるおそるスマホに手を伸ばした。そっと手に取って、一思いに応答ボタンを押した。


「も――」

『もしもし、理緒?』


 名前を呼ばれて、どきっとした。


「そうだけど……」

『あの……昼休みのことが心配で電話したんだけどさ……』


 明美の言葉と言葉の間に、鼻を啜る音がする。


『……今日のあれって、やっぱり昨日の突き指?』

「……突き指?」


 私は右手に視線を落とした。


『昨日は大丈夫って言ってたけど、やっぱり……。病院代とか、全然出すよ』


 明美の声を聞きながら、私は右手をグーパーさせた。昨日の昼寝のあとに感じた痛みが、まだなんとなく残っている。


――まさか。


 私は右手を見つめたまま、ごくりと息を呑んだ。


――もしそれが本当なら、この悪寒は……。

『――本当に、大丈夫?』


 明美の声で現実に引き戻された。


「ああ、大丈夫。突き指じゃないよ。実はちょっとお腹痛かったんだ」

『……ほんと? ならいいけど……』

「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう。じゃあね」


 私は早々に電話を切った。悪寒に震える指を必死に動かして、クラスのグループからある人物の連絡先を探し出す。


「あった」


 私は文の連絡先を開くと躊躇することなく通話ボタンを押した。スマホを耳に押し当てて、コール音に耳を傾ける。

 全身から冷や汗が吹き出してきた。身体の震えが徐々に激しくなっていき、スマホを耳に押し当て続けるのも難しい。


『――もしもし?』

――出た。

「ねえ文ちゃん。今日言ってた心霊スポットの場所、教えてほしいんだけど」


 私が頼むと、文は学校からの行き道を端的に説明してくれた。私は大急ぎでそれをノートに書きとめる。そして


「ありがと」


と電話を切ると、そのページをちぎって部屋を出た。

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