第4話「塞」
それから一週間、彼女は私の代わりに学校へ通い続けた。私ときたら怠惰なもので、せっかく空いた時間のほとんどを寝て過ごしていた。他にやることといえば、彼女がとってきたノートを読み返すくらいだ。そんな日々が一週間続くと、自分でも信じられない思いが胸の内に湧いてきた。
「明日は、私が行ってもいいかな」
分身が学校に通いはじめてちょうど一週間。私は帰宅した彼女にそう言った。
「え……」
制服を脱ぎかけていた彼女は動きをとめた。目をぱちくりさせて私の顔を見つめている。
私は自分の右人差し指をさすった。鉛筆を持たなすぎて退化しはじめたのか、昼寝から目覚めるとじんじんと痛んでいた。
「……だめ?」
一週間も頼りにしていると、たとえ自分の分身に対してであっても頭が上がらなくなる。
「いいよ」
思いのほか、彼女は快諾した。
「いいの?」
「いいに決まってるじゃん。身体の主はそっちだしね。部屋でごろごろっていうのも楽しそう」
彼女は笑って制服をハンガーに掛けた。ぱたぱたと叩いて細かい糸くずを払う。
「明日はそっちが着て行くなら、綺麗にしとかなきゃ」
彼女はまた、私の一生分くらいの笑みを詰め込んだ笑顔を見せた。
◇
翌日の朝は、妙に緊張した。以前は自然に着ていた制服も、袖を通すと体に馴染んでいないような感覚がした。
「一日中ごろごろもいいなぁ」
分身はさっそく部屋のど真ん中に寝転がった。顔だけ私に向けて
「緊張してんの?」
「緊張は、してる」
私が言うと、彼女はけたけたと笑った。私もこんな感じで笑っているのだろうか。
「一人もいいけど、いろんな人に会えるのも楽しいじゃん。悪い面ばっかり見過ぎだよ」
そう思えれば苦労しないのだ。独りも嫌、人といるのもそれはそれで緊張する、どちらを向いても八方塞がり。それが私なのだ。
「本当に、大きな変化はないんだよね」
「ないない。目立ってもないし、問題も起こしてないよ」
「……いってきます」
私はスクールバッグを肩に掛けて、部屋を出た。「いってらっしゃーい」と呑気な声に背中を押されながら。
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