第4話「塞」

 それから一週間、彼女は私の代わりに学校へ通い続けた。私ときたら怠惰なもので、せっかく空いた時間のほとんどを寝て過ごしていた。他にやることといえば、彼女がとってきたノートを読み返すくらいだ。そんな日々が一週間続くと、自分でも信じられない思いが胸の内に湧いてきた。


「明日は、私が行ってもいいかな」


 分身が学校に通いはじめてちょうど一週間。私は帰宅した彼女にそう言った。


「え……」


 制服を脱ぎかけていた彼女は動きをとめた。目をぱちくりさせて私の顔を見つめている。

 私は自分の右人差し指をさすった。鉛筆を持たなすぎて退化しはじめたのか、昼寝から目覚めるとじんじんと痛んでいた。


「……だめ?」


 一週間も頼りにしていると、たとえ自分の分身に対してであっても頭が上がらなくなる。


「いいよ」


 思いのほか、彼女は快諾した。


「いいの?」

「いいに決まってるじゃん。身体の主はそっちだしね。部屋でごろごろっていうのも楽しそう」


 彼女は笑って制服をハンガーに掛けた。ぱたぱたと叩いて細かい糸くずを払う。


「明日はそっちが着て行くなら、綺麗にしとかなきゃ」


 彼女はまた、私の一生分くらいの笑みを詰め込んだ笑顔を見せた。



 翌日の朝は、妙に緊張した。以前は自然に着ていた制服も、袖を通すと体に馴染んでいないような感覚がした。


「一日中ごろごろもいいなぁ」


 分身はさっそく部屋のど真ん中に寝転がった。顔だけ私に向けて


「緊張してんの?」

「緊張は、してる」


 私が言うと、彼女はけたけたと笑った。私もこんな感じで笑っているのだろうか。


「一人もいいけど、いろんな人に会えるのも楽しいじゃん。悪い面ばっかり見過ぎだよ」


 そう思えれば苦労しないのだ。独りも嫌、人といるのもそれはそれで緊張する、どちらを向いても八方塞がり。それが私なのだ。


「本当に、大きな変化はないんだよね」

「ないない。目立ってもないし、問題も起こしてないよ」

「……いってきます」


 私はスクールバッグを肩に掛けて、部屋を出た。「いってらっしゃーい」と呑気な声に背中を押されながら。

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