第2話「代」

「どう? 似合う?」


 彼女はセーラー服を着て、くるりと回ってみせた。


「本当に行くの?」

「行くよ。何か心配?」

「いや……」


 心配事がありすぎて、私は言葉に詰まった。


「大丈夫だよ。記憶はあるんだから」


 当然と言うべきか驚くべきと言うべきか、彼女は私の記憶をしっかりと保持していた。近況をクイズ形式で出してみたところ、彼女はクイズ王よろしくのスピードと自信で回答した。彼女いわく、らしい。


「あーあ、楽しみだな」


 彼女は満面の笑みを浮かべる。私の十年分の笑顔をぎゅっと凝縮したような笑みだ。


「楽しみって、別にいいことないよ」


 私は机の上にある雑多なものを詰め込んで、スクールバッグを渡した。


「ありがとう」


 彼女はそれを嬉しそうに受け取ると、「いってきます」と残して部屋を出て行った。

 不思議な感覚だった。私とは別の私が、朝食を食べ、母と会話を交わし、ローファーをつっかけて玄関を出て行く。私の背負っていたもの全てを彼女が取り去っていってしまったような感覚だった。

 私はため息をついた。布団を畳んで、ともに押し入れの中に入る。母が仕事に出てこの家が無人になるまでは隠れてなければならない。押し入れの襖を閉めて、折り畳んだ布団の中に身を埋めた。


 

 静寂に目を覚ました。あたりは暗く、頭が重い。折り畳んだ布団にねじ込んでいた頭を引っこ抜いて、襖を開けた。

 部屋は静かだった。壁を見るとハンガーだけが吊り下げられていた。やはりあれは夢ではなかったようだ。

 押し入れから身を出して窓を見た。私は透けることも欠けることもなくしっかり窓に映っている。その奥では細かい雨がさぁーという音を立てながら地面を濡らしていた。

 私は椅子に腰掛けてぐるりと回った。

 雨の降りしきる外を見て、はあとため息をつく。

 雨の日は嫌いだ。外に出れば傘が鬱陶しいし、水溜りを踏んだら靴の中が濡れる。かといって目を細めるような眩しい晴れの日が好きなわけでもない。日焼けして良くないから。

 私は伸びをした。セーラー服がかかっていた壁に目をやる。ちゃんと上手くやれているのだろうか。時計は午前11時を指しながら、チ、チ、チと動いている。学校は今ごろ、4限に向かって動き始めている頃だろう。


――そういえば今日の4限は確か……。


 引出しの中にしまっていた時間割表を見て、私は手を合わせた。


――私の分身とやら、その融通の効かない身体で頑張ってくれたまえ。


 4限の授業は体育だった。

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