おかえりハピネス
空木 種
第1話「裂」
目覚めると、目の前に鏡があった。触れてみると、鏡の中の手と合わさった。
はてこんな場所に鏡なんてあっただろうか。
首をかしげると、鏡の中の私も首をかしげる。まばたきすると、鏡の中の私もまばたきした。
――っまばたき!?
ぞっとして、鏡を思いっきり蹴飛ばした。
鏡の中の私がまばたきした瞬間を見たということは、私はその瞬間に目を開けていたことになる。私は首を横に振った。そんはなずはない。そんなはずは……という私の願いとは裏腹に、鏡の中の私はもはや私の動きとはなんの関係もなく、「イテテテテ」なんて声まで出して自分の尻を労わっていた。
「だれ……?」
私は彼女の頭から足まで視線を行ったり来たりさせた。よく見ると、彼女は鏡の中などにはいなかった。彼女は自分の尻を労りながら、確かにそこに存在していた。シワだらけの布団の上に、確かに彼女は位置していた。
「なんかわかんないけど、気づいたら横に私が寝てて」
彼女は私に人差し指を向けてきた。
「……じゃああなたはここに?」
私が布団の横を指し示すと、彼女はうんうんと首を縦に振る。
「だから、あなたが本体であることは間違いないと思うの」
「……」
寝ている間に私という存在がもう1人増えているなど、悪い夢でしかない。しかし頬を叩けば覚める、という感じもしなかった。
私は彼女の様子を伺った。彼女も不思議そうな顔で私を見つめ、目をぱちくりさせている。とりあえず危害を加えてくる様子はないし、目を合わせたらこちらが消える、ということもなさそうだった。
「ま、まあ……どうしようか」
私は座り直して尋ねた。自分といえど、真正面に座る相手と話すのは緊張する。
「……とにかく、みんなには黙っておこうか」
提案しながら、脳内にいろんな光景が駆け抜けた。泡を吹いて廊下に倒れる母、病院に連れて行かれる私……どう転んだって、いいことはなさそうだ。
「そうだね、それはそうしよう」
物分かりはいいらしい。彼女は熱心に頷いて、声をひそめた。
「それにしてもさ」
彼女は口もとに手を添えて、顔を近づけてくる。
「自分が二人になったなんて、便利じゃない? どうやって楽する?」
「楽って……」
「だってこの状況さ、単純にマンパワーが2倍になったんだよ? すごくない?」
「それは、そうだけど……」
たいてい、このような不可解な現象を通した「楽」には代償が付き物だと相場が決まっている。
「とりあえずあなたが本体っぽいし。言うこと聞くよ。なんかやりたいことない?」
「でも……」
口車に乗せられてはいけない、楽なんてしちゃだめだ。頭の中の警告とは裏腹に、情けないことに私の視線はハンガーにかけられたあるものに吸い寄せられていった。
「あれ?」
彼女は私の視線の先を指さした。
私は深く頷いた。
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