第26話

 翌朝、アルネラはベッドで目を覚ます。


 昨日の黒いローブの魔導士は夢だったのだろうか。


 そう思っていたのだが、それからは毎夜、黒いローブの魔導士が寝室に現れるようになった。


 ある夜は窓の外に気配を感じ、別の夜はベッドの横に立っていたりする。


 そしていつも必ず紫色の玉をこちらに向けて何語かわからない呪文のような言葉をつぶやく。


 朝になり、ここ数日、黒いローブの魔導士が現れるのだと何度デュアンに訴えても、夢だ、疲れているのだ、ゆっくりしろとしか返答がなく相手にもしてもらえない。


 おかげで毎夜、黒の魔導士に悩まされることになる。


 アルネラは日に日に衰弱していく。さすがにデュアンも衰弱していく母を心配し、寝室で母が眠るまで側に居てくれるのだが、黒の魔導師は息子がいなくなってから現れる。


 「あなたは何者なのっ?! ジェニーなの?! もういいかげんにしてっ!!」


 毎夜叫び声をあげるが、室外には声は届かないらしく、誰もアルネラの叫び声を聞いた者はいない。


 そしてその状況が一週間を過ぎた頃、黒いローブの魔導士が初めて声を出した。


 アルネラ、お前は誰が憎いの?


「ひぃっ! なっ、何を言っているの? 私が誰かを憎むなど」


 わかっているよ、アルネラ


 あなたが誰を憎んでいるのか


「私は誰も憎んでなどおりません!」


 ふっふっふっふっふ


 そう。


 私はまたあなたの息子をたぶらかしたあの小僧を憎んでいるのかと思ったんだがね


「やめてっ! 他人を憎むなど」


 正直になりなさい


 どうせ誰にも聞こえてはいないのだから


「私は、わたしは」


 正直に


「憎い」


 そう


「わたしはファルケが憎い……」


 それでいい


「でも、あなたは……」


 ふふふ


 何も気にすることはない


 簡単なこと


 ファルケを追放してしまえばいい


「そう…… 簡単なこと。追放してしまえばいい……」


 やっと私の言葉が理解できるようになってきたね


「ええ。ええ、そうですとも。追放してしまえばいい」


 そう、それでいい

「そう、それでいい」


 徐々にアルネラの言葉と黒の魔道士の言葉が重なり始める。


 かわいいデュ「アンを」

「かわいいデュアンを」


 私の「デュアンを」

「私のデュアンを」


「奪ったファルケを」

「奪ったファルケを」



 「「追放してしまえばいい」」


 声が完全に一つになる。


 黒の魔道士が両手を広げると紫色の玉がひときわ光り始める。


 黒の魔道士の身体が紫色の光に包まれる。魔道士から紫色の砂の粒子が放出され、アルネラの身体の周りを包み込むと体の中に紫色の光が浸透していく。


「「ああ、なぜ気が付かなかったのかしら。こんなにも簡単な事だったのに」」


 見開いたアルネラの目は緑色に怪しく輝いていた。

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