小説 『棋王戦』

青山 翠雲

魔王

「ったく、どいつもこいつも役に立たねぇなぁー。それでも元名人かよ、まったく!」


 棋王戦挑戦者決定戦を見ていた迎え討つ棋王・名人である渡辺明は画面に向かってそう思わず毒づいた。


「ったく、伊藤匠も小さい時に藤井聡太をギャン泣きさせたみたいにもう一回泣かしてくれるかと思いきや、あっさり負けやがるし、羽生善治もなんだよ、あの負け方は?マジックのかけ方忘れちまったのかよ?以前はさんざん年下の俺に羽生マジックかけやがった癖によ。国民栄誉賞剥奪すっぞ!」相当荒れている。。。


「って、前回雪辱を晴らすはずの棋聖戦で3連敗の返り討ちをくらっちまった現名人である俺が言えた台詞でもねえか?こんなのうっかり中継の繋がっているところで呟いてたら、アブねーところだったな。妻に聞かれてもマンガのネタにされるだけだし、まったく閻魔さまの地獄耳ってのはよく聞くけど、魔王にはプライバシーってもんがねぇのかよ?」と自虐とも自ギャグともつかない言葉が今度は口をついて出る。


「しっかし、まぁ、想定の範囲内というか、いや、名人である俺サマの読み筋どおりっつぅか、衆目の予想どおりヤツが来たか。。。さて、今年の正月は忙しくなるな。魔王対竜王ってか!?このドラゴンクエスト、クリアしてやろうじゃないの!ドラゴンを倒すのにも、先ずは経験値を高めて、武器も用意しとかねぇとな。しょうがねぇ、ヤツが相手じゃ、俺も本気も本気、ド本気出すしかないじゃないの!ヨシッ!」そう言って、最後は自分を鼓舞しながら、棋聖戦防衛に失敗した後に対藤井聡太対策用に購入と言って過言でない130万円もした将棋AI搭載の将棋研究専用パソコンの電源を入れた。ウィーンという音と共に自分の“闘争心”に火が灯されるのを感じた。しかし、同時に渡辺明は自分の心のどこかに、再び多くの注目が集まる舞台の上で次々と己からタイトルの称号を剥ぎ取っていく藤井聡太との闘いを前に”逃走心”が頭を擡げつつあるのを見逃さなかったが、魔王の矜持でその気持ちに強引に蓋をした。

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