第四十二話 全てが赤色に染まって④

 わたしとファーリンは同時にビクッとした。


「どうして……何を言ってるの?」

「シャル先輩、ダメですよ!」


 笑顔で目を見開いて叫んでいる。


「王宮の宮廷医師にまず見せる。これは『奇跡』に違いない!」

「さーいーあーくーだー……」


 顔の青いファーリンが口を開けて呆然としている。

 ファーリン風に言うと「モーストデインジャーな状況にカンバックよ」って感じ!


「待って、感染者を王宮に連れて行くなんて……落ち着いてシャルロット!」

「そうですよ先輩! 落ち着いて下さいよ」


 すると教会の暗闇から嬉しそうな声が聞こえた。


「嬉しい……シャルロットなら信じてくれると思ってた。私……本当に嬉しい……」

「メイア、当たり前だっ! お前達を守る、私の使命だ!」


 ヤバいヤバいヤバい!

 ファーリン、デンジャラスよ。このままじゃバトルがアズスーンアズでわたし達はデッドよー!


「ふ……ファーリン……ど、どーする? 魔素が漏れ始めてる。どうにか術式をゾン……」

「リア! 黙ってっ!」


 あれ? わたし、変なこと言った?

 シャルロットがゆっくり振り向く。また同時にビクッとする。


「そうよね……貴女達……二人を焼くのが仕事だものね……」


 音も無く剣を抜く。

 まだその姿を指の輪を通して見ていた。青い霧のようなものがシャルロットの身体から立ち昇る。


「……先輩」

「私は街の住民を守る義務がある! リア、ファーリン! ここから離れなさい!」

「シャルロット、違う。感染を拡げる訳にはいかない」

「シャル先輩! メイアさんを治療しよう! 特別救護隊なら治療できる」


 暗闇からメイアの声が響く。


「救護隊の人達……マックスを焼くって言ってた……私、私……耐えられなくて……だから隠したの……」

「メイア……分かったわ。このはやはり宮廷医師に見せるべきよ。みんな、馬車を用意して!」

「あぁ、すぐに持って来る! こいつは凄い……正に信仰心が産んだ奇跡だ!」


 騎士達は色めき立ち表情も明るくテキパキと動き出した。


「待って! この患者は動かすべきじゃない」


 ファーリンが堪らず叫ぶと一斉に騎士達は動きを止めてわたし達を睨み付けてきた。


「お前らは、どうせ自分達の役目が無くなるのが怖いんだろ?」

「奇跡を目の当たりにしても、自分達の過ちを認められないのか! ははは、鉈を持ってウロウロするしか能がないからな」


 ファーリンに耳打ち。


「ねぇ、これって最悪じゃない?」

「もう最高にね。『ゾンビ』と『信仰心のある患者』の組み合わせ……もはやビューリホーにバッドよ」


 ボソボソ相談会。


「えーい、武力がダメなら口で負かすしかないか」


 小声で呟くと大きな溜息を一回吐いてから突然一歩踏み出した。舞台女優のように声を張り上げ始めた。


「感染するぞ。間違いなく同じ部屋に入るだけで感染する。どうする? 誰が猫に鈴をつける?」


 シャルロットを含めて騎士達の動きが止まる。

 一気にファーリンが畳み掛ける。


「だから、宮廷医師でも何でもいい。ここに連れてくるべきだ。だから、まずは焔翼と特別救護隊を……」

「感染しても良いわ! だって結局は生き返るのだから……」


 しかしシャルロットは如何にも名案が浮かんだ、という声色で反論し始めた。


 口をパクパクしているファーリン。また小声でわてしだけに呟く。


「くそっ! 最悪のループに入った。『復活の奇跡』を信じられたら論理でぶん殴っても打ち負かすのは不可能だ。もっと彼女達が信用している者達からの進言が必要だ。となると、やはり焔翼の一択しかない」


 そうか。焔翼なら!


「みなさーん……ひとまず焔翼が来るまで……」

「もう、待たないっ! メイア、馬車が来たら王宮に行くわよ」

「あ、ありがとう……信じてくれて嬉しい」

「という訳で、リア、ファーリン、教会から離れてくれ」


 クルッとこちらを向くファーリン。小声でわたしだけに話しかけている。


「はい、終了、しゅーりょー」

「えっ?」

「シャルロットなら感染してもすぐに死ぬことはないでしょう。戦略的撤退で第一隊に合流しましょう」


 今度はシャルロット達に聞こえるように大きな声わ出した。


「リア、シャルロット達にまずは任せましょう。私達に手伝えることは無いわ」

「えーっ?」


 スタスタと教会から離れるファーリン。教会の前にポツンと残されるわたし。


 それで良いの? このままではシャルロットが感染してしまう。この街の人達が感染してしまう。わたし達が今ここに居るのに感染者を増やしてしまう。


 指の輪からは青い闘気に身を包むシャルロットが見える。正真正銘の『フランムのプリンセス』は辺り一体に冷気を撒き散らしながらこちらを威圧している。


「リア、もう私達に出来ることはないわ。こっちに来なさい!」


 ファーリンが動かないわたしに慌てている。


「第一隊に合流する。変なこと考えないで……」


 シャルロットの後ろに馬車が停まる。


「シャルロット! 馬車だ、行けるぞ!」

「ありがとう! ねぇ、リアちゃん、もう良いでしょ? そこを退いてね」


 少しだけ優しい口調。だが青い闘気は更に濃くなり、冷気は肌を刺すように強くなってきた。

 指の輪を崩して裸眼でシャルロットをじっと見る。


 美しい女剣士を体現するかのような大事なわたしの先輩。その先輩は今にもわたしを斬ろうとしている。恐怖か冷気か身体が震える。思わず両腕を抱いた。


 どうしたら……分からない。

 俯き目を瞑る。



 ふと母の存在をまた近くに感じた。

 あぁ、お母様……貴女の声が今はしっかりと聞こえました。


『自分の道を歩きなさい。自分の信じる道を歩きなさい』


 あぁ、お母様……。


『あなたが思う道を進みなさい』


 あぁ、お母様…………いい加減にしてくれませんか?


『えっ? クリスちゃん、ど、どうしちゃったの?』


 いえね、これが三回目の草葉の陰からのお知らせだと思います。なんか……なんかね……。


『はいっ……』


 気合いで片付けなさいって言ってるだけじゃないですか?


『えーっ……そ、そんなことないわよ! 七歳の時だってタマラちゃんをツンツンして起こしてあげたし、学校の時だってシャーリーちゃんをツンツンしたげたのよ……』


 マジか! 突くだけかよっ!


『そ、そんな! ワタシだってがんばって……』


 自分の娘を気合いだけで命を掛けさせないで! 毒親よ、そんなの!


 足踏みをしてプンスカし始めた。


『えーーっ! ママはショックよ! そんなことをいう子に育てた記憶ないわよ』


 別の世界の子だって! って……それは言い過ぎかな……。


『あーっ! それ言うーーっ? ママ、悲しい! アマリア泣いちゃうわーん!』


 わ、分かったわよ。分かったって! どうにか……どうにかしますよ!


『……ホント?』


 本当ですっ!


『ふふふ、じゃあクリスちゃん、よろしくねー』



「はいっ、お母様っ!」


 俯いたまま思わずシャウト!

 顔をゆっくり上げて辺りを見回すと、皆が少し驚いている。シャルロットはおずおずと口に手を当てて声を掛けてくれた。


「リアちゃーん、そろそろ良いわよねー? メイアを連れて行くわよー」


 みんな勝手。自分の意見ばかり。

 あー、イライラしてきたー!


「もーーっ! みんな無茶ばかり言ってー! ホントに勝手なのよー!」


 シャルロット先輩、メイアさんを助けたいのは分かるけど……騎士団の皆さんだってシャルロット先輩を信じてるのも分かるけど、わたし達だって頑張ってるのよ。

 なんでそんな簡単なこと分かんないの!


「分かったわよっ、決めたわよっ!」

「な、何を?」


 もう決めた!

 人差し指でシャルロットを指す。


「わたし達の矜持にかけて、新たな感染者は増やさない! シャルロット、あなたも感染させない!」


 剣を抜きもう一度叫ぶ。


「下がりなさい。この場は閃光騎士団が取り仕切る!」


 驚くシャルロット。

 だが同じように呆然とする周りの仲間を見て我に返り深く息を吐く。


「リアちゃん……先に謝っておくわ……」


 この世界の主流の戦法は突きだ。剣を突き入れてから魔力で身体を破壊する。最も速く、最も効率が良い、そう習うらしい。

 左手の籠手を前にして防御の姿勢を取りつつ、剣を右手で構えるシャル先輩。


「……貴女を殺してしまったらゴメンね。」

「リア、シャルロット! やめなさい!」


 ファーリンの方を見ると剣を逆手に持ち投げ出そうとしたところで騎士の一人が背後から羽交締めにしていた。


「へへっ、黙って見ていろ!」

「し、しまった! リア、シャルロット、やめてっ!」


 殺す気はなさそうだから、一旦放置でヨシっ。

 では、シャルロット先輩を止める!


◆◆


 シャルロットは斬り込むイメージを頭の中に描く。冷気で強化した籠手でリアの剣を受ける。直後に私の剣がリアの身体に突き刺さる。

 少しだけニヤリと笑みを浮かべる。


(貴女が悪いのよリアちゃん、ふふ、が過ぎたのよ)


 リアをじっくり見定める。これは私のルール。無駄に気合を入れたり、叫んだりしない。ただ、敵を見つめる。


(さて、リアちゃん、少しは……えっ?)


 対峙する少女は見慣れない構えを取った。


 剣を両手で頭の右側に立てているが左手は添えているだけに見える。また、左足を前に出しているが体は正面を向いている。


(何なの、そのな構え。素人ね……)


 シャルロットはニヤリとしながらリアを眺めている。すると、何故か突然肌が泡立ち不吉なイメージが頭に浮かぶ。


『私の剣よりほんの少しだけ速いリアの斬撃が私の頭を叩き斬る』


(えっ、この子……剣技はダメな子じゃないの? こんな素人っぽい構え……何故私が威圧されるの……)


 冷や汗がどっと噴き出る。

 シャルロットは少しだけ構えを変える、がリアは微動だにしない。ぴくりとも動かず真っ直ぐに見詰めている。


◇◇


 わたしは先輩より経験、剣技、力、全てにおいて劣っている。

 だからこそ、初太刀に全てを賭ける。

 わたしの知る中で最も速い構え『蜻蛉とんぼ』に賭ける。

 わたしの……わたしの知る最速の剣撃で先輩の打ち込みを潰す。


「シャル先輩……いざ尋常に……」



 臆するな……恐れれば身体は動かん。

 迷うな……迷いは剣を鈍らせる。

 目を離すな……お前なら相手の剣を見極められる。



 ふーっと息を吐き、かっと目を見開く。


 一意専心いちいせんしん! ここが剣ヶ峰けんがみねだぞ、リア!


「しょ……」

「その勝負、待ったーーー!」



 あっ、カタリナ隊長の声だっ!



 思わず声のする方を向いた瞬間、横からカタリナがニッコリ笑顔で走り込んできたのが一瞬見えた。しかし、カタリナの拳で視界がいっぱいになる。


 そう、カタリナの拳がわたしの顔面にめり込んだ。

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