第四十一話 全てが赤色に染まって③

「逃がさんっ」


 ファーリンは膝立ちのままメイアが扉を閉めるのを睨み付けている。


「待ってファーリン、教会の中は魔素で充満してる!」


 何あの扉の奥……少し見えたけど真っ赤だった。あれじゃあ部屋の中で息を吸うだけで感染する。


「ファーリン、どうする? どうするの!」

「ち、ちょっとちょっと、ファーリン! リアちゃんも。な、何を言ってるの? 冗談でも怒るわよ!」


 シャルロットが起きながら大声で叫ぶ、がファーリンは無視して教会に入ろうと扉に手をかける。


「鍵か……」


 ファーリンは数歩後ろに下がり左手で鞘の中の剣を逆手に持つ。

 膝立ちでしゃがみ込み右手で地面の砂を一握り掴む。

 わたしを含めて全員何をする気、と見ているとまず左手の剣を、続いて右手の砂を空中に放り投げた。砂はすぐに空中で渦を作り始めた。

 魔導制御で風を起こしてるんだろう。

 同時に落ちてきた剣が渦の中に入ると落下が止まった。ファーリンの指が上空を指し示すと砂の渦が剣を教会の尖塔より高く舞上げた。


「メイア、扉の近くにいるなら離れなさい!」


 腕を振り下ろすと空中の剣が一直線に扉の間に突き刺さり内側のかんぬきを叩き切った。


「こいつを護っていたのか……」


 扉を開けると若い男が紐に縛られ転がされているのが見えた。猿轡まで噛まされている。教会の中でメイアが狼狽えている。


「こ、この人は復活したんです! 奇跡なんです」

「メイア! どうしちゃった……あぁっ! マクスウェル……な、何故ここに……」

「シャルロット、信じて! 騎士様、この人は先週までは死んでいたんです! これは奇跡よ、奇跡が起きて復活したんだわ。だから私がお世話をしているの」

「でも……マクスウェルの葬儀は二週間も前に……」

「死んだとは信じられなかった。あぁ、私のマックス、私を残して逝ってしまうところだった。だから隠して祈り続けた。そうしたら……突然目を開けたのよ」


 シャルロットは声も出ない。メイアは興奮して喋り続けている。


「先週のことよ。これが奇跡かと更に祈りを捧げたわ。すると徐々にマックスが動くようになったのよ。ふふふ、少し元気すぎたから今は縛っているのよ……」


 嬉しそうにマックスと呼ばれる男の頭を撫でるメイア。


「その男はもう死んでいる」


 落ちた剣を拾うファーリンの顔は苦悶の表情を浮かべている。


「そして貴女も既に……」


 メイアには聞こえないようにボソリと呟いた。勿論それに気付かずメイアは叫び続けている。


「何を言ってるの? 見えないの? 苦しそうに目を動かしている。震えている! ミクトーラン様の仰る通り『復活の奇跡』は起きたのよ! さぁ、今日はご飯を食べるかしら……」

「メイア……本当に……本当にマックスは復活したのか……」


 ふらふらと教会に入ろうとするシャルロット。ファーリンが振り向きシャルロットの両肩に手をやり押し留める。


「ダメだ! 近づくな!『風の護り』が無ければ即感染する。」


 暗い部屋の中からはメイアの声とくぐもった唸り声だけが響く。


「あらあら、お腹が空いたの? ふふ、さぁご飯を食べましょう」


 男の猿轡を外し、何か肉のような物をフォークで口元に持っていくと横たわったまま食い付いた。


「まだこれしか食べられないものね。ふふ、早く元気になって……何でも食べてね……」

「な、何を食べさせてるの、メイア?」


 シャルロットは理解できない状況に思わず聞いてしまう。メイアの安らかな笑顔に逆に寒気がする。


「あぁ、シャルロット……マックスね、まだ柔らかいものしか食べれないの……」


 ゴソゴソと袋から何かを皿にあけている。


「今はね、柔らかくなった生肉しか食べれないの。少し腐ると美味しそうに食べるのよ。うふふ……」

「メイア……」


 血の気が引いていく。

 腐ったお肉食べて……って正しくゾンビ。


 ファーリンも呆然として眺めてる。シャルロットも……あっ、なんかヤバい目つきしてない?


「ファーリン、私は親友を信じる……」


 やっぱり!

 奇跡……は信じたいけど、でも、どうしよう……残念ながらファーリンが正しい。でもわたしだってシャルロットの立場になったら親友を信じる。

 多分全てに反抗してもメイアを助けるよう動く。

 それと……? とメイアは言った。誰だそれは? どういうことだ?

 分からないことが多すぎる……。

 ファーリン……どうしたら良い?

 赤い霧が溢れる教会の前に立つファーリンとシャルロットを見詰める。


 あっ、ファーリン「私だって分かんないわよ」って顔してる。冷や汗もダラダラで顔真っ青。そうか……ファーリンも文官志望出身よね。


 シャルロット先輩、貴族院でも名を馳せた武闘派だものね。地方の騎士団みたいな荒くれ者ばかりの場所で、既にオトコを従えてるようなカッコいい女騎士よ。ファーリンじゃあ絶対に勝てないわ。


「シャルロット……変なことは考えないでね」


 シャル先輩……ファーリンを斬らないでね。斬られたら……骨は拾ってあげるわ。

 祈りながらじっと見つめる。


 十秒ほど二人とも何も喋らず睨み合っていたが、シャルロットは急に振り返り教会から離れていった。


 すかさずファーリンに駆け寄る。

 良かった。二人が戦い始めたら……どうしようと思ってた。まだ指の輪を作ったまま。教会の中を覗くと真っ赤な女性の影と横たわる赤黒い男性の影が見える。


「助かったー……これはリアルにデインジャーでしたよ。ライフのピンチが迫ってた……」

「ファーリン、こっからどうするの?」

「そうね……まずはお礼を言わせて。ありがとうシャルロット。では隔離させて……」


 その時、シャルロットが立ち止まって叫んだ。


「二人を王宮に連れて行く!」

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