第四十話 全てが赤色に染まって②

◇◇


「ここが一番怪しいから何度も見に来ているのだけど……反応もないですか?」


 くだんの治療院にて全員でファーリンの胸元の紋章を凝視するが白銀色のままだ。


「そうね……殆ど検知できてなさそう」


 自分の右手の親指と人差し指で輪を作り、そこから片目で覗く。コレって小さな子が望遠鏡の真似をして遊んでるみたいだから誤解されるのよねー。


「リア、遊んでないで!」


 ほらっ! 遊んでると思われる。でも……上手くできてるのかな……魔力検知の魔導。魔素の微力な魔力を見ることができれば……もしかすれば発見が早くなるかもよ。


 あっ、コレは『魔力の視覚化』を目指して練習してるわたしオリジナルの魔導よ。スマホのAR(拡張現実)みたいにカッコよく魔力を見えるようにするの。

 自分一人で精霊達と頑張って考えてて、魔力を霧のようにモヤモヤとデコって見せてくれるイメージよ。


 って……モヤモヤが何も見えない。ダメかなぁ……発動手順が複雑になっちゃったのよね。辺りにホントに魔素が無いのか、実は発動に失敗してるのか、分かんない……。自信無いなぁ。


 指で作った輪を覗き込んで周りを眺めてみる。しかし、何も変なモノは見えなかった。


「ねぇ、シャルロット、いつ頃から感染が増えたの?」

「うん。二週間ほど前から不規則に発生するようになってしまって……見つけたそばから急いで治療院に運ぶから大事には至ってないけど……」

「えっ! そうなの? 二、三日前だと勝手に思ってたわ……」


 あれっ? ファーリンが考え込んでいる。

 あまり状況が良くないのかな?


「この治療院で感染が最初に見つかったのはいつ頃でしたっけ?」


 ファーリンが何故かセクシーに髪の毛をかきあげながら質問し始めた。


「ん? えーっと、あぁ、丁度三週間かな」

「ふぅん……教会があると言っていたけど……特別救護隊もそこの管轄なの?」

「いえ、違うわよ。地区がこの通りで変わるの。教会は二区、治療院は三区よ」


 やはりくねくねしながら丁寧に質問し始めた。

 でも自分の爪を見つめながらブツブツと呟いている。ねぇ、少し失礼よ。雰囲気が急に変わったから皆さん困惑してるわよ。


「あら、そうなのね……」


 ほら、クネクネしてる。急にって感じになっちゃった。ファーリン、飽きちゃったのかな?


 騎士団の皆さんも少し沈黙よ。ファーリンは焦る雰囲気も無しでモデル立ちを決めてるし。


「そうね、教会に行きましょうか」


 急にスタスタと歩き始めた。

 相変わらず爪を弄ってて態度悪い……。


「ファーリン……どうしちゃったの?」


 小走りで横に並び、ファーリンの耳元で小声で囁く。その時、微かに震えているように見えた。


「えっ? ファー……」

「リア、最大限注意しなさい。第一隊が引くべき案件を引いちゃったかもしれないわ……」

「えっ? 『恣意的な発症』ってヤツなの?」

「まだ、そこまでは分からない。でも……」


 ファーリンの言葉を遮ってシャルロットが二人に声を掛けた。


「ファーリン、何か気になるの? 二週間って伝えてから少し変よ?」

「そうね」


 爪を弄りながら呟くように答えるファーリン。


「二週間も経ってるのに感染が続いているのが良くないわ……」

「勿論そうだけど……でも抑えられてると思うけど?」

「それも余り……」

「着いたぞ。教会に来たが……どうする?」


 到着をシャルロットの同僚が教えてくれた。一瞬考えてから皆を見回す。


「教会にここ最近で入った者はいる?」

「ん? 治療院は入ったけど……なぁ。ここ二週間ほどはメイアの調子が悪かったもんな」

「あぁ、いつもはお茶くらい一緒に飲むけど……」


 少しだけ皆が言い淀んでいる。それを聞いてシャルロットも不安そうだ。


「ちょっと待ってよ! メイアが悪いみたいに言わないで!」

「メイア? もしかしてここの修道女さん?」

「そうよ。大事な幼馴染なの……だから……お願い悪く言わないでね」


 うーむ、空気が重いのう。ファーリンの心配しすぎだと良いけどなー。よしっ、魔力検知で疑いを晴らしてあげよっと。


「だって、調子を崩しているとはいえ、普通に歩いて買い物や掃除もできるんだし……」


 ほらほら、シャルロットなんて重い空気に耐えきれなさそうよ。言い訳みたいな口調で熱心に訴え始めてる。流石に可哀想ね。

 周りはファーリンに任せてもう一度魔導制御にチャレンジよ。


「余計に……」


 ファーリンは相変わらずクネクネしながらブツブツ言ってる。あれじゃあ煮えきらないよね。

 リアちゃんに任せときなさい!


「えっと、風と水をレンズ替わりにして、フィルター掛けて……もーっ、難しいなぁ、自分で作っといてなんだけどね……っと、上手くいったかな」


 あっ、皆さんわたしに注目し始めちゃった。

 なんか人も集まってきたしファーリンも呆れてる。

 急げー!


「ち、ちょっとだけ待ってねー」

「リア、何やってんの?」


 よしっ!


「できたぁ!」


 さて、片目を瞑って指で作った輪を右目にあてて周りを眺める。

 さあ、どうだ?

 おぉ、風景がフィルターで少し歪む。うんうん、上手くいった感じよ。


「ほら、メイアよ。元気そうでしょ!」


 いつの間にか、修道女がシャルロットとファーリンの間に立っている。


 おぉ、噂のメイアさん。

 ひょいっと指の輪をメイアさん達に向ける。

 あれ? 見えない。失敗しちゃった?

 瞑っていた左目を開けて両目で見ると修道女がそこには確かにいる。だが、指の輪を通した右目の視界には真っ赤に染まる霧しか見えず背後の風景すら見えない。


 ぶぁっと全身に鳥肌が立つ!



 



「ファーリン! その女が感染源だーーっ!」


 メイアの浅い息がファーリンの胸鎧に掛かったのか、紋章が血のように濃い赤色に染まったのが見えた。刹那にシャルロットを後ろに引き倒しメイアから離れるファーリン。


「は、早く焔翼と特別救護隊を呼んでっ! ハリハリハリーッ! HURRY UP!」


 倒れたまま巻き舌で叫ぶファーリン。

 メイアは少し狼狽えると慌てて教会の扉を開けて逃げ込んでいった。

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