第四十三話 全てが赤色に染まって⑤

◆◆◆


「カタリナ隊長……」


 後ろ手に抑えられたままのファーリンが呟くと周りの騎士達も反応した。


「カタリナ……もしかして『閃光のカタリナ』なのか?」


 その引き締まった体躯とショートヘアーが特徴的で任務の逸話が多いことでも有名だ。各騎士団(の主に女性隊員)からは『女騎士殺し』と恐れられている。


 カタリナが崩れ落ちるリアを抱き止める。

 シャルロットははっとして辺りを見回すと既に十名ほどの騎士に囲まれていた。全員が炎のように赤い鎧に身を包んでいる。既にファーリンも赤い鎧の騎士に解放されていた。


「ロティー、久しぶりだな……」

「えっ? お兄様? 何故……焔翼えんよくが……」

「カタリナ殿との会談中に、この騒動を聞きつけたのだよ。来てみたら、真ん中にお前がいるのは流石に驚いたがね」


 シャルロットは慌てて剣を収めると兄と呼ぶ男に近付いて行った。


「フランツお兄様! カタリナ様も! 私は奇跡を確認しました! これから王宮に……」

「あれは残念ながら奇跡では無い」

「えっ?」

「この国では一部の救護隊と焔翼しか知らされていない事実があるのだ。すまない、ロティー。あの二人には正しい対処をせねばならん……」

「お、お兄様……」


 この騒動は急速に終焉を迎えた。


◇◇


 カタリナに抱かれながらシャルロットが美形の男と抱き合っているのを見ていた。周りを囲む赤い鎧の集団の、更に後ろには第一隊の姿も見えた。


 良かった……。


 安堵するとそのまま意識を失った。



◇◇◇


 いつの間にか宿のベッドに運ばれていた。ベッドの横の椅子に座っていたファーリンはわたしが起きたことに気付くと腰を上げた。


「大丈夫そうね。二、三時間は寝れた? 明日の出発までゆっくりして良いって」


 優しく伝えると、そのまま部屋から出ようと扉に向って歩いている。ドアノブに手をかけたところで飛び起きた。


「すみません! 痛っ! あ、あれからどうなったんですか?」


 顔に手をやると明らかに腫れている。鏡見るのはやめておこう……。

 ファーリンはその姿を見ると椅子に座り直してくれた。


「シャルロット先輩はどうしたんですか?」

「兄のフランツ……フランツ・バーデン・フランム公には絶対の信頼を置いているんでしょうね……あっさり考えを正してくれたわ」

「そうなんだ……」


 抱き合ってた赤い鎧の人かな?

 まぁそうなんだろうな……。


「既にフランムの騎士団『焔翼』が患者とゾンビをしたわ。その後で第一隊が教会ごと浄化を終わらせてる」

「……先輩、大丈夫でした?」


 ファーリンは少し困った顔をした後に一言だけ言ってくれた。


「泣いてたわ」


 自分の信念とメイアさんとの友情、その二つが一度に崩れ去り、その結果は無惨にもメイアさんの命すら残さなかった。

 考えただけで胸が張り裂けそうになる。涙が溢れる瞳を閉じて祈るようにわたしは胸の前で両手を組む。


「彼女は強いわ」


 小さな優しい声が聞こえてきた。

 目を開けると少し微笑むファーリンの顔。


「はい! シャル先輩は強いんですっ!」


 涙も拭かずに精一杯明るく応えた。


◇◇


 あれから眠ってしまったためにふと夜に目が覚めてしまった。

 目が冴えちゃった。ね、寝れない……よしっ!


 ベッドから起き出す。

 そっとブーツを履き夜の散歩へお出掛け……というところで守護騎士に見つかるとイヤだなぁと少し悩む。

 正装に着替えるのも面倒……。

 熟考の末に導き出した答えとして、今着ているコットン生地のワンピの上に身分証明の為の胸鎧をつけて防寒マントを羽織ることにした。

 そっと城壁の外に抜け出す。


 ダメね……今日は色々あり過ぎた。色々考えちゃう。


 月明かりに照らされる草原と数本の木々。

 秋の風が腫れた右頬を柔らかく撫でる。


 メイアさん……本当に立派な修道女だったって。一人暮らしの老人に声を掛け、孤児院や救護院ではお世話を手伝い、地域の人々の幸せに親身になって活動していたって。

 そういうのを聞くだけで涙が出てくる。


 信仰心が強いほど病状の進行が遅くなる。それは良いこと。でもそれがもたらす結果は悲劇的よ。感染したまま動き回って感染者を増やす。そして自らの身体は徐々に死んでいく。

 そんなこと聞いたら『信仰は偉大』なんて絶対に言えない! もし、『神が与えたもうた試練』だとしたら、一体どんな目的よ!


「わーーーっ! 赤熱死病の大馬鹿やろーーー!」


 突然に大声で叫ぶが夜の闇は声も他の音も全てを吸収してしまう。静まり返る草原。結局腫れた顔をさすりながら一人歩くしかできない。


 ふと見ると黒い鳥が目の前の木に止まっている。


「カラスっぽい……」


 黒い鳥……あれ? 鳥って寝るんだっけ?

 ぼーっとくだらない事を考えながら鳥を観察する。鳥もじっとこちらを見ているように思える。


「バカヤロウ トハ シツレイナ」

「うわっ、喋った!」


 こっちの世界にも喋る鳥は居るんだぁ。

 あっ、そうか。実はこの鳥、王子様とか……うぷぷ。


「オマエタチハ……ジャマバカリスル」

「会話してるみたいね……九官鳥かな?」

「ヤハリ……バカナ……オンナハ……キライダ」

「うわっ、失礼なトリだこと」


 ホントに会話してるみたい……というか、コイツ……ホントに鳥なの?


「デハ シネ」


 その瞬間、強烈な悪意と共に黒い羽が数本カラスから飛んでくる。が、魔導防御に弾かれた。

 胸の鎧に輝くナイアールの紋章が赤く染まる。


「魔素の検知! お前、何者だ!」

「ホホウ フセグカ サスガハ センコウキシ」


 この感じ、悪意、えっらそーな喋り方……。


「……お前、あの時のトカゲの仲間か?」

「ソレニ キヅケタカ ハハハ エライゾ」


 マジか! どうする、捕まえるか?

 剣も無い。まぁ有ってもこの鳥には届かなさそう。


「ホウビダ キョウカイデ『ミクトーラン』トハ ダレカ キクガヨイ」

「みく……ミクトーラン! メイアさんの言っていた……」

「デハ、モウスコシ ハメツスル モノ ヲ フヤシテヤロウ」


 羽ばたき始めたと思ったら、一気に飛び去るカラス。月明かりに照らされ街の方に飛んでいく。


「あっ、こらっ! ま、待てーっ!」


 数歩だけ走って追いかけるがとても追いつきそうにない。

 チッ、捕まえるのは無理か……ならば。


「集まれ炎、集束しろ炎……」


 腕を構えてカラスに狙いを向ける。


プチPuti インビジブルInvisivle クリムゾンCrimson ナーイフKnife!」


 数十センチの赤い線が闇夜のカラスに向かって飛んでいく、が外れた。


「むー、以下略、ピックPICK! ピックPICK! 当たらない……えーい! ピック、ピック、ピック、ピック、ピック、はぁはぁはぁ……ピーック!」


 無闇に連射すると、何とか最後の一発がカラスを撃ち抜いた。数百メートル先まで走って見に行くと焦げ臭い匂いの中、片方の翼が千切れて地面でバサバサともがいているのを見つけた。


「はぁはぁ……焼き鳥」

「ニドマデモ……」


 カラスは息絶えると突然に燃え上がった。


『二度までも私を邪魔するとは……お前達には罰を与えよう!』


 悪意が飛び去る感じがして不穏な空気が一掃された。


「ホントに焼き鳥に……。しかし……」


 メイアさんの言っていたミクトーランのことをアイツも語った。あれ? ということは……あの時のトカゲも一緒なの?


 静寂を取り戻した月明かりの草原だったが胸の中には悪い予感だけが残っていた。

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