夏の観覧式

第三十二話 春の観覧式①

◇◇


 この公式行事『春の観覧式』は気候の良い春先に唯一実施される国が主催のお祭りなのよ。

 新年の祝いのお祭りも兼ねる『冬の観覧式』と共に、騎士団のイメージ向上や広報活動が主な目的だけど、パレードなどを国民に楽しんで貰うのも大きな目的なの。

 春は新人のお披露目会、冬は退任者の慰労がテーマです。


 つまり……わたしのお披露目会。

 控室の中で鏡を見る。

 中には緊張と寝不足で青白い顔の少女が居る。


 リアちゃん、落第したらゴメン。色々頑張ったけど、合格基準が曖昧なのよね。と言うか決まってない?


「はぁー」

 ため息しか漏れない。


 立ち上がり窓に近付くと人混みから賑やかな声がしてくる。


「しかも……凄い人」

 王宮に入れるのはお祭りの時だけなので、凄い人だかり。


 公職に着く者は全員が総出で対応している。近衛騎士団も警備は当然の事で、その他イベントの人手としても駆り出されている。

 エメリーは騎士団正装で警備本部に陣取っていて、指示を出したり受けたりしてる。

 それを眺めるうっとり顔の貴婦人も少なくない。


 城の厨房は戦場のようだ。

 エリックやジェニー等の古参の料理人はそれぞれの持ち場で腕を振るいつつ若手に指示を飛ばす。

 エリックは国賓向けのコース料理を担当。胃が痛そうな顔……ジェニーは街の人向けに屋台料理の担当。

 笑顔が溢れてキラキラしてるわ。

 うんうん、楽しそうでなにより。


 カーリンはおもてなし部隊の最前線よね。

 国賓の対応をにこにこ顔で対応して、裏で他の執事や料理人に檄を飛ばしている。


 わー、みんな輝いてる!

 そろそろ自分も出番。よし、気合を入れる!


「キャー! リア様よー!」


 正装に身を包み春の日差しの中に控室から出ると、女の子達から黄色い悲鳴が上がった。

 戸惑いつつもニコッと微笑み手を振る。


「キャー! 可愛い〜!」

「リア様〜がんばって〜!」


 へへっ、照れるわ。わたし、何か……アイドルみたいよ。まぁ、リアちゃんエピソードだけを聞くと凄い女の子。


 まず七歳でオオトカゲを魔導で凍らせて退治。

 十歳で貴族院入学。優秀な成績。

 十一歳で『執政官』に任命。優秀な成績。それで、『雷帝』の後継者候補に……告白されたわ!

 そして……十二歳で新たな『風紀委員』という組織を設立して初代『風紀委員長』に任命。


 あー……これはねー……色々あって活動内容が国家機密になっちゃったの。


 でも、優秀な成績で卒業して国家騎士団扱いの騎士団に入団、って感じ。


 自分で言うのも何だけど、公私に渡って大活躍。まぁ同世代の女の子には憧れの存在になっても仕方ないかな。

 ただ……何かみんな、凄く自分に詳しいのよね。

 裏で情報が漏れてるみたいよ。この国はセキュリティに気をつけて欲しいわ!


りあしゃまリア様、がんばってくらさい!」


 きゃっ、小さな子からの応援! 尊いわ!

 よしっ、応援している子達の期待には応えたい。

 だからこその緊張! 気合いよっ!


◇◇


 先ずは騎士団による徒歩でのパレードです。

 正装で隊列を組んで行進よ!

 と待機していると、早速、お遊戯会を見る父兄みたいな声援が飛ぶ。


「転ぶなよー」

「落ち着いてー」


 いえ、行進くらいできますよ。

 とは言え、少し浮かれることもある。入団に先駆け帯剣を許されたのだ!


 わたしってさー、ほら、こう見えてもお姫様じゃーん。

 だから好きなのを用意していいよって!

 そう言われたらねぇ、色々自分好みで注文したくなるじゃなーい。

 特注で竹刀と同じ重さの四百五十グラム、刃渡り八十センチで作ってもらったの。

 普通の素材で作ったら、細すぎてとても打ち込みできないフニャフニャだったんだけど、例の帝国特製の文鎮を素材に使ったらイメージ通りの長さと重さ。

 皆からは実戦には使えない細さと少し笑われたけど、良いの! カッコいいのよ!


 と、じっと腰の剣を見ていたら行進のタイミング間違えた。

 周りからは笑いが起きる。


「ボーッとするな〜」

「しっかり行進だぞー」


 ヤバい。幼稚園のお遊戯みたいな声援が……次はしっかりやる!


◇◇


 さぁ、次は騎士団の騎乗パレード。割とメインのプログラムよ!

 自慢の我が愛馬『アームガード』は芦毛が美しい三歳馬の女の子。ふふ、愛馬に跨るわたしの姿も様になってきたでしょ。


 今日は二人ともおめかしして貰ったから。今はすまし顔で列に並んで待機中。


 さぁ、ファンファーレが鳴ったわ。それ、馬のお腹に足で合図を送りますっ……て、あれ?

 ……動かない。草食べてる。

 ほらっ、歩くよ。強めに合図するが無視される。

 お姉様方が先に馬を優雅に進める。


「お先に」

「ゆっくりで良いわよ」


 ヤバい。皆、追い抜き様にニコニコしながら声をかけてくれるわ。

 パレードの開始位置まで辿り着けない!


 周りの一般の人達からは声援が飛ぶ。強めに蹴っても動き出さない。冷や汗しか出ない。


「食いしん坊め、いい加減にしないと馬刺にするぞー」

 耳元で小声で囁く。


 ここで愛馬がピクっとして草を食べるのを止めて渋々動き出した。

 周りからは安堵の声が漏れた。

 はい、次はがんばる!


◇◇


 次の出番は『教会の秘術』のご披露よ!

 ここは新人や退任者に任される見せ場の一つ。

 盛大に聖なる光を出すだけの、お祭り向けの派手な技をぶっ放すのよ!

 儀礼用なので、無駄にカッコいい間違えても良い振り付けもあります。


 よしっ、気合い入れて決めるぜ。

 ダンスは得意では無いけど、前世の授業言われた事を生かす。

 静と動、メリハリよ。

 動かない箇所は身体をきっちり止める。

 動く時は思い切り良く、指先まで意識して、表情も女優の様に入り込む。

 さぁ、見るが良い。

 わたしの秘術『聖なる光の顕現』を!


「信仰と慈愛の精神を持ち」

 帯剣を許されているのが嬉しくてチラチラ眺めちゃう。


「夏の精力を我が身の力に……」

 はうっ、セリフ忘れた……と焦るが周りからセリフの続き『変えて』が聞こえてくる。

 あれっ? 今気付いた。半分位の人が振り付けも完璧に術式を唱えている。


「変えて、冬の寒さと共に愛情を育み」


 祈りが進むと皆がほっとしている。

 この状況に台詞が遅れる。


「春の生命の息吹を待って」


「……春の生命の息吹を待って」


 ヤバい、観客の皆さんに置いていかれる。


「秋の恵みに感謝をし、この聖なる光を顕現する」


 少し巻いて台詞を進める事でタイミングを合わすと、パーっと儀礼用の杖が光に包まれる。


「やっぱり今年も俺は光らねー」

「ははは、隣町のノリスさんのとこの息子さんが光ったって」

「ウチの息子も間違ってでも光らないものかね〜、はは」

「リア様、凄い光ったよ! 尊敬します!」


 周りから拍手と歓声が沸き起こる。

 この秘術『聖なる光の顕現』は礼拝の時に良く一緒に皆で唱えるらしい。

 もし光ったら教会にスカウトされるとか。

 観客参加型……こ、これで良いんだ。

 キョロキョロと周りを見渡すが、団員はさっさと控室に入っていく。

 えっ? これで良いのかな?

 和かに微笑みながら控室に消えましょうかねー。


 ぐったり疲れて椅子に倒れ込み上を見上げる。真面目に考えると、踏んだ場数の数が違うようだ。『見せ物』になる事で緊張している場合では無いという事なのかもしれない。


 まぁ、心底楽しそうな他の団員を眺めると、深い意味なんてないのかもしれないけど……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る