第三十三話 春の観覧式②

◇◇


 さて、『休憩にしてお祭りを見てらっしゃい』と言われたので籠手と胸鎧を外し上着を脱ぐ。地味目の上着に変えて裏手から祭りの雑踏に紛れてみた。


「あらリアちゃん、見てたよ。立派になったねー」

「リア様、見てました。カッコよかったです。」

「疲れたろ、お腹すいたなら、これ食べてきな」


 年齢、性別、関係無く色んな人から声を掛けられる。いつの間にか両手に花や食べ物を抱えて歩くことになっていた。


 お祭り大好き。雰囲気がまず好き。みんなの浮かれた感じが好き。後は、日常と違う音が流れる風が好き。


 お菓子を食べながら雑踏を進む街の人を眺める。

 ふと見ると豪奢な軍服の一団が歩いていた。真ん中のお坊ちゃんは楽しんでいそうだ。


 あっ、同級生発見〜。

 クールなイケメンっぷりは変わらず……と言う事は、ユーリア共和国だ。

 暖かな春の日差しの中、魔力が無効になると噂の鎧を着込んでいる。貴族院時代に見たフルプレートでは無く籠手と胸当てのみで、厚みのありそうなマントを羽織っている。


 うーん……プライベートで家族と一緒に過ごすクラスメイトを見つけた感じ。見なかったフリを互いにすることもあるけど、立場が立場だから挨拶はしとくか……。


「お久しぶり。エルヴィンも元気そうですね」

「……あっ、リアか。いや、リア殿、この度の国家騎士団への入団おめでとうございます」


 真面目な返し……苦手だな。貴族院の時みたいには話せないか。


「これは御丁寧に。皆様方も春の観覧式へ御参集頂き誠にありがとうございます」


 覚えた国賓向けの挨拶を返す。よしっ上手く言えた!


 あれ? 坊ちゃん、じっとこちらを見ている。

 甥っ子を思い出し一瞬頭をよぎったのは、よーしよーしと頬っぺたをムニムニする事だが、流石に護衛に止められるよな、と思い直す。手だけワキワキしちゃう。

 何よ、エルヴィン、流石にゲストのほっぺをムニムニはやらないわよ。安心しなさい。

 失礼だから睨みつけておく。


「リア殿、こちらが我が主人クルト皇太子です」


 わーお、王子様だ。共和制なので象徴としての君主と習った記憶がある。


「こんにちは。新人騎士のリアです。クルト王子? お祭りは楽しいですか?」


 あっ、国賓への挨拶忘れてた。カーリンに聞かれたら落第って言われるわね。でも敬意と好意は伝わったみたいよ。だってエルヴィン以外はニコニコしているから!


「リア、皇太子だ! 王子では無い。勝手に皇位継承権を下げるな。現マグダリナ女王に続いて第一位だ!」


 うるさいエルヴィン。無視しちゃえ。


「えー、ユーリアって女王様が居るんだー」

「そうだ。人気、実力共に世界一の女王だ!」

「エルヴィン、他国で自国の君主自慢はよせ」

「はっ、失礼しました!」


 おぉ、クルト王子、カッコいい。小さいのに威厳ある〜。頬っぺたムニムニしたい。あっ、そうだ!


「エルヴィン、サールは元気?」

「あの女狐……いや、サール公女殿下は多忙で顔を出せないことを気にしておりました」

「あら、残念。また会いたい、と伝えてください」


 サールの話題になると皆が不機嫌そう。ユーリア共和国はサール派とクルト派で分かれてるって噂はホントっぽい。


「リア殿、この国の祭事は民衆が楽しそうで何より。是非、我が国にも来訪して下さい」

「はいっ、約束です」


 ニッコリ笑顔で返すとクルトも笑顔を返してくれた。


「では、この辺りで失礼するよ」


 クルト皇太子の挙動に合わせて護衛が乱れずに動く。

 多分、あれだけ近づいてたけど護衛に阻まれて触ることは出来なかったんだろうな。

 しかし威厳ありすぎ。まだ十歳くらいに見えるけど、中身は違うのかな?

 シャーリーや……わたしみたいに。

 あれ? ということは……サールも?

 ふふふ、この世界コワイわね。


 ぼーっと離れていく同級生を見送っていると絶対に来て欲しかった二人が思い浮かんでしまう。


「忙しくっても会いに来なさいよねっ!」


 シャーリーとラルスは修行で忙しいんだって!

 親友と恋人の晴れ舞台よ! もー、何か理由があるんじゃ無いでしょうね……。

 よしっ、変な事考えずにそろそろ戻ろっと。


 商店街を抜けて城を目指す。

 まだ昼過ぎだ。陽が沈むまでは祭りらしい。

 街の通りでは白いワンピースを着ている女の子達を良く見た。皆が髪に生花を刺して飾り付けている。


 色とりどりのドレスを着た女性に混じる花冠に純白の衣装。


 そうか……今年の成人なんだろうな。お揃いの衣装に身を包んではにかみながらも自慢げに歩いている。

 よく見ると男の子達も正装している子達がいる。

 正装だからダンスしちゃダメ! 汚れちゃうわよー。

 あらあら、こっちでは正装カップルが冷やかされてるわ。こっちは小さな女の子がお姉ちゃんの真似して花を頭につけてクルクル回っている。


 見ているだけで幸せになるひと時。


 ふとラルスとわたしの二人で純白の衣装に身を包んだ姿が目に浮かんだ。目を瞑って身体を左右に揺らしながらもう少しイメージを膨らませてみる。

 うひょー、これはウエディングドレスっぽい。

 よし、来年はお揃いの格好して肖像画でも描いて貰おっと。

 元気に帰路に着く。

 通りは屋台も沢山出ておりフリーマーケットの様相だ。異国の雑貨なんかを見てると時間はいくらあっても足りない。

 名残惜しいが城に急ぐ。

 はい。わたしの休憩時間は終わり。午後からはお祭りの人手としてやることが山積みよ。


◇◇


 さて、新人に与えられる役割なんて前世も現世も変わらないわよね。

 屋台に芋と砂糖を運ぶ。

 運んだ芋の皮を剥いて揚げる。


「はい。そろそろ泣き止んでねー」


 揚げた芋に砂糖を付けて横で泣いている迷子にあげる。

 やれる事は何でもやるわよー。


 試験がどうとかではなく、体育会系の血がお祭りで燃えていた。途中で『新人』と書かれた三角帽子と『がんばります』と書かれたタスキを着させられた。


「良いの、お祭り楽しいから。主役だから!」


◇◇


 寝不足も忘れて動き回っていると、時間はあっという間に経過していた。


「夕日だ……」


 その時、祭りの終わりを知らせる鐘が鳴った。


「入団おめでとう!」

「ようこそ、閃光騎士団へ!」


 団員の皆さんが代わる代わる声を掛けてくれた。


 そうか、入団出来たのか……良かったー!


 やっと閑散としてきた会場で沈みつつある夕陽を改めて見つめる。左手には配っていた子供向けのお菓子、右手には『迷子はこちら』と書かれたプラカード。


 つ、疲れた。リアちゃん、わたしやったよ。頑張ったよ。十三歳にして就職が決まりましたよ。夢を一つ叶えてあげられたのかな、まだまだ途中かな。よしっ。こうなりゃ騎士団のマスコットでも切込隊長でも何でも頑張りますよっ!


 その瞬間、緊張が途切れたのか強烈な睡魔が襲ってきた。

 眠い……もうで限界よ。床でも外でも寝られそう……いえ、ダメよ、私はパーティス家の公女なの。


 屋台にプラカードとお菓子を辛うじて置く。

 椅子に座ってそっと沈む夕陽を眺める。

 まだ少しだけざわめきが残った風が吹いてきた。自然と顔がニヤける。


「うへへ……お祭り……大好きだなぁ……」


 お菓子、両手にいっぱいー、みんな褒めてくれるー、カーリン……えっ、怒らないで……逃げろーうへへー、あ、ダメ……ダメ……夏休みの宿題が、もう三十日よ、助けてー……。


◆◆


 暫くしても戻ってこないリアを心配して探しに来たファーリンが暗闇の中でうなされながら眠るリアを見つけた。


「居たよー。なんかうなされてる。ワットハップン?」

「知らなーい。で、どうする?」

「寝かしとく?」

「風邪ひいちゃうって」

「じゃあ起こすー?」

「叩き起こす」

「ちょっと、ラリー、流石に引くよ。まだ入団初日だって」

「……最初だけだぞ」

「じゃあ、起こす……だけじゃ面白くないか」

「どうするの?」

「あっ、グッアイデア思いついた。ベッドまで起きなかったら落書きはどう?」

「ファーリンに賛成の人〜、はい、多数決で決まりね」


 リアはそっと抱き抱えられて起こさないように運ばれていった。

 もちろん起きる気配はなかった。

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