第三十一話 当分会えそうにないのに③

◇◇


 一日無駄にしたわ!

 昨日は外周走って終わっちゃったから、実技練習は今日からスタートね。さーて、行進、騎乗、その他マナー関係。体育会系の本領発揮、ここは詰め込みでイケイケよー。



 では、基本的な動作と儀礼訓練から!

 まず行進から。いつも見学に来ていた練習場で一人で行進は寂しいけど、ファーリンも一人で掛け声出してくれてる。

 ふふふ、でもリアちゃんは信者だからいつもの練習場に入れるだけでテンション爆上がりよ。言うなれば聖地巡礼。そこで同じ練習メニューをするなんてご褒美よ!


「右向けー右」

「前進!」

「隊列、止まれ、イチニイサン!」


 どう? 初見でほぼ完璧な動作。

 ファーリンも感心してる。


「リア……訓練受けたこと無いでしょ? センス凄いわ!」


 うはははは、リアちゃんの予習を甘く見るなよ。全ての練習メニューや基本動作は頭の中にあるわ。

 そして身体の動かし方は前世の体育の授業で経験済み。義務教育サイコーよ!

 この勢いでビシビシ進めるわよー!


 結果:優秀


◇◇


 次っ! 初級の乗馬訓練。

 お馬さんは初めて!

 王宮裏手の広大な草原。そこには厩舎があって騎士団で使う馬もそこで飼われているわ。ずらっと並ぶ数十頭の馬をファーリンと眺めてます。


「ここからフィーリングの合った馬を探すと良いわ」


 えー? どうしたら良いのかしら……。

 厩舎の中で馬を一頭ずつ眺めてみるが、思ってたより大きいってことと、思ったよりカワイイこと以外は分からないわね。

 立ち止まって思案に暮れていると突然服の肘の辺りを芦毛の馬に噛んで引っ張られてた。


「うわっ、お前、引っ張るなよ!」

「ふふ、そいつはどう?」

「ん? アームガード? お前、アームガードって言うの?」

「ひひーん」


 これは運命よ!


「この子で良いわ!」

「えっ? ホント?」

「うん。これも運命よ! アームガード籠手なんてサイコーの名前よ」



――実は誰も知る由は無いが、この馬は異世界転生

 前世では『皇宮護衛馬』であり馬術競技も経験している超エリート馬だ。馬なので今の状況を正確には理解していないが三歳馬にして異常な頭の良さ。それ故、基本自分が楽する為に行動する。

 生まれが良さそうで、それでいて体重の軽そうなリアを主人に選び、早く寝たいので完璧に『勝手に』動いて訓練を終わらせてしまう。



「凄いわリア! あなた才能の塊ね!」


 風を切ってコースを自由自在に走り抜ける。えーっ、馬も乗れるのよ。自分の才能が怖いわ!


「うはははは。わたし、天才よ!」


 この勢いでビシビシ進めるわよー!


 結果:最優秀


◇◇


 次っ! 術式? 何でも来い!


 これは『教会の秘術』とか『教会術式』とか呼ばれるヤツの学習よ。

 魔導とは全然違ってイメージでは無く祈りが全て。特定のポーズで、特定の装備を持ち、特定の言葉を発する。これで神? 天使? が過去の契約? に基づき仕事をしてくれる感じらしいの。だから言葉やポーズを間違えると何にもしてくれないって。


 一字一句間違えられないらしいわ!

 閃光騎士団の任務では教会術式の暗記が必須らしいから、暗記するしか無いって。

 入団にあたっては基本の術式を数個暗記させられるの。


「では、術式のトレーニングです。言葉とポーズは連携しているので、キッチリ覚えてやり切ると、杖の先がピカっと光るのよ」


 うふふー。早速杖を握りしめる。


「まず、術式の言葉を覚えてから……」

「信仰と慈愛の精神を持ち、夏の精力を我が身の力に……」

「リア、凄いわ。もう暗記したのね!」


 信者のリアちゃんを甘く見ては困るよ。入団試験で発表するかもしれない術式よ? そんなもの日夜練習して覚えてるに決まってるじゃない!

 いきなり術式を発動してやったわ。


 結果:優秀すぎて怖いくらい


◇◇


 次っ! よーし、魔導ね……って。

 はい、『火属性』と『水属性』と『風属性』を混ぜたミスト付きドライヤーを毎朝使ってるけど、えっ? そんなの誰も出来ないって?

 あら、いやだ。魔導の授業は卒業なの?


 結果:史上最強レベルで優秀


◇◇


 うはははっ! 次っ!

 この世界の自然についての学習ですって? さぁ、何でも覚えるわよ。


「えーっ……何処行くんですか?」


 ここは王宮の敷地の隅の方で、リアちゃんもあんまり立ち寄ったことがないエリア。古いお墓とか廃墟が少し残ってるから、七歳児には怖い場所よ。

 わたしも心霊番組とかはテレビに映るとチャンネルを変えるタイプ。ゾワゾワするー。


「じゃあ、地下に行きますよ」

「ファーリン……正直に言うわ。怖いわよ!」

「大丈夫よ。管理されてるから安全よ」


 ちょっと、何が出てくるっていうのよ!


「はい。アナスタシアさんよ」


 そこには半透明の髪の長い女の人が檻の中に居た。足が無いっ!


「ぎゃあーーーーーっ! お化け、幽霊、ゴーストよ! 怖い、怖い、怖い、やめてー!」

「リア、失礼よ。アナスタシアさんは現世に未練があるから、ここに地縛霊として居続けることを決めてくれたのよ」

「ゾゾゾって背筋が凍るわよ、怖いものは怖いんだからしょうがないわよー!」


 ファーリンとアナスタシアが不思議そうに目線を合わせている。


「ゴーストなんてそんなに珍しくないでしょ? あっ、でもグーフィーさんはちょっと珍しいかな」

「……そうですね……珍しいと思いますよ……」


 ちょっと、何で二人ともわたしの後ろを指さしてるのー。


「ゾンビのグーフィーさんよ。珍しいでしょ? 森の奥地しか居ないからね」

「……落ち着いて……いるから……安心よ……」


 そーっと振り向くとー、腐った死体が立ってわたしを見てる。血の気が引くとはこのことか!

 これは貧血一歩手前よ。でも貧血になるとグーフィーさんとアナスタシアさんに介抱されそうだから、気合いで気絶しないわよ!


「ぼく……ぐーふぃー……」

「凄いでしょ! 意思疎通できるゾンビは殆ど居ないのよ! カッコいいでしょ!」

「ひぃやぁーーー! 助けてー!」


 ダメよ、これは異世界だわ。「あっ、逃げちゃった」って聞こえてきたけど後ろは振り返らないわよ。


「やめてー!」


 結果:落第


◇◇


「オバケはダメー……」


 まだ身体が震えてるわ。ガクブルよ。

 ファーリンと一緒に寮のダイニングで休憩中。


「そうなの? まぁ気味は悪いけど、森の奥に行けば大体一回くらいは見かけるわよ」


 ホットミルクを飲みながら身体を温めないと動けないわ。


「舐めてたわ……流石は異世界」

「変なこと言ってないで、慣れておきなさいよ。じゃあ寮の紹介して今日は終わりましょうか」

「そっか! 寮生活、貴族院の寄宿舎生活も憧れてたけど、騎士団の寮生活も憧れの一つよ!」

「まず、ここが寮のダイニングね。みんなで一緒にご飯食べます。コミュニケーションは大事だからね」


 大きなダイニングテーブルが三つくらいあるわよ。六十人は同時に食べれそう。


「今日は第一隊も第二隊も任務に出掛けてるから第三隊だけね。要するに予備隊よ」

「そうなんだ……忙しいのね」


 とても広いダイニングに立派なテーブル。でも同時に使われることは少ないらしい。


「まぁ、部屋で食べることもあるけど、基本はここでご飯食べるわよ」

「あっ、そうか。ファーリンもこの寮に住んでるんだっけ?」

団員は全員寮住まいよ。それにシスターは同部屋よ」

「えー、ファーリンと同じ部屋? 楽しそう!」

「そうねー。私の部屋、覗く?」

「見せて〜」


◇◇


 というわけでファーリンの部屋。普通の女の子部屋ね。ベッドが二つあるのね。じゃあわたしが窓際なのかな?


「二人部屋を一人で使ってるのよ」

「あら、狭くなっちゃうけど、これからヨロシクね」


 ニッコリ挨拶するとキョトン顔のファーリン。


「何言ってるの? そろそろ帰らないとカーリンさん来るわよ」

「えっ?」


 バタンと扉が開く音がすると、カーリンが入って来た。


「ファーリン、こんばんわ。リア様もそろそろ自室に戻ってください。団員の方にも迷惑ですから」

「えっ? わたし、これからここで暮らすんじゃないの?」

「そもそも王宮に住んでるんだから、寮は不要ですよ」

「えっ?」


 そうだったの。寮に入る必要ないんだって!

 カーリンに追い出されて今はいつもの自分の部屋よ。楽しそうだったのに。

 一人で寝るの寂しいー。



 なーんて、そんな毎日を過ごしていたら、あっという間に観覧式の前日よ!



◇◇◇ 帝国歴 二百九十三年 五月吉日



 いつの間にやら青葉が生い茂る季節に変わって、とうとう本番を明日に迎えたの。


「やるだけの事はやったわ。こういう時は早寝早起きよ!」と(諦めて)少し早めに眠りにつきましょう。



 すると、その夜、あの夢の声をまた聞いたの。



【わたしは夢を見る】


 いつもこの夢はすぐに終わる。


 すぐにわたしは暗闇に堕ちる。

 そこで地獄の亡者どもはわたしの身体を貪り食う。

 永遠に続く苦しみ。


 何故、何故、わたしはこんなに苦しまなければいけないの?助けて、助けて、助けて……お母様。

 お母様……お母様、わたしもあなたと共に行きます。


 ごめんなさい。あなたに託してごめんなさい。

(待って! ダメよ、他に選択肢は無いの!)

 あなたに託します。わたしは母の元に……。


◇◇


「待って! あぁ……」

 ベッドの上で身体を起こし、手を伸ばしている。


「今何時よ、全く……」

 目を抑え少し頭を振る。

 いつもの部屋のいつものベッドの上。


 その決断は間違っている! 止めるっ! というわたしの感情、そしてわたしじゃないわたしの希望と安堵の感情と涙だけが残っている。


 夢の内容は覚えていないが、まだ感情だけが残っている。

 多分……これは……リアちゃんの記憶。何を伝えたいのかな?


 今日の夢は感情だけだが鮮烈に残っていたので、しばらくは寝直す事も出来なかったので、寝不足のまま当日の朝を迎えることになったの。

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