第三十話 当分会えそうにないのに②

◇◇


 翌日の騎士団演習場。


 早速今日から騎士団に混じって特訓よ!

 訓練が始まる前に座ってブーツの紐を結んでいると、一人の若い女性隊員が目の前で立ち止まった。


「あっ、センパイ、お疲れ様です!」

「そのってのやめなさーい。騎士団では階級か名前で呼べば良いのよ。オッケー?」


 新人騎士は歳の似通った先輩騎士とペアを組んで日々の訓練に励むのよ。これはシスターと呼ばれる制度で、わたしのシスターはファーリンという同世代の騎士なの。


 ファーリン先輩は一昨年入団だから十七歳のゆるふわ系女子ね。明るい茶色の髪は軽くウェーブがかかっててね結構美人なの。ノリが……なんていうか陽キャというか変なんだけど、明るい感じが大好きよ。


「はーい、ファーリン先輩!」

「もー、こっちの話を聞いてないっ! アングリーよ!」

「あっ、ごめんなさい。ファーリンさん」

「ふふ、騎士団の中では年も近い方なんだからファーリンで良いわ」


 すると建物の角から急に上官二人が姿を現した。

 ファーリンはビシッと姿勢を正して直立不動。流石、カッコいいわね。

 わたしはそれを横目で眺めて紐を結びながらご挨拶。


「リア、がんばってるか?」

「はい、カタリナ隊長!」

「魔導以外の訓練はキツイだろ? キツくないと身体は鍛えられないぞ」

「はい、ラリー副隊長!」


 二言三言会話すると二人とも並んで宿舎の方に歩いていった。

 カタリナ隊長はタマラと二人でこの騎士団を率いていたけど、タマラの退任後は一人で筆頭代理の職を務めていたのよ。今の体制はカタリナ隊長が全体指揮、兼第一隊の隊長。ラリー副隊長が全体補佐、兼第二隊の隊長を務めているの。


 この二人は六年前のファイヤーリザード騒動の時、任務の為に王宮を離れていた事をいつも悔やんでいた。だからかな……わたしを良く気に掛けてくれている気がするわ。


 ふふふ、カタリナ隊長はね、なんと言っても、長身で、短髪の金髪で、細マッチョで、声が低いのよ。

 宝塚……と言うより女子格闘家よね。

 男も惚れる格好良さ。

 でも……どうも美形ならでも大丈夫らしく、結構乱れた私生活らしいわよ。ジェンダー差別はしないけど純粋に危険よ。『リアは五年後ね』と言われた時は、ホッとしたけど何か釈然としなかったわよ。


 ラリー副隊長は細マッチョ……を行き過ぎてマッチョね。筋肉で全てを解決するタイプ。

 でもドレス姿は結構様になるのよね。頭が小さいから頭身が高いの。長い髪をいつも後ろで束ねていて、解くと結構華やか。身体の線が消えるドレスを着て静かにしていると絶世の美女なのよねー。

 でも……ドレス姿で動くとスゴイの!

 緊張するのか急にドレスを着たみたいになるのよ、うぷぷ。


 突然後ろを振り返るラリー。

 考えてることバレたのかと思った。ビクッとしたわ。


 二人の姿が見えなくなると、ファーリンは姿勢を崩してホッと一息付いてる。

 わたしは座ったまま小さく手を振ってお見送り。


 ふとファーリンがこちらをじっと見ていることに気付いた。


「何ですか?」

「いえね……王宮暮らしは勿論長いわよね」

「はい。ほぼ歳の数だけ」

「……私二年よ……そりゃ知り合い多いよね……」


 小声。ボソボソ良く聞こえない。


「えっ? 何ですか?」

「なんでもない……さぁ、特訓開始ね。ヒァウィゴー!」


 ファーリンを先生に訓練が始まった。


「はい。まず、行進、騎乗、掛声などを覚えて貰います! 覚えるまでずーっと、この訓練のリピートばかりですよ!」

「はいっ!!」


 部活を思い出し立ち上がるや否や姿勢を正して力一杯で声を出す。よし、先輩をビックリさせる勢いでいくわよ!


「お、おぅ……ぐっどよ」

「ありがとうございますっ!」


 あれ? ファーリン先輩……どうしちゃったのかな。まだ気合い足らないのかな?

 もう少し気合い入れよう。


「ご指導、よろしくお願いします!」

「……お、おぅっ……」


 ファーリンはじっとコチラを見て押し黙っている。

 何かやらかしちゃったかな?

 いぶかしんでいると『ここに座って』と手で合図して胡座あぐらをかいて座ってしまった。


「ほら、ここ一緒に座って」


 思ったより優しい声色。説教が始まるわけではなさそうなので安心して同じように座る。


「ここさぁ……華やかでしょ。制服もカッコいいし任務も派手じゃない。だから貴族の子女から人気高いのよ。他国から入団したいなんて頼み込んだりする子も居たのよ」

「はぁ……」


 世間話?


「だけどね、伝統なのか他国に門戸は開いてないの。この国の貴族の女の子しか入団資格が無い、その上で武術訓練した者は入団資格が剥奪よ。かなり狭い門だから結構憧れの職業なのよね」


 ん、自然な自慢?


「でも、体力自慢の子は貴族院で武術訓練を受けるでしょ。だから文官志望のか弱い女の子ばかりが集まるの。だから、熱意だけのお嬢様ばかりで軍属扱いなんて初めてだから、初日に泣き出して除隊する子が多かったのよ」


 そうか……これは愚痴だ。


「そうなんですね。皆さん選ばれた精鋭って感じですよ」

「途中で辞めちゃうからね。残れば自動的に、ね。無事入隊したらリアもエリートの一員よ。それにしても……」


 少し悲しそうなファーリン。


「どうしたんですか?」


 ここでニヤッとする。


「リアに『そこはバッドよ。弛んでるっ!』とか言うチャンスがなくて寂しいのよ」


 これはお褒めに預かってると思っていいよね。それならご期待に沿うようにしよう!

 さっと立ち上がり姿勢を整える。そのまま軍隊風に……というか部活で先輩に叩き込まれた姿勢で大声を張り上げる。


「はい! ありがとうございます!」

 

 少し気圧されていたファーリンだけど、すっと立ち上がり目の前で姿勢を整える。

 あっ、ファーリン、自分で色々言うだけなことはありそう。体幹がしっかりしてる。このまま剣道で試合をしたら、イメージでは二勝三敗というところだろう。


「では、行進から訓練を始めます」

「はいっ!」

「よろしい、ところで…………リアの着ている服って変わってない? ちょっと見せてよー」


 急にギャルっぽく興味津々にそっと袖の辺りを摘む。生地の柔らかさに驚きを隠せないようだ。


「……それにカワイイ」


 ファーリンがじっと物欲しそうに見つめてる。待ってました。ここで宣伝しちゃうわよ。


「そう! わたしが生地の選定からデザインまで頑張って『貴族院標準訓練服』にも選ばれたです!」

「へえー……あっ、ちょっと見せて」

「どうぞ、どうぞ。もっと触って下さい!」

「あらっ、柔らかくて着心地良さそうね……」


 ポーズを決める。それに構わず引っ張ったり撫でたり興味津々。


「予備ありますよ! センパイ一着どうですか?」

「ファーリンよっ! でも……ちょっと着てみたいかな」

「はい! じゃあわたしの部屋に来て下さい! 一緒に着て身体を動かしましょう!」


 はい、『体操服』の信者を増やすわよ!


◇◇


 ほら、半袖体操服と膝丈ジャージの二人組の出来上がり。しかしファーリンめ、思ったより着痩せしてるのね。あと三年でそこまでいけるのか?

 別のことを考えてジト目で睨んでいるがファーリンは体操服に夢中。


「これ、イイわねー! 柔らかいから動いても擦れて痛くならない。何より可愛いわ!」

「でしょ! 女性の柔らかな身体の線を隠し過ぎず、かと言って露出も低く安心のデザイン」

「リア、ありがとう! これ、ベストバイよ。買うわ!」

「毎度あり! では採寸もしっかりやってピッタリのを作りましょう。デザインは何パターンかから選べますよ」


 ファーリンとしゃがみ込んでおしゃべり中。練習してる場合じゃないわ。同世代の子とおしゃべりは大事よね! 

 そうだ、閃光騎士団にもチアのチームを作ろうかしら?


「ファーリン、チアっていう……うげっ!」


 突然、頭上から衝撃が走り、カエルのように地面に倒れ込んでしまう。


「あっ、ラリー副隊長……」


 倒れたまま様子を見ると見慣れぬブーツが視界に入った。

 こ、これはラリーのだわ。ファーリンも怯えてるし。


「ある程度は楽しく訓練するのは重畳だが、不真面目にするのは間違っている」

「は、はいっ! すみません!」


 もぞもぞ起きて両手で頭を抑える。不満だ。


「いててっ、何でわたしだけ殴られるんですか!」

「いや、何かお前は叱られるのに慣れてそうだからな……」


 ファーリンも頷いてる。自分は叩かれなさそうだからって!


「ファーリン、連帯責任だから――」

「――取り敢えず訓練場の敷地の周り十周、行けっ!」


 外周ね。このパターンは口答えしたら更にゲンコツ追加よ。逃げるが勝ち!


「外周十周だって! 行こうファーリン!」

「えっ、あらーっ」


 ファーリンを引っ張って走り出す。

 見送るラリーの元にカタリナが合流するのを横目で見ながら体操服姿を互いに確認。クルクル回ったりバレエのように踊りながら足を上げたり飛び跳ねる。やはり快適さも可愛さも騎士団標準の練習服より圧勝だ。

 すると、カタリナ隊長から大声が飛んできた。


「真剣に走れーっ! もう五周追加!」

「鬼ーっ!」

「リアだけもう五周追加ー!」

「やめてーっ!」


 初日はファーリンが二十周、わたしは三十周走って一日が終わったわ。

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