第三章 紅茶とアップルパイは紅く染まらない
当分会えそうに無いのに
第二十九話 当分会えそうにないのに①
◇◇◇ 帝国歴 二百九十三年 三月末
州都グロワール内の商店街
三年間を貴族院で過ごし、卒業と共に少しだけ大人になったわたしは、久しぶりに故郷ナイアルスの土を踏んでいる。
街並み、人、水、風、土、やっぱり落ち着くわ〜。
さぁ、まずは久々の甘い揚げ芋でも満喫しましょう。
意気揚々と商店の並ぶ通りを進む。
「あらあら、良い人できたんだって?」
「聞いたよ。早く一緒に買い物に来なさいよ」
「隅に置けないなぁ。でも、俺の目が黒いうちは嫁には出さないぞ!」
何故か皆がラルスとの交際を知っている。
おかしいでしょ!
街のパン屋さんから護衛騎士まで、会った人全員が知ってるって、何なの? この世界にも写真週刊誌ってあるの?
いえいえ、あったとしても一般の未成年は写しちゃダメでしょ! そりゃさぁ……ある程度はバレてるんじゃないかって覚悟はしてたけど、ここまでとは……。わたし、皆さんにまだまだ挨拶しなきゃいけないのよ!
一通り帰還の挨拶回りを済ませた頃には愛想笑いのしすぎで疲れ果てていた。帝国の街中では、別に騒がれてはいなかったけど……何この状況?
◆◆◆ 少しだけ時を戻して
帝国歴 二百九十二年 十一月
首都ナイアリス 情報部作戦室
ナイアルス公国の首都ナイアリスにある王宮、通称バードパレスでは小さな騒ぎが起きていた。
「ま、まさか……うちのクリスに恋人ができただとっ! まだ十三歳だぞ!」
リアのことをミドルネームのクリスと呼ぶのは家族だけ。男やもめに一人娘なので父親のニイロ・パーティスだけがそう呼んでいる。
「ま、まだ不確かな情報ですが……その可能性が高いとのことです」
「相手は誰だ……行方不明にでもしてやる……」
「相手の情報来ました! 確度七割です。げっ!『マーカスライト公爵の嫡男ラルス様』とのこと……」
ニイロの肩が震え始める。
「帝国情報部に確認! 至急だ、秘密回線を使うことを許可する!」
「り、了解」
情報部の作戦室を往復する。何も喋らない。ピリピリする雰囲気が伝わる。
「追認きましたー。『私的な契約の締結を確認。本情報を否定しない』とのこと」
膝から崩れ落ちるニイロ。
「ダメだ。クリス……妻に続いてお前までも私の元を去っていくのか」
そろそろこの空気に飽きてきた情報部の皆さん。
「て、帝国連邦の御曹司との婚約なんて良い話……」
「婚約などしていないっ!」
「そうだ! どうにか婚約まで持っていかねばならん。超有力血族との交際……完璧に進めるぞ!」
大声で叫ぶニイロを遮ったのは、この情報を聞きつけた外交政策担当の責任者バレリーだった。
「あぁ、クリス……父を一人にしないでくれー」
項垂れるニイロは両側から抱えられて部屋から出された。
「では、至急の外交会議を開催する。メンバーを第一会議室に招集してくれ」
直ちに外交政策担当主催で会議が開催されてタスクフォースが編成された。各種の専門家により日夜会議は開かれ、『帝国本国の有力者と血縁になることのリスクとメリット』が議論されると二週間ほどで『情勢を有利に運ぶ為、周辺へ適時必要な情報開示しつつ適切な状況を積極的に作るべき』と結論付けられた。
準備期間を二ヶ月と設定し、作戦開始は二百九十三年の二月とされた。
◆◆
新年祭も無事に終わり、家族三人水入らずの夕食中。息子のクレメンスがフォークを置いて不安そうに顔を上げた。
「もしかして……これって、『二人の幸せっぷりをどんどん国民に伝えて、盛り上がるデートコースやイベントを国全体で考えてあげよう』ってこと?」
バレリー特別専任調整官は自宅の晩酌で酔っ払い、この特別作戦を妻と息子に情報漏洩してしまっていた。
そこは要職を務める者の家族。口外厳禁なことをまた口走って……と呆れていたが息子はふと素朴な疑問を父にぶつけた。
「ん? あぁ……流石は我が息子。要点をついているな! いい思考方法だぞ」
大仕事が軌道に乗り始めたので気分良く酔っぱらって息子を褒めている。それに合わせて妻も感心して話し始めた。
「そういうことなのね。城の西側の商店街の皆さん、大きな垂れ幕を作ってたの。北の商工会では『うちは大きな薬玉で祝う』って息巻いてたから何を争ってるか不思議だったのよね」
「おおっ、それは皆励んでいるな。それは重畳なことだ。早速資金補助の申請を……」
うんうんと頷くバレリーの褒め言葉を遮るように続けるクレメンス。
「大丈夫なの?」
「ん? 何がだね、我が息子よ」
「例えば俺に留学先で恋人ができたとして、久々に帰ってきたら商店街に『彼女ができてオメデトウ!』って垂れ幕がかかってるんだろ?」
「そうだが? 何か問題でも――」
「――絶対に黒幕を見つけ出してコロス」
すん、と酔いが覚めるバレリー。
「でもって国を出て、当分帰ってこない」
少し考えてからぼそっと聞く。
「本当か、息子よ……」
「マジだよ。国を挙げての嫌がらせだ。耐えられるわけがない」
「あらあら。あなた、若い人の意見よ。どうするの?」
ここで家族の意見を無視して突き進まないのが、優秀な人材ということなのだろう。バレリーは次の日の定例会議の議題に入れた。
少しの調査でこの作戦の現状が判明した。
・二人が来たら薬玉を割る
・商店街のアーケードに垂れ幕
・二人の名前の付いた公園の開設
・公共の橋に二人の名前をつける
・二人の恋の歌を作って街に流す
思春期が一番嫌がる迷惑千万な気遣いが目白押しだ。流石に不穏な空気を感じとり、他の会議参加者も其々の子息達に相談してみた。
――集計結果
四人 黒幕をコロス
三人
一人 取り敢えず別れる
一人 自殺する
作戦は即時中止が決定した。
とはいえ時既に遅し。人の口に戸は立てられぬ、という事で、噂は広がりに広がった後だった。
◇◇◇ 帝国歴 二百九十三年 三月末
王宮内のリアの自室
懐かしいベッドの上でプンスカ中のリア。
はーい。今日のリアちゃん冷やかしワースト5!
五位 おめでとう(無言でニヤニヤ)
四位 彼氏出来たんだって?
三位 早く顔見せに連れてらっしゃい
二位 よっ、未来の帝国妃!
一位 子供は何人の予定?
ダメでしょー! 思春期の微妙なお年頃のカップルに『妃』とか『子供』とか一番ダメでしょ! まだわたし十三歳よ。ラルスは十五歳。中一と高一のカプは繊細よ。
「全く……わたしだって当分会えそうに無いのに……」
ぼそっと呟く。
そう。
今日カーリンから聞いた恐ろしい事実。
「パーティス家の代々の筆頭騎士候補は、貴族院卒業の年の五月、公式行事『春の観覧式』にて入団に問題ない事を国民に示す必要がある、なんて聞いてないよー!」
毛布を頭から被る。
「でもって落第すると、
イジメよ、ハラスメントよ、ブラック部活よ! カーリンに猛烈抗議。
『本来なら十三歳で入学し卒業で十五歳、成人です。貴族院を卒業する事は大人と扱われる事と同意なんですよ』と返される。
騎士団の皆にも軽く聞いてみたけど、『落第なんてしたら恥ずかしくって三年くらいは身を隠したいよね』ですって……怖いっ!
あーもーう、あれやこれや考えている暇もないじゃない。覚悟を決めるわ、リア! 詰め込むわよー。
その日は気合を入れて眠ることにした。
おやすみなさいっ!
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