お受けします
第二十七話 お受けします①
◇◇◇ 帝国歴 二百九十一年 体育大会の翌月
武術訓練の時間なので周りには誰もいない、静かな晩秋のひと時。わたしも執政官になってから半年以上経ったのね。ふふふ、感慨深いわ。
机の上の書類の束をちらっと見る。いつものテラス席の机には始末書と企画書の束が置いてあった。始末書には弁明の一言を、企画書にはぎっしりと新年祭の企画が書き込まれている。
少しむくれる顔で鼻と口の間にペンを挟む。
「反省すべきとしたら、最後の騎馬戦に魔導の使用許可を出したことよね……」
独り言を呟いてみるが、すぐに顔が緩んでしまう。
あーホント、体育大会は楽しかった!
まぁ、思い出すと最後だけは照れるのよね……。あまりに嬉しすぎてラルスに思いっきり抱きついちゃったから。
と、言うところで、最近思うことがありまして……。
ふと気づくと、わたし少し前に二十歳を超えていました。いえ、精神年齢というか、前世からの合算だと……ということなんですが。
でもリアちゃんの記憶というか……十歳児の精神に引っ張られるんです。ケーキを見るとお腹が急に空いちゃうし、地図や年表を見ると眠たくなっちゃうし、あと……えーっと……そのー……えっとね。
最近、ラルス見るとバックに色鮮やかな花々が見えるの。こっちに歩いてくる姿を見かけると、急にスローモーションになってキラキラしてくるの。
リアちゃんたら惚れっぽいのねって思ってたんだけど……昨日、思い出したわ。
六歳の時にラルスに会ったことがあるの。
『クリスティーナ、あなたの王子様かもね』
お母様から揶揄われたのよね。
もしかすると、初恋の相手だったのかな……。
と、そこにラルスが一人現れた。
わーお、びっくりした。
ペンがテーブルに落ちて少しあたふたするが冷静なフリ。
「ラルス……えーっと、一緒にお茶する?」
「……いや、今はいいや……」
手をふりふりお茶に誘ってみるが、視線を外され断られる。少し寂しい。
「つれないなぁ……ふふふ、ラルスはサボり?」
「いや、少し話……というか相談……というか……いや、違うな……」
んー? 珍しい……読んでたロマンス小説より、こちらの方が面白そうよ! よしっ、リアちゃんお悩み相談室に任せなさいっ!
ラルスは近づいてきたと思ったら、座るリアの前に突っ立ったまま横を見ている。
本を伏せたまま顔をじっと見るが、落ち着きがない。
「なーに? 何でも話してみなさいな」
「……えーと……その……」
あれっ? いつもはぶっきらぼうだけど、物言いがハッキリしているのに……珍しい。
少し楽しくなってきた。
「どうしたのー? 好きな人でもできたのー?」
ニヤニヤしながら軽口を叩く……と様子がおかしくなってきた。
……ん、どうした?
何故固まる?
何故顔が赤くなる?
もしかして……もしかして……もしかするのか?
「そ、そうだよ……す、す、す、すき、す……好きな人! がいるんだ……」
きゃーっ! 本物の恋愛トークよ!
「あらーっ、誰なの? 教えなさいよ、告白のお手伝いくらいするわよ」
「……」
ラルスは無言で横を向いたままモジモジしている。
あらあら、恥ずかしいのかな。ふふふ、よっぽどその子のことが好きなのね……。
って、あれ、わたし、なんかテンション爆下がりじゃない?
「誰なのよっ! ほらほらっ、白状しなさいよ……」
「えーっと……」
ラルスの顔に浮かぶ幸せそうな微笑みが一瞬見えた。
あら……よっぽど、その子のこと……好きなんだ
その瞬間、ラルスの姿が歪んでいく。えっ、わたし泣いてるの? あれっ? えーっ。ヤバいヤバい……勘違いされちゃう……というか……えっ? あれっ? 何で? 自分の感情が制御できない。
ぽろぽろと涙が小説に落ちて表紙を濡らしていく。
わー、バレちゃう……バレちゃ……ダメなの?
あたふたしながら誤魔化す手段を考えるが何も思いつかない。涙を拭くそぶりは見せたく無いので、涙を流しながら手をワキワキさせるだけだ。
その時、空気を読めない男ラルスは横を向いたまま叫び出した。
「り、り、リア! お、お、おま、お前がしゅ、しゅき!」
「ん? なんて……」
「お前が好きだ! 明日の朝、始業前に校舎裏の大木の前で待っている。返事を聞かせてくれーっ!」
最後までわたしの顔を見ずに、真っ赤な顔のラルスは「くれーっ」の辺りから走り出していた。
泣いているのが見られなかったので、ひとまず安心。ラルスが戻ってきそうに無いことを確認してホッと息を吐き袖で涙を拭く。
んー、なんか凄く大事なことを言われた気がするけど……ちょっと混乱しちゃって頭回らない。
落ち着く為に冷めた紅茶を一口飲む。
しかし……噛んでたよね、一番大事な所で?
さっきのラルスを思い出すと、急に幸せな気分が押し寄せてくる。一人で笑いながら思い返す。
「ふふふ、ラルス……『しゅき』って……あははは、そこで噛んじゃダメよ、あははっ。『しゅき』って『すき』よね。噛むー、そこ、噛んじゃう? そこはダメよねー、告白……噛んじゃ……えっ?」
告白? ラルスが……わたしに……告白!
みるみる頬が赤く染まっていく。
わたし……に……? ひゃー! や、ヤバい! どうする⁉︎
その瞬間、転送ゲートが近くにあるみたいな感覚が、悪寒が走る。辺りを見回すと、柱の影からシャーリーが半身を出して、じーっとこちらを見ている。
「抜け駆け、ずーるーいー……」
「シ、シ、シャ……シャーリー! な、何でもないの……違う! 大ありよっ! シャーリー! 助けてっ! どうしたら、どうしたら良いの!」
「えっ、それは知らない……」
◇◇
はい。そこからは相談タイム。
わたし、前世でもお付き合いした経験無いのよ。知識だけは豊富なパイセンのシャーリーを頼るわ!
「男を落とすには、まず食事ね。後はボディタッチを多めにしてチャンスがあれば……」
「違うっ! もう落としちゃったの。その後どーすれば良いのよ?」
「えっ? お酒飲んで、ネグリジェ一枚で一緒のベッドに……」
「早過ぎよ!『兵を神速でぶっ飛ばす』って
「いや、全然分かんない……」
小声であれやこれや語り合っていると、ふとシャーリーが呟く。
「まぁ、何度目の人生か知らないけど、この瞬間は一度きりなんだからね。リア、今のあなたの好きにしたら?」
「今のわたし……そうね……前世でも告白なんてされたことないわ……こういうの初めてなの」
このふわふわ浮き足立つ感覚。思い出すのも恥ずかしい気持。確かに今のわたしだけのものだ。
「……って!」
転生前提じゃない、今の会話!
バレた! と思いシャーリーの顔を見ていると、最大級のニンマリ顔に変わった。
「やっと当たった。リア、あなたは異世界からの転生者ね」
「……そうよ」
観念して認める。
「んふふっ、二人はお似合いだと思うわ。オススメよ。落ち着いたら話を聞かせて」
あまり深く考えすぎない事ね、と去り際に言われた。
むー、四人分の人生経験は流石に強い。恋愛初心者では太刀打ちできない。
取り敢えず、にやけ顔のまま次の授業へ向かった。
◇◇
その日の夜、自室のベッドの上で正座して精神統一。時折悶えながらラルスへの返答を考える。
えーっと……十七歳に四年足すと……そうか、いつの間にか二十一歳か。つまり女子大生が中三に手を出すって事なのかな。ただ、この世界は十五歳で成人するのが普通。だからなのか大人っぽいのよね。正直、記憶の中の男子高校生より格段に大人っぽい。
だから……まぁ……最近のラルスはわたしもちょっと良いな、とは思ってた。
ラルスを想像してみる。振り向くラルスはスローモーションでキラキラのイメージ。
リアは一人でキャッキャしながら身体を揺らしている。
えーっ、御曹司からの告白よー! 結構顔立ちは丁寧な作りだし、細マッチョだし、うふふ、いやーん、どうしよう。
と言うところで、シャーリーの言葉『あまり深く考えすぎないで』をふと思い出す。
そうか……こんなに浮かれてるのは……告白されたからじゃないんだ。わたし……ラルスが好きだったんだ。
無言で頭から毛布に包まり冷静に考えてみる。
ふぅー。そうよね、正直、ラルスの気持ちには何となく気付いてた。だから揶揄うのはドキドキして楽しかった。身を焦がす様な色恋沙汰への憧れに負けた、そう自分を納得させてみようかな……って、あれ?
明日はラルスに何て答えればいいの?
ずぼっと毛布から頭を出して焦り始める。
「きゃー! シャーリーに電話よ……って、電話なんてなーい!」
結局、朝方まで毛布に包まりながらゴロゴロと左右移動を繰り返しながら一人で考えることになった。
◇◇
ね、眠い……そりゃそうか。空が白み始めてたもんね。ふふふ、まだふわふわしてる。まるで夢の続きを見ているように目に浮かぶものがキラキラして見えるわ。
さぁ、そろそろ起きましょう。
のそっとベッドから起き上がって顔を洗う為に洗面台へふわふわ歩く。ふと鏡を見るリア。すん、と現実に戻る。
「何これ! むくんでるし、目にクマもできてる……とんでもない寝癖が! いやー!」
状況を確認するっ!
――眠たさ
どうにかなる!
――むくみ
アウト!
――目のクマ
アウト!
――寝癖
アウト! スリーアウトチェンジ!
崩れ落ちて膝をつく。
まだだ、まだ時間はあるっ! 着替え五分を差し引いても残り三十分あるっ! いや、三十分しかなーい。わたし、大事な時はもっと早く起きろよー!
ダメよ、時間を無駄にするな、リア、諦めるな!
今こそ役に立てる時よ!『
テンションは最高潮で、部屋に一人大騒ぎ。心の声がダダ漏れになってきたー!
「目のクマから! ここで『知恵袋』発動! 電子レンジで蒸しタオルを作るのよ、って無いわよ!」
あっ、魔導で蒸しタオルを作ろっと。
わたし器用だから両掌から炎と水を出せるのよ。ほら、沸騰したわ。異なる要素二種類を同時に操るのはすっごい難しいのよ!
「あははは、正しく才能の無駄遣い!」
作った熱水へタオルを浸して蒸しタオル完成。
よし。目元パックよ。
「次っ! むくみを倒す! 首と顔のマッサージよ! 五分で終わらす! いや、三分で終わらせるっ!」
もみもみ……もみもみ……ダメだ、て、手ごわい。
それならっ! 蒸しタオルと冷水よ!
時間節約の為、右手で熱水、左手で冷水を作成。自分で言うのも何だけど集中力が凄いわ。
「さ、最後! 寝ぐせ! ヤバいー。時間無い、もうみんな起き始めてるー。 えーい、寝ぐせと言えば、ドライヤー! だから無いって!」
混乱して蒸しタオルを壁にぶん投げる。
「きゃー! こうなればヘアアイロン! くっ、魔導でアイロンを熱くして髪にあてる? リスクが大きすぎる……」
ぺたんと座りアイロンを眺めながら少し考える。
「や、やるしかないのか……まって、他の作戦……一旦霧吹きで髪を濡らして、ドライヤー……だから無いって……ん? そうか! 魔導で熱風を作ればいけるか? やるしかない! リア、慎重に、慎重に制御よっ! 間違えればアフロヘアーよっ!」
わたしの炎の魔導は全てを焼き尽くす。
わたしの風の魔導はハリケーン並み!
コレを混ぜて髪の毛を乾かすのよ。うふふ、正に火炎放射器で洗濯物を乾かすみたいな狂気の沙汰。
でも、今のわたしには命より寝癖を直す方が大事なのよ!
霧吹きを置いたら櫛を片手に精神を研ぎ澄まして掌を髪に向ける。
「しょ、勝負っ!」
◇◇
「ふー、アフロヘアーになってたら、お母様の後を追ってたわね……」
始業十五分前になんとか校舎裏近くに到着。角から手鏡を使ってラルスが居るかを確認。
わーお、居るじゃん。何かすごい豪華な花束持ってる。では、待たせても悪いし……。
足を進めた瞬間、ラルスが気配を察知してこちらに振り向いた。その瞬間から二人の世界がスローモーションになる。
ぐっ……き、緊張する。県大会二回戦を思い出す。いや、それ以上か! ラルスの背後に強力なオーラが見える……いや、色鮮やかな花が見えるわ! うはぁ、負けそう。ダメよ! いいから足を前に出せっ!
真っ直ぐに前を見て歩みを進める。真剣な表情でラルスを意識してしまって思わず俯いてしまう。そのまま歩みを進めると、遂にラルスの足元が視界に入った。
ヤバい、恥ずかしくて顔を上げられない。
でも顔を上げなきゃダメ。リア、負けるな。あなたは出来る子よ!
自分で自分を励ますと俯く顔を上げラルスをじっと見つめる。すると、二度の人生で未だ見たことがないほどの優しい微笑みを浮かべるラルス。
リアに致命的な一撃!
一瞬意識が遠のく、が何とか持ち直す。
「いつものように笑っていて欲しい。お前の、少し跳ねた明るい髪、そんな軽やかさに惚れたのだから……いや、違うか」
ビクッと硬直。髪の毛、まだ跳ねてるの! 手櫛で直したい衝動に駆られるが、何とか我慢する。
「リア、いつも真剣なお前が好きだ」
二人には永遠に感じる数秒の沈黙。
「はい。お受けします」
わたしの答えはそれだけ。
はい。あなたの気持ちを受け止めます。
ラルスは歓喜の雄叫びを上げる寸前で動きを止め、若干浮ついた声色で「ありがとう」とだけ答える。
おぉ、流石は帝国の皇位継承権持ち、クールだ。
頬を赤く染めたまま感心する。
両手で大きな花束を受け取ってから「綺麗……」と自然にお姫様っぽく呟いてしまう。
うふふ、こんなの聞かれたら悶絶ものよね。
その瞬間、木立の影や植木の中からわらわらと同級生達が出て来て祝福を始める。
辺りを見回すと、少し遠くの柱から半分姿を出したシャーリーがニヤニヤしながら手を振っていた。
囃し立てる皆の中で真っ赤になり俯いてプルプル震えるわたし。こ……ここに居る全員、コロスしかない!
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