第二十六話 魔導競技体育大会⑨

 シャーリーのアナウンスに割り込んだのは黄チームのサーガ先輩! 黄色の陣地の前から大声で叫んでいる。


「はぁはぁ……私もお忘れなーく……はぁはぁ……先ほど復活しましたわー!」

「あっ……魔力切れで気絶してたから、放っといちゃってた。魔力が無くなると、あの子……ねぇ」

「急にポンコツになるし……」


 ラルスもスリーA先輩達も絶対に『魔力の無いサーガかぁ』って思ってるわ。その微妙な雰囲気を感じたのか、黄チームの騎馬の三人が叫び出した。


「サーガ様、ご心配なく! このサーガ親衛隊がサーガ様に勝利をお届けいたします!」

「そうよ! 勝利を我らがサーガ様にーっ!」

「サーガ様、ご安心下さい! それでは、突撃ー!」

「あっ、ちょっと、待って……」


 そういえば、黄チームの騎馬のメンバーは体力自慢で有名な子達ばっかりよね。サーガ先輩をフラフラさせながらすっごいスピードで走ってきたわよ。


「お待たせしました!」

「あ……あなた達……ありがと……」

『――おーっと、完全に終わったと思われていた黄チームが復活だー!』


 三チームの騎馬が睨み合う。

 わーお、最後の戦いね。武者震いが止まらないわ!

 サーガ先輩は別の震えかな? ふふふ。


「ラルス! こうなれば、青は元より黄も蹴散らそうっ!」


 わたしの精神こころは燃え上がっているわ。

 腕を振り回して他の騎馬を威圧する。

 オラオラー! リアちゃんの本気、心してかかってくるが良い!


『――リアは完全にお兄ちゃんの上で調子に乗ってはしゃぐ妹にしか見えません。しかしリアが上で暴れても、ラルスはピクリとも動かない。やはり体幹が凄い!』

「こらーっ! 失礼だぞー」


 三回コロスと『心のノート』にメモしていると、それぞれの騎馬から最後の作戦タイムの会話が聞こえてくる。


「戦況は圧倒的に有利です! センパイ! 黄チームは元より赤チームも弾き飛ばしてやりましょう!」

「ミレーネちゃん! 貴女の騎馬役やるの楽しかったわ」

「そうそう、指示が的確で戦略がハマると快感だったわ」

「さぁ、最後も勝ちで終わらせて、四人でケーキでも食べに行きましょう。ミレーネちゃん、一番高いの奢るわよー!」


 勝利を確信している青チームは余裕の表情ね。


「サーガ様、ご安心を!」

「必ず勝利を!」

「サーガ様、武者震いですか? では突撃あるのみですっ!」

「あっ、ちょっと、あまり動かないで……気持ち悪くなってきたの……」


 黄色の騎馬の皆さんのヤル気が凄い。

 それにサーガ先輩、魔力無くなるとポンコツになるの可愛い。顔が真っ青よ。乗り物酔いみたいね。


『――さーさー、この長かった騎馬戦も最後の戦いが、今始まりますっ! 最後に生き残るのは、さぁ、誰だ!』


 シャーリーのアナウンスを合図に、全員の視線がぶつかった。スリーA先輩とサーガ親衛隊がわたし達に突っ込んできた!

 でも流石ラルス! 一対二でも引けを取らないわ。

 よし、ここからは騎手の出番!


「えーいっ! ミレーネ覚悟! ハチマキよこせー!」

「リアーっ、文系は体育大会では……じっとしてなさーい!」

「あーっ、執政官の前で差別発言! 制裁を今ここでー!」

「下級生二人、うるさいっ! このサーガ様の前にひれ伏すがいい……うぷっ、気持ち悪い……」


 騎手のハチマキは長い。腰まで足らす長さだから動くとフワフワ掴んでくれと言わんばかり。

 おっと、ミレーネの腕がわたしのハチマキを狙ってきた! ここは竹刀で払うように防御、成功! よーし、反撃開始! わっ、逆のハチマキなサーガ先輩が、わー、腕細い、長い、スタイル良い〜。


「このっ、このっ、ミレーネ、先輩、負けないぞー」

「ほら……文系……大人しく……えーい、防御上手いな!」

「ほほほ、少し魔力が戻ってきたわよ! 二人とも、ハチマキ燃やしてバラバラにしてやろうかー!」

『――魔導の対人攻撃は禁止ですから、サーガ、気を付けて!』

「あっ、そうか。ありがとー、シャーリー」


 手を振るサーガ。そこに二人で襲い掛かるが手が火傷しそうに熱くなり引っ込める。


「魔導の攻撃いけないんだぞ! 焼肉になっちゃう」

「そうですよ、サーガ先輩! ここは肉体勝負です!」

「下級生うるさい! 防御に使ってダメとはルールに無いわ!」


 動きを止めたミレーネ、わたしに振り向き不満そう。


「リア、どうなの?」


 えーっ? どうだったかな。


「えーっと、『魔導の使用は対人攻撃で無ければ認める』だから……合ってる……」

「もー、リアったら難しいルール作って!」

「そんなこと言ったって、ここまで想定してないわよ!」


 こうなればラルスに助太刀依頼よ。って、ミレーネも同じか。


「アリス先輩、なんか言ってやってください!」

「ラルス、なんか雷帝の親族でしょ。バシッと言ってやって」


 ここで初めてラルスの状況を確認。

 何やってんのよー! 


「ラルスくーん、お姉様が遊んであげるからぁ。ほーらっ、そんなに緊張しないで」

「あらっ、流石はラルス君。筋肉凄いのね。うふふ、どう? センパイの爛れた身体よりフレッシュな同級生の身体の方が良いわよねー? ダンスする時みたいにもっとくっついて!」

「あら、積極的〜! でも年上の身体も柔らかいでしょ? うふふー」


 ミレーネと目が合った。どうもエッチなのに耐性が無いようで、顔を赤くして目が泳いでいる。何よ、わたし達で勝負が決まるからって、そんなエッチなことして遊んでるの?


『――おーっと、ラルスは二人の積極的な攻撃にギブアップ寸前か? いや、耐えております。修道士のように煩悩に耐えております。苦悶の表情を浮かべて耐えております! 青チーム男子からは大歓声……ん、羨ましい? 取り敢えず大歓声が沸いております!』


 シャーリーがなんか喋ってるけど、もう知らない!

 ラルス、わたしのこと無視して固まってる。いえ、固まってる!

 もう、全力でプンスカよ!


「らーるーすー! 何よっ! 真面目に騎馬役やりなさいよっ!」


 取り敢えず後頭部をポカポカ叩き始める。なんか首筋とか赤いし熱いし、もーっ! エッチー!


「リアちゃん覚悟!」

「貰ったーっ!」


 あっ、しまった!


『――あー、リアはハチマキの左右を両方から同時に掴まれちた! 絶体絶命だー』

「あっ、ヤバい!」


 ミレーネに手刀を決めて手を外させることに成功。でもサーガ先輩の手を外せない。えー? 力弱ーいって笑ってたけど、わたし、サーガ先輩より握力無いの?

 うぅ……実年齢差は覆せないよー!


「このっ、このっ、うっ、力負けする……」


 あぁ、ハチマキが引き抜かれていく。大ピンチ!


「あーっ、負け……負けちゃう! ら、ラルス、助けて……」


 ミレーネの攻撃を防ぎながらじゃ集中できない。

 あぁ、下はまだ楽しそうに硬直浮気してる!

 もう、どうしたら良いか分かんない。涙が溢れて前が見えなくなってきた……。


「リアちゃん、勝負に情けは無用! 覚悟してね!」


 サーガの腕に力が入ったことが分かる。もう耐えられそうにない!


「うわーん! 負けちゃうー! もーやだー!」


 こうなったら、一蓮托生、玉砕よ、カミカゼアタックよ! サーガ先輩も道連れよー!


『――おーっと、ラルスからサーガに乗り換えた!』

「えっ、ちょっとリアちゃん、魔導に顔から突っ込んじゃダメよ! あら、私、ポンコツに逆戻り……いやーん」

『――サーガ偉い。リアがアフロヘアーにならないように魔導を止めた。しかし魔導制御を止めたから二人でフラフラしてるぞ! あっ、サーガはミレーネに抱きついたー!』

「えっ、サーガ先輩、それはちょっと耐えられない……」


 目を瞑って必死にサーガに抱きついていると、ドタバタとサーガも抵抗するのを感じた。

 しかし、一瞬死にそうに熱かったのはヤバかった。

 今はヨタヨタと移動するのを感じる。あら、どうなったのかしら? 

 そっと目を開けると、あれ? ミレーネもサーガ先輩にくっついているの?

 騎馬の皆さんも困惑中だ。


「あらっ、なにっ? どうしちゃったの?」

「ちょっと、流石に……」

「倒れるちゃうわよー!」


 えっ、何処行くの?

 こうなったらサーガ先輩から絶対に離れないわよ! って、あれあれ、倒れそう……よ?


『――あーっ、リアの乗っかった黄チームと青チームの騎馬がヨタヨタとラルスから離れ……そして、遂に限界を迎えて地面に倒れ込んだぞー!』


 グゲっ! うーん……。


『――おーっと、ラルス以外の騎馬がバランスを崩したぞーっ! おやっ? ラルスは倒れなかったけど、リアが上にいないので赤チーム失格! 青チーム、黄チームの騎馬も崩壊したので失格! 乱戦は全滅で幕を閉じたぞー! あれ? と、いうことはー?』


 目が痛い! 砂入っちゃった。


「んー、いたたたっ、うげっ、砂が口の中にも……うぅぅ、負けたー!」


 涙が出てくる。目が痛いのもあるけど……負けたのが悔しいのもあるけど……最後の激闘でラルスがを押し付けられてデレデレしてたのが一番泣けてくる!


『――と、いうことはー!』


 シャーリーのアナウンスが聞こえてきた。悔しい!

 遠くだから泣いてるの見えないよね。


『――赤チームのトビアス選手に注目! 健在です! つまり赤チーム一体を除いて全ての騎馬が壊滅! ということは、騎馬戦は赤チームの勝利!』


 うーむ、目を擦ると痛くなりそう。

 砂は涙で洗えば良いか……詩的な表現ね。カッコいいわ。

 でも、悔しい。あー、勝てなかった。


 やっと目が見えるようになってきた。涙で見える景色は歪んでいるが、ラルスはポツンと少し離れた場所で一人突っ立っているのが見えた。

 あら、先輩達はまだ倒れたままよ。


『――最後の激闘を制したのは赤チーム……ということは……総合優勝は……赤チーム、赤チームが華麗に逆転勝利を決めましたー!』


 シャーリーめ、三回コロスの忘れてないわよ。

 本部を睨みつけるとシャーリーがこちらを向いて笑っていた。周りを見渡すと、全員がこちらの方を見ていた。

 あれっ? 赤チームの皆さんも、こちらを見て興奮している。


『――リアーっ! 赤チームの優勝よーっ!』


 辺りを見回すと皆が興奮して喜んでいる。

 皆がリアとラルスを祝福している。

 皆がリアとラルスを讃えている。


「えっ? 優勝? 優勝……ゆ、優勝! ゆうしょーっ! いやったーっ!」


 ラルスの方にパッと振り返る。相変わらずラルスは直立不動で一人固まっていた。でも、嬉しさが止まらない。興奮を抑えられない。幸せが溢れ出した。


「ラルスーっ!」


 ラルスに向かって全速力。


「恐れず敵を見よ、恐れず敵を見よ……あれ?」


 ラルスは祈りを呟いていたけど、わたしの声に反応してくれた。自分の顔が満面の笑みなのが分かるよ。それ、この嬉しさをラルスにもお裾分けだー!

 そのままラルスに飛び込む。ラルスの首に腕を巻きつけて抱きついた。


「ラルス! わたし達、勝ったよーっ!」


 幸せな気分のまま抱きついたが、ラルスの体幹も限界が来たのか、ゆっくりと後ろ向きに倒れていった。

 うわっ、ビックリした。ラルスが倒れるなんて……って、わたしラルスの上で正座してるー!


「ラルスっ! 大丈夫?」


 慌てて顔を覗き込むと、幸せそうな顔をして眠りに落ちていた。怪我は無さそうね、とホッとする。ここでラルスの珍しく少しだらしない顔をまじまじと見る。


「ふふふ……」


 幸せそうな顔。まぁ、今だけ寝かしといてあげるか。

 ふと、思う。ラルスの知らない顔。わたしだけが見られる顔……が増えると嬉しいな。

 少しだけ頬が熱くなるのを感じる。

 その時、突然にラルスのニヤニヤのデレ顔を思い出してしまう。急にムカついてきて、ラルスの鳩尾にパンチを一発叩き込んだ。


 チームメイト達は二人のところに笑いながら走って向かってくる。取り敢えず睨みつけて牽制。チームメイト達の足を止めることに成功。


「制裁よー!」


 続け様に拳を数発叩き込んでいたがラルスが起きる気配は無かった。


『――赤チームの皆さーん、ラルスの救出をお願いしまーす。リアを犯罪者にしないでーー!』


 慌ててわたしを取り押さえにくるチームメイト。気にせずラルスを殴っていると、結局笑いながら折り重なるように、わたし達の上に飛び込んできた。


 こうして『秋の魔導競技体育大会』は大成功に終わった。

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