第二十一話 魔導競技体育大会④

◆◆


 ラルスはアンカーのスタート地点に立ってシャーリーのアナウンスを聞いていた。


(リレーは高得点。得点差を考えると……ここで追いつかんと午後は消化試合だな)


 ふと、赤チームのテントを見る。チアガール姿のリアがポンポンを振り回している。


(ダメだ……この距離でも照れる)


 そっと横を向く。


『――えーっと、執政官の特別応援は諸事情により中止となりましたので、このままリレーを再開します。今回のリレーは男女混合で男子は四百メートル、女子は二百メートルを走って頂きます。さてっ、選手紹介を……』

『――時間です』

『――またーっ! エルヴィンくん、時間きちんと計ってるの? んー、あら……確かに押してるわね……』


 ため息がアナウンスに混じりつつもリレーのスタートが宣言される。


『――はぁ……よーい、どーん!』


 第一走者が走りだした。


『――前評判通りに青チーム速い速い! 女子二名、男子二名、アンカーの五名で構成されるこのリレーはチームに入る得点も高いので、特に負けている赤チームと黄チームは頑張ってください!』


 シャーリーの実況の中、青チームのアリスとアレクシアだけでアンカー迄に五十メートルほどの差を付けた。

 二人と他の女子選手では、陸上部と文化系の生徒くらいスピードに差がある。


「青チームの余裕勝ちかなぁ」

「そうだね。今年は青が優勝しそうだね」


 赤チームの控えテントは少し諦めの空気。リア一人でポンポン振って応援中。


「みんなー、がんばれー!」


 ラルスの耳にもリアの楽しそうな応援が届く。しかし、自問自答していた。


(何故にオレはこんなに女の子に弱いのか……)


 確かに姉や妹もおらず、同年代の異性に関わることは少なかった。

 それにしても弱すぎる……。まぁ、理由は少し思い当たる節があった。それは『女の子は守る存在』、そう誓っていたからだ。それなのに、自分より強かったり、元気だったり、はっちゃけられると……どうしたら良いか分からなくなる。


 ストレッチしながらバトンの行方を見守る。差は変わらず五十メートルほど。次か、と精神を集中するために目を瞑る。


 ふと、ラルスの耳元に呟く綺麗な女性の記憶が蘇った。



『ラルスくん。男の子はね、女の子を守らなければいけないのよ』



(そうか……思い出した。『アマリアさん』だ)


「ラルス! すまん、任せたーっ!」


 ふと現実に戻される。目を開けると数メートル先にバトンを持った前走者がいた。バトンを受け取った瞬間、リアの元気な声がラルスにも届いた。


「ラルス! 全員ぶち抜けーっ!」


 全速力で走る、が、先頭との差は変わらず五十メートルほど。普通にやったら絶対に追いつかない。


(そうだな、女の子の応援に応えるのも男の役目……ということか。では、行くぞ!)


 ラルスは一瞬スピードが遅くなったように見えた。その直後、異常な加速でみるみる先頭の青チームの選手に近づく。まず、二番手を走っていたイーリアスに追いついた。


「きゃー! ラルスーっ!」


 リアを筆頭に女子生徒から黄色い悲鳴が上がる。反対に男子生徒からは驚愕のどよめきが上がった。


「魔導制御無しだぜ? 速過ぎだろ……ラルス」

「おいおい……人間じゃねーぞ、あのスピードは……」


 見ている周りの生徒達が呆れるほどのスピード。

 今回の体育大会では、競技によっては屋外訓練場に魔導制御禁止の術式を展開しており、隠れて魔導を使うことはできない。

 では、ラルスは何故に人間離れしたスピードを出せるのか。


 ラルスは自らの筋肉、皮膚、内臓、血液を魔導で制御して人外の力を得ていた。


 イーリアスがラルスに追い抜かれながら心の中で愚痴る。


(ラルスめ……『体内魔導制御』なんて親父みたいな真似しやがって!)


 この『体内魔導制御』は帝国ワイマール騎士団でも数人しか使いこなせない秘技であり、使いこなせば『剣豪』の称号を授けられる栄誉にあずかる。


「くそーっ!」


 負けじとイーリアスも体内魔導制御を開始。魔力が急激に減少する感覚に襲われる。


「燃費悪過ぎで、そのクセに制御が繊細過ぎなんだよーっ!」


 文句を言いながら一気にラルスに追いつく。が、ラルスは更に加速。二人は青チームの生徒を置き去りにして一気にゴールした。

 倒れ込むイーリアスと大きく一息だけ吐いたラルス。


「流石だな」


 息絶え絶えのイーリアスに手を差し伸べるラルス。


「はぁはぁ、うるせー……どの口が言うんだよ」


 軽口を叩きながら手を借りて起き上がる。一触即発風に睨み合うが、しばらくすると二人とも笑い出した。


◇◇


 今、わたし目、キラキラよ! やっぱりライバル同士の戦いは燃えるわー。わたしも走り込みしなきゃ!


 ラルスが控えのテントに歩いてきた。


「ラルスっ! イェーイ!」


 ハイタッチを求めると、いつもは無視されるが無言でパシッと応じてくれた。


 おお、痛いくらいのハイタッチ。ふふふ、ラルスも少し興奮気味ね。


 他の生徒と話すラルスの横顔がチラッと見えた時、何故かラルスの背後に少女漫画のような花々が見えた。


 ぱっと反転してしまう。


 えっ? いくらカッコいいといっても……。

 深呼吸をしてから、そーっと振り返って見てみる。

 いつものラルスだ。


 ふーっ、焦った。少しドキドキしたわ。

 ちょっとカッコよかったから?

 やばいやばい。


 少しモジモジしているとカーナが心配そうに声をかけた。


「リア、おトイレ行きたいの?」

「違うっ!」


 もう、失礼なんだから!

 そんな中でもシャーリーのアナウンスは終わらない。


『――さーて、赤チームが一位、黄色チームが二位となり、勝利の希望を両チームが残したところで昼休憩となります。皆様、今回は食堂以外に手作りのお弁当を各自で持ち寄り、外で食べることが許可されています。では私達も……あれっ? エルヴィンくん? もう昼ごはん行っちゃったの? もーっ……』


 この世界にもピクニックの文化はあるので弁当は普通にある。しかし、学校では学校の食堂か街の食堂に行くのが通常だったので、みんな少し浮かれていた。


「学校でピクニックって少しワクワクするよね」

「そうだ! お弁当、がんばって作ってきたんだから、一緒に食べましょう!」

「ふふ、みんなで食べましょうか。行きましょう」


 赤チームのテントの中も友人同士で集まる為に散り散りになっていった。ふと見ると、ラルスやシャルロットがこちらを見ていた。

 ニコッと微笑む。


「みなさーん、ここでご飯食べようよ! よーし、他のみんなも探してこよっと! 少し待っててねー」


 まずはシャーリーから連れて来よう。いっそげーー!

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