第十三話 これはただの予感③
◇◇
「しかし、ヨーナス君……貴方からお茶会にお誘いがあるとは思わなかったわ」
テラスではなく人目のつかない来客用の個室でお茶会を開催中。
ヨーナスの向いにはノーラが座っていた。
「まぁ、同郷の同学年なんですから偶には……」
「用件はリアちゃんの執政官でしょ?」
両者が和かな笑顔のまま微動だにしない。
「お茶は頂くわ。けど、交渉は止めて頂戴。何かそちらにカードがあれば出して貰えば良いけど?」
ヨーナスの生まれは、宮廷魔導士を多く輩出する名門リュクスボー家で、帝国内の権力も強い。特に、父親は宮廷魔導士のトップである魔導教導隊の最上級専任官を勤めている。
しかし、ノーラの父親は帝国内の治安組織である司法騎士団を代々率いるロレーナ家の当主。司法局のトップに位置している。
戦時で無ければ家の序列はノーラの圧勝だ。
ヨーナスは遊び感覚でこの選挙戦を裏から操るつもりだったがノーラの立ち位置だけが気になっていた。
「ふふ、ヨーナス君の邪魔はしませんよ。私は貴方と違って貴族院では普通の学生で居たいのよ。だから過度に干渉はしないわ」
「そうでしたか。では、心置きなく……」
「ただ、法には従って貰うわよ」
「……犯罪行為は勿論しま……」
人差し指を立てて左右に数回振る。
「脅迫もノンノーンよ。強い口調で意味深な発言するのも脅迫罪とした事例は多くあるわよ。ふふ、良いわね、ヨーナス君」
「……私が怖いのは、貴女だけです」
少しの沈黙の後、ニンマリとするノーラ。
「あら、私よりリアちゃんの方が怖いわよ。あの子、色々と不自然で不思議で不確実なのよね。だからとっても一緒に居て楽しいの」
「分かりました。法には従います」
「よろしい。では策謀を張り巡らせれば良いわ。これはただの予感。リアちゃんが全てをぶち壊すと思うわよ」
「……」
「お茶、ご馳走様。又誘って下さいね」
と、優雅に去っていった。
(あの女狐め……まぁ良いか。唯の学生気分なら敵としてカウントは不要。よし、次だ)
ヨーナスの興味は次の標的に移っていった。
◇◇
早速メンバーの切り崩しにかかるヨーナス。まず同郷のメラニーを標的に決めて早速お茶に誘い出す。
「まぁ、緊張せずに……というのも無理ですかね」
「あわわ、よ、ヨーナス様……な、何か御用でしょうか……それとも、何か失礼な事でも……」
メラニーはそばかすが気になり前髪を伸ばしているので、顔が半分くらい隠れているような女の子だ。しかも癖っ毛の赤毛なので雨の日なんかはライオンの様になってしまう。それがコンプレックスとなり、いつもオドオドとしていた。
同郷の同級生とはいえ家の格が全く違うヨーナスからの呼び出しに緊張しまくっている。
帝国の貴族間では序列は絶対だ。ヨーナスの機嫌を損ねれば、下手をすれば家が潰れる。
そわそわするメラニーを前に、ヨーナスが柔らかな声色で話し始めた。
「同郷のよしみでメラニーに助言と思ってね……」
◇◇
「油断した! もうメンバーに攻撃してくるとは!」
どこだ、どこだっけ? えーい、わたしの馬鹿!
息が切れるが気にせず廊下を走る。
これでメラニーが何らか被害を受けていたら、容赦せんぞ!
「闘争だ! 本物の闘争を見せて……!」
興奮してオタク臭い台詞を吐きながら曲がり角を曲がると、少し震える声のメロディが微かに聴こえてきた。第三応接室、ここだ!
両足で急ブレーキすると、ドアを勢いよく開けて部屋に滑り込んだ。
そこにはメラニーだけが座っていた。
「らららー…………リア!」
目が合うと、慌ててハンカチで目元を拭った。明らかに泣いていた。それを見た瞬間、体温が一度上がったかと思うほどの怒りで興奮した。しかし、全力で感情を抑えつけて出来る限り優しくメラニーに声を掛けた。
「メラニー……大丈夫?」
座っている椅子の横に来てしゃがみ込みメラニーの両手を握る。
「えっ、リア、あっ、ど、どうしたの?」
「さっきラルスがわたしに会いに来てくれて、『メラニーに謝っておいてくれ。ヨーナスには手は出させない』って……何があったの?」
赤くなった目をぱちくりするメラニー。
「えっ? ヨーナス様が……メラニーは選挙運動から離れて勉強するべきだって……」
「あんにゃろー、脅迫だな!」
「いえ、脅迫なんて……ただもっと勉強しないと……退学になるかも、と言われただけで、後は何も言われなかった……から」
徐々に小声になり俯いてしまう。
それを見て握る手に力を込めて全力で首を振る。
「違う! メラニー、あなたがどう思ったかが重要なの。向こうは『勝手に想像しただけ』なんて言うかもしれない。けれど、そんなのは関係無い! メラニーが怖かったなら、それは脅迫よ!」
「でもね、ヨーナス様は……メラニーは成績があまり良くないよ。だから勉学を頑張らないとって……」
「これも立派な勉強よっ!」
食い気味に言い切ってもメラニーは俯いたままだ。
いつの間にかノーラもやって来ていた。ドアの近くで静かに話を聞いている。
「お母様やお父様に心配かけたく無いの。お母様は生まれ付き魔力を持たなかったから家を出されて商人の父と結婚させられたって。それは悲しかったって。でも、沢山愛されて、私が生まれて、私が魔力を持っていて、貴族に返り咲けたことが本当に嬉しかったって……」
「メラニー……」
少しの沈黙の後、メラニーの瞳から涙が溢れてきた。わたしを不安そうに見つめながら涙声で訴えかける。
「貴族院から退学……なんてなったら……貴族も剥奪されるかもって……怖いよ……ウチは小さな貴族だから……直ぐに潰されちゃう。でも、みんなと色々考えたりするの凄く楽しくて……でも、皆んなが同じように怖い思いするのも……だから……だから……」
小鳥のような泣き声。本気で周囲の人々
「大丈夫よ。もう安心していいのよ」
でも今は心のケアが第一優先だ。優しい声だけを掛け続けろ。対策はまだ考えるな。ダメだダメだ。あいつら三人を凍らすとか燃やすとか……はっ、服を燃やすだけなら良いかな?
思考が変な方向に向かい始めたところで、横から冷たい声が聞こえてきた。
「私は忠告した。それを反故にして、よりによってメラニーを脅迫するとは浅はかな…………私に挑んだこと、存分に後悔させてやろう」
ノーラが一人呟き部屋から出ようとする。
「ダメだ! 戦いはダメだ!」
慌てて立ち上がってノーラの方を向くと、ノーラは動きを止めてくれた。ゆっくり振り向いたその顔は凡そ学生とは思えない冷徹な表情だった。
「何故? 声を上げなければ……ここで奴らの所業を粉砕しなければ、この様な行為は徐々にエスカレートするだけだ。それは過去の判例を見ても明らかだ」
ノーラは冷たい視線を一瞬リアに向ける。その何倍も冷たい視線を壁に向けた。壁の奥のターゲットの獲物を見据えてか目の奥には冷たい炎が宿っているかのよう。
「それは分かる! でもこれでは泥沼の争いになる。あの子はそういう子に思える。次はノーラ、つぎはわたし。手を変え品を変え、邪魔をしてくると思う」
「そんなものは全て薙ぎ払えば良い。全ての悪行には鉄槌が振り下ろされなければならない!」
「ダメなのよ! 貴女やわたしは大丈夫。でもメラニーは、サールやカーナ、ロッテは耐えられない。わたし達から離れていくわ。ヨーナスの狙いはそれだと思う」
被せ気味に叫ぶ。ノーラも止めなきゃ。
そうなのよ。部活にも居たいじめっ子。あの子もズル賢かった。言い訳も上手。使えるもの全てを使って隠蔽して、それでもイジメを続けた。現場を抑えて乗り込んだ時も、数日後には先生達ですら、わたし達が彼女を虐めていると思わされていた。
「なっ……でも……いや、そうか」
目に幾許かの動揺が浮かぶと、いつもの冷静なノーラに戻っていった。
「そう。わたし達は冷静になる必要があると思うわ」
「……確かにそうね。柄にも無く熱くなっていたかも……ふふ。リアちゃんに諭されるとはね」
目に落ち着きが戻るのを確認すると、くるっと振り向きメラニーに向かい合う。
「メラニー、あなたが戦うのよ!」
「へっ? 私……
「違うわ。あなた
少し間を空けてメラニーがリアに訴える。すると、メラニーの身体が震え始めた。
「む、無理、無理よーっ!」
鎧を着て剣を構える自分でも想像しているんだろう。椅子から立ち上がるとリアの両手を握って懇願し始めた。
「私、走るのも苦手なのよ! 無理よー! 絶対戦えない――」
「――メラニー、あなたの武器は何?」
リアが両手を握り返して力を込めながら問い掛ける。
「えっ? えっ?」
「得意なことよ。なんでも良いわ。他の人に自慢できる事」
「えっ? じ、自慢っていうか褒められるのは……う、歌かな……」
メラニーの回答に、何故かノーラがびっくりして少し震えた声で呟く。
「ま、まさか……私の
「そうよ! 独り占めはダメ。みんなに素敵な歌を聞いてもらわなきゃ!」
「そりゃそうだけど……卒業したら相応の舞台で……」
「日陰者の地味な女の子が、学校内の舞台で突然スターに駆け上がるのよ! 地味だった今のメラニーを知っている生徒達が居るからこそ、大きな驚きと感動が生まれるわ」
「くーーっ、なんて素敵なシチュエーション!」
ノーラが天を見上げ震えている。クールな落ち着いた女性という雰囲気は見る影もない。
よしっ! 落ちた!
「あぁ、私だけが知る隠れた才能をこっそり愛でるのも素敵だけど……リアちゃんのプランを聞いたら……もうワクワクが止まらなくなってきたわ!」
「そうよ。わたしも楽しくなってきた!」
二人で盛り上がりながら、置いてきぼりのメラニーをじっと見る。
「えっ? えっ? なにっ? 何ですか?」
キョトンとするメラニー。
二人で声を揃えてメラニーに宣言した。
「「デビューが決まったわ!」」
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