第十二話 これはただの予感②
◇◇
その日の夕方、リア陣営の作戦会議が教室の一角で開催されていた。
「それでは作戦会議を開始する」
両肘を机に付き、両手を口元に持ってきて無駄に声を低くしている。因みに部屋のカーテンは閉められ、無駄に暗くなっている。
「なんでカーテン閉めるの? 部屋が暗いわよ?」
「雰囲気よ!」
「リア、何でメガネしてるの? 伊達メガネよね?」
「作戦会議を仕切る人はこうするキマリなの!」
「どうして?」
うわっ、カーナが矢継ぎ早に聞いてくる。
「知らないわよ。とうちゃ……ある人に気合いが入るって昔教えて貰ったのよ」
父ちゃん、『作戦会議はこの格好だぞ』って幼稚園の時に言われた事、しっかり守ってるわよ!
「ふーん。で、リア、どうするの? 執政官の選挙なんて全然想像つかないわよ」
カーナが質問しながら、あっさりカーテンを開けてしまう。部屋には眩しい日差しが入ってきた。
「あぁ、雰囲気が……」
わたしが戸惑ってるうちにロッテが答えてくれた。
「そうなの! カーリン様は議会に乗り込み不正を暴露する英雄的行為が、歴史上の執政官に似ていたからそう呼ばれたのよ。功績が認められて正式な役職になり、投票セレモニーでは雷帝陛下にもお言葉を掛けて貰えたのよ。あぁ、麗しのカーリン様。でも……劇の内容は暗記してるけど選挙戦は詳しく知らないのよね……」
早口で喋り始めたが途中からボソボソと小声になってしまった。皆が困り顔で静かになってしまう。
ふふん、生徒会の選挙は何度も見てるわよ。結局同じよね。
「大丈夫! 何となく分かるわ。じゃあやる事を教えるね」
選挙活動のイメージはこんな感じ。
・公約作り
・ポスター作りとタスキ作り
・街頭演説
・握手会
「握手会? 何でそんな事するの?」
「ふふ、大事よ! 握手しながら『投票お願いします』って言いまくるのよー」
「あら……ちょっと面白そうね、ポスターは将来の宮廷画家の私に任せなさい」
珍しくノーラがやる気を出している。
「なるほど。では、何はともあれ、公約作りね!」
「よーし、決めちゃいましょう!」
という訳で、最初に公約を作る事に決めて会議続行。
「公約作りってどうするの?」
「うーん、シャーリーの作った公約を見たけど……ちょっと参考にならないわ」
「何で?」
「んー、嘘はいけないわ」
「嘘? そうなの?」
眼鏡をクイっと上げて机に置いてある紙を指でトントンと突く。
「去年の選挙公約なんて初めて見たけど……実現できなさそうなものばかりよ。『ランチに毎回ケーキを付ける(交渉中)』とか『年三回、他国へ研修旅行(交渉中)』とか、無茶よ! ふふっ、思ったより、いい格好しいだな、シャーリー」
「で、どうするの?」
胸を張り自信満々さをアピール。
「真面目に考えるよ! まずは文官候補をもっと平等に扱って貰う事、後は母国による扱いの違いも無くしたいな。要するにスクールカーストの撤廃ね」
「かーす……と? 何それ?」
ん? 『スクールカースト』は意味が通じないのか。確かに貴族階級には元々『身分差』があるから他の言葉はいらないのかな。
「えーっと、出身や家柄という身分差で無駄に差別しないって事よ」
「なるほどね。『帝国出身』贔屓も止めるって事?」
「そう。他にも差別が有ったら無くしたいわね。あっ、でも帝国出身が不利になったらダメよ。そこはノーラとメラニーに良く話を聞かないとね」
「メラニー、どう?」
「……あっ、うん……そうね……」
心ここに在らず、といった感じのメラニー。
「あれ? 大丈夫? 何か辛い事でもあるの?」
「……実は、早速ラルスくん達から『帝国出身はラルスに投票せよ。しなかったら村八分だぞ』って……」
「そうね。勿論私も威圧されてるわ。まぁ、私はイーリアスやヨーナスに何言われても気にしないけどね」
ノーラは帝国の上級貴族出で父親は皇位継承権を持つほどの家柄だ。
逆にメラニーは大きな商店の一人息子に魔力の無い貴族の子女が嫁いだ結果、魔力を持つメラニーが生まれたので貴族となった、という新興貴族だった。
「えぇ、怖いなぁそういうの。メラニー、ノーラ、あなた達はラルスに入れても良いわよ。ね、リア、良いよね? そういうの怖いわよ!」
「うん。助けて貰ってるけど、カーナの言う通り。投票は自由よ。安心して。わたしに投票なんて強制はしないわ」
じっと俯くメラニーだったが、ぐっと手を握り一度だけ首を横に振った。
「……ううん! 私達みたいな帝国出身の下級貴族は昔から差別されてるの。ランチの時間や食堂やテラスの席とかもね。他の国ってそういうの無いじゃない。だからね、いつも羨ましいなぁって思ってるの……」
「だから、いつもノーラも別でランチしてたの?」
ノーラを皆が見る。すると懐から扇子を出して口元を隠した。
「……そうね。それが普通だったから。人目のあるところでメラニーと私が一緒にランチやお茶をしてたら……恐らくメラニーに嫌がらせがあると思って。そうか……そう言うのは無くしたいわね。私もメラニーと一緒のテーブルでランチしたいわ」
「ノーラ……そう考えてくれるだけで、私嬉しい」
少し目が潤んでいるメラニー。ノーラは扇子を懐に仕舞うとメラニーの手を取り微笑み掛けている。これは頷くしか無いわよ。
「うんうん、良いわね! わたしもメラニーとノーラと一緒にテラスで堂々お茶したいわ! うん。差別はいけないわ。嫌がらせもダメよ。それはイジメよ。『イジメ、ダメ! 絶対!』ね。よし、わたしが当選したら、そう言うの禁止にするっ! 公約に書く!」
ふふ、わたしもテンションが上がると演説の様に語り出しちゃう。
「あらあら、そんな公約が出したら帝国出身の下級貴族出はこっそりリアに入れるわね。どう、メラニー?」
「一緒のランチを想像したら……嬉しくなっちゃう!」
「上級貴族でも下級の子達とランチできないのを文句言ってる子は多いわよ。いっつも同じ顔ぶれでランチも面白く無いわ。ダメね……そう言うものだと思い込んじゃってた」
少し嬉しそうに溜息を吐くノーラ。
「先入観ね。ぬるま湯の中にいると……ホント、それが濁っていても抜け出せないものね。私は冷たくても清流が好きよ!」
ノーラと目が合うと見たことがない優しい顔で微笑んでくれた。キツめの美人の微笑みは卑怯なほどに威力が強いわね。元気百倍よ!
「帝国出身は殆どラルスくん達に投票するって諦めていたけど、これで切り崩せるわ! よーし、やるぞー! 差別撤廃だー!」
「おーっ!」
五人の少女と共に円陣を組み、皆で勝利を誓った。
◆◆
ラルス達は豪華な応接室を貸切で作戦会議を開催中。メイドが奥に控えており、机の上には紅茶がセットされている。
「どうするんだ?」
いつもの顔ぶれのトリオでイーリアスがヨーナスに問いかける。ラルスには聞かない。ラルスも聞かれるとは思っていない。
「そうですねえ。まずは帝国出身者に『ラルスに投票』を命じています。これで全体の五割を稼げます」
「嘘つかれてリアとか言う生意気な小娘に投票されたらどうする?」
「イーリアス、そうならない様に策を考えるのが我々の役目ですよ」
面倒臭そうにイーリアスは椅子の背もたれに仰け反ってしまう。
「あんなもん無記名投票だぜ。どうやって……」
「誓約書でも書かせますか。後は投票用紙に記名する事を命じるかな……記名が無ければ裏切り行為とする、とか何とか言って。そうすれば帝国出身の票は全て……」
「はっ! 面倒臭えー。雷帝の血筋に逆らうヤツなんか居ないだろ?」
「とは思いますが、不確定は嫌いなんですよ」
イーリアスは深くため息を付き、勢い良くラルスの方を向いた。
「ラルス、どーする?」
「選挙
「ほれ、『勝負は時の運』だってよ」
ヨーナスはまだ考え込んでいた。
相手は特待生の女の子。シャーリー執政官の例があるから、かなりの割合の浮動票は向こうに流れる。このまま選挙戦を続けると『苦戦』する、そう結論付けた。
顔を上げて和かに微笑みながら二人に伝えた。
「分かりました。それでは普通に選挙戦をしましょう」
「おっ、面倒なの無しな! 良いねー、ヨーナスも分かってんじゃん」
「そうだな。策謀なんて大人になれば嫌というほど味わうんだろうからな」
ラルスはせめて貴族院で面倒な事は避けたかった。
「よし、後は任せた。剣技の自主練でもしてこよう」
「ヨーナス、後は良いか?」
イーリアスもラルスを追いかけるように椅子から立ち上がった。
「二人に裏方で手伝って貰えるとは期待してませんから。とっとと身体でも動かしていて下さい」
割と辛辣な物言いだが、二人も気にしていない。
「ヨーナス、それではよろしく頼む。また教えてくれ」
「面倒な事は増やすなよ」
ドアで振り向きヨーナスに指を刺して牽制。
二人は出て行った。
「さて、楽しい策謀の時間です。勝てるプラン……後は
ヨーナスはウキウキ顔で一人ペンを走らせ始めた。
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