これはただの予感

第十一話 これはただの予感①

◇◇


 初年度は怒涛のように過ぎ、残す所後一ヶ月余りとなった。

 その頃には自分が割と有名人ということを認識していた。先生達や上級生から、やたら声をかけられる。

 これは、『何らかの情報が回っているという事に違いない』としたり顔でシャーリーに相談したら『流石に気付くのに十ヶ月掛かるのは鈍すぎ』と言われる始末だった。


 二月のある日、選挙管理委員会から立候補の公示があったので、授業終わりに出向くことになった。


「よーし、行くよー」


 意気揚々と六人の先頭で院政協議会の執務室に向かった。賑やかにおしゃべりしながら執務室に向かうと、扉の前で反対側から来た十人ほどの男子と睨み合うことになった。三人の少年が並んで歩き、後ろを取り巻き達が続いている。

 帝国出身のラルス、イーリアス、ヨーナスの三人組は、貴族院の中でも有数の家系の出だけあって、セレブ的な有名人だ。

 でも、わたしにとっては今のところ敵よ!

 自分の顔が苦虫を噛み潰したような顔に変わるのが分かる。入学式での母や周りの人達を侮辱する様な発言は許すまじ。


 ただね、少しわかって来たの。この子達の特徴が。

 ラルスくんは、ある意味……全てにおいて手段を選ばないの。

 例えば……ほら、わたしって学年主席なのよねー。

 つまりー、この学年で一番成績が良いのよねー!

 そうしたらね、ラルスくんったら、『お前はどうやって成績を上げているんだ?』って聞きに来てくれたのよ。少しびっくりしたわ。イーリアスくんとヨーナスくんが慌てて止めに来たくらい。ふふふ、思いついたら直ぐ行動するみたい。


 いつの間にか、二十歳の女性が頑張る男子中学生を見る様な目でラルスを眺めてしまう。


 わたしもさぁ、『目標を達成するには手段なんて選んでる暇は無い』というのが信条よ。だから、予習、復習のやり方をレクチャーしてあげたわ。それ以降、割と楽しくラルスくんとは話す様になったのよ。


「あっ、ラルスくん、何してんの?」


 先頭のラルスに手を振りながら声を掛けるとすかさずイーリアスが答えた。


「気安いぞ! ラルスは執政官に立候補するんだ! お前らこそ何しに来た?」


 また苦虫を噛み潰したような表情に戻る。

 イーリアスくんはヤンキー中学生ね。生意気で、荒っぽくて、他人なんて知らないって感じが出過ぎてるわ。まぁ、隣のヨーナスくんに比べれば……まだ分かりやすいけどね。ヨーナスくんは何考えてるか分からない不気味さがあるわ。


 三人をじっくり眺めてから、すっと右手をラルスの前に差し出しニコッと微笑んだ。


「では、ライバルね、よろしくっ!」


 戸惑うラルス。それを察したイーリアスがラルスとリアの間に入った。


「ライバル? ラルスはお前なんか相手にしねーよ」

「むむむ、良いでしょう。コテンパンよ!」


 リアとイーリアスが睨み合う。

 因みにだけど、わたしはラルスが戸惑った理由を知ってるわ。女の子わたしと握手するのに照れたからなのよ。初心よねー。


「ラルス、お前もなんか言えよ」

「……ぬぬぬ」


 イーリアスを避けてから、にぱっとラルスに微笑みかけた。


「ラルスくん、まっけないわよー!」


 ライバル展開! 最高よ! 相手は帝国の名門、ラルスくんなんて『雷帝』の血族……ふふふ。


「相手にとって不足なーし!」


 ビシッとラルスを指差した。

 真っ直ぐ見つめられ少し照れて頬が赤くなるラルス。ほら、照れてる。純情少年なのよね。んふふ、ダメだ、ニヤニヤしちゃう。いやーん、首筋赤いわよ。

 かーわーいーいー。


「オレにちょっかい掛けてくる女なんて……」

「えっ? 何?」小声でよく聞こえなかった。

「えっ? あ、あぁ。せ、正々堂々戦おう」


 しどろもどろに話すラルス。しかし、周りからの反応は違う。


「ラルスくん、渋ーい」

「流石は雷帝様直系、大人の雰囲気よ」

「落ち着いてるわねー。リア、負けてるわよ」

 と、無駄に評価が上がる。


 ここでふとここに来た目的を思い出す。

 はっ! 一番乗りしなきゃ。ここは古典的作戦よ!


「あーっ!」


 窓の外を指差すと全員が指先の方を見た。

 よしっ、今だ、そっとドアを開けて滑り込む。


「あっ、汚えー! こっちが先だぜ!」


 我先にと入ろうとするイーリアス。反応早いな、流石は剣豪の息子。

 だがここは譲らん、気合い一閃!

 ドアを開け放ってほぼ同時に部屋に入り込むがイーリアスと揉み合いになる。なんとか先に部屋に入れたが背後からイーリアスが覆い被さるように倒れてきた。


「痛たた……、こらっイーリアス! 早くわたしの上から退け。レディーに狼藉を働くなっ!」

「レディーって……お前、うちの八歳の妹より子供っぽいんだよな……」


 な、なんと……中身は結婚しててもおかしく無い、お酒も飲める淑女なのに。

 声も出さずにベタっと倒れたままショックを受ける。


「おっと、踏み潰したままはいかんよな。悪いー悪いわりーわりー


 適当に謝りながら退くイーリアス。

 勢いよく立ち上がって睨み合う。妹に文句を言われているような感じなのか、ほぼ相手にしていない。

 こんにゃろー、何としても立候補届だけは先に提出してやる、と意気込んだが、そうか、振り向くだけで良いんだ。


「はい。立候補届です」


 急に振り返り、届出を提出することに成功。


「ふふ、確かに受理しました。あなたが一番ですよ」


 もうすぐ卒業の委員長が届出を受け取って執政官のシャーリーに渡す。


「リア、頑張ってね」ニコリと微笑む。

「やられたっ! ラルス、おせーよ」


 ラルスはイーリアスを無視してゆったりと歩いて届出を提出する。


「順番に意味は無い」


 特に悔しがる様子も無い。この辺りは大人っぽい。


「それではよろしくお願いします」と一礼する。

「ふふ、ご丁寧に。では、確かに受理致しました」


 シャーリーは委員長から渡された届出を受け取り、ラルスにも微笑みながら「では、頑張って下さい」と声を掛けた。


「戻るぞ。選挙戦の準備に入る」


 部屋に取巻きを残してスタスタと出ていってしまった。慌てて追いかける男の子達。残ったイーリアスはわたし達を睨みつけながら部屋を出ていく。


「オレはラルスと違って甘くねー。邪魔するなら斬り捨てるからな」


 捨て台詞を吐きながらイーリアスも去っていった。

 流石に皆が怯えて、リアとノーラ以外の子達が固まっている。


「すみませんね。リアさん、イーリアスも口が悪いだけで性根は悪いヤツでは無いので許してあげて下さい」


 最後に美形のヨーナスという生徒が声を掛けてきた。わたしは腕を組んで睨みつけていたが、他の子達は少しホッとしていた。


「ただ、ラルスの邪魔するようであれば、私も容赦はしないので焼き殺されたくなければ隅で震えていて下さい……なんて冗談ですよ」と去っていった。


 余計に怯える女の子達。


「本気かどうかは知らないけど……脅すのは良くないわね」


 少し怒りつつ見送ると、流石に怖かったのか皆の声が震えている。


「ちょっとー、なんか怖いわよ」

「ほんと……どーする? 怖い……」


 わたし達に対してあんなことを言う? 信じられない。だって同じ学校の同学年よ! 


「決めたっ! あんな子達に学校任せられない。わたし、がんばって絶対に当選するよ!」


 最初に反応があったのはシャーリーだった。


「私も応援するわ。リア、あなたと一緒にこの貴族院を運営したいわ」

「ふふ、私は中立を守らせて貰うわ。でも、誰を応援するかは自由だからね、シャーリー執政官」と委員長。

「うふふ、リア。何か力になれる事があれば、いつでも言ってね」


 ニッコリしながらシャーリーの机にばっと近寄った。


「シャーリー、ありがとう。現執政官で次期委員長候補も応援してくれる……だから、あんなヤツらに負けないよっ!」


 周りを見渡し、「ふんっ!」と鼻息荒くガッツポーズをする。それを見て皆が少し笑ってくれた。


「分かったわよ。少し怖いけど、逆にあんなのが執政官になったら毎日怖いもんねー」

「……ムカつくからリアを応援する……」


 カーナには笑顔が戻り、サールには気合が入ったようだ。

 ロッテは真剣な顔で下を向いている。ノーラは不機嫌そう。メラニーはまだ少し怯えていた。


「でも……ラルスはマーカスライト公爵の子息。帝国出身の私達があいつらと戦うのは少し面倒臭いわね」

「うん……私は少し怖いよ」とメラニー。


 するとロッテがいつの間にか鼻息荒くガッツポーズをしている。


「カーリン様を見習うわよ! 権力にも脅しにも屈しないわ。リア、絶対に勝つわよ!」


 それを見てノーラに笑顔が戻った。


「全く、ロッテはそんなキャラじゃなかったのに……メラニー、覚悟を決めましょうか。ペンは剣よりも強し、よね」

「わ、分かったわ。リア、あなたは大事な友達よ。みんな、が、頑張りましょう」


 おっかなびっくりだが、気合いを入れるメラニー。


 みんながわたしを助けてくれる。少しだけわたしも怖かったけど、みんなが助けてくれるなら大丈夫! 嬉し過ぎて涙が出てくる!


「わたしホントに嬉しい! みんなの助けがあれば百人力だよ!」

「五人だけどね……」とサールが呟く。


 カーナがすかさずシャーリーを見ながら言った。


「六人よね、シャーリー様! リアをよろしくお願いします」


 シャーリーが微笑みながら返す。


「はい。リア、皆さん、よろしくね」


 わぁ、と五人から歓声が上がる。その光景を見ながら、五人に抱きつくことにした。

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