第十話 十歳と十一歳②
◇◇
時々顔を上げて紅葉が始まった木々を眺めながら、アンニュイなひと時を過ごす。
参加できなかった魔導競技会も終わり、年内は年越しパーティーまでイベントはお休みだ。イベントは前世に比べると格段に少ない。それが不満。
クリスマスもハロウィンも無いから、ちょっと寂しいわね……。流石にそのままはやるのは不味そうだから、何かイベントを作りたいわ。十一月から十二月は忙しくなる位にイベントが無いと寂しいわね。
学園内のテラスで一人、お茶を飲みながらノートにペンを走らせていた。
はい、何故こんな平日の昼間っから授業にも参加せず優雅にお茶しているかって?
今は剣技訓練の真っ最中なのだよ。
不貞腐れて学園内のテラスでお茶を飲みまくりの優等生リアちゃんなのだ。あぁ、寂しい。
ふぅ、季節のイベントは執政官になってから考えましょうかね。さてさて、いつもの通り予習復習だけ済ましちゃいましょう。
毎日そこそこの時間をテラスで過ごす羽目になっていたので、そこは学年首席。歴史書や魔導書を机に積み予習・復習に精を出していた。
まぁ、歴史書も読んでいると男女のケンカや不倫騒動が載っていたりと面白さが分かってきたんだけどね。
で、読んでいると必ず出てくるのが『魔剣戦争』で、魔剣士と混沌の戦いと書いてある。『魔剣』って何だろう? というと、そちらは現物がまだ残っているらしいのよ。有名どころは雷帝の愛剣である『竜牙剣』で序列二位の魔剣と言われているらしいわ。
そして次がカッコいい! 一位の剣は名前すら完全秘匿となんですって!
サイコーよ。カッコいい。
これを聞いた夜は、
「魔剣・墨斬丸! うはは、真の序列一位の魔剣の威力、とくと味わえ〜」
と素振りが盛り上がったのはしょうがないよね。
あーぁ、どっかに魔剣落ちてないかな。
持っていそうな生徒と言えば『五大国の五人の勇者』と『カーディンの女剣士』の子孫のあの子達よね。
何かセレブって感じ。
誰かにお願いして素振りさせてもらおうかな。
そうそう、魔剣持ちを公言してる一人、この世界一番のセレブの雷帝だけど、この貴族院の行事に参加するらしい。直近だと春の学生執行委員選挙の開票セレモニーには来賓するとか。
うーん……PTAの役員かな?
でも、この役員は魔剣戦争を現役で戦っていて、本気出すと国を滅ぼせるらしい。
ちょっと盛りすぎよねぇ?
あっ、そう言えば、現執政官のシャーリーちゃん、ミドルネームがついてたな…フィフスとか。五代目? こっちも歌舞伎みたいに名前を継ぐとかあるのかな。
うーん、何か今後の学園生活が楽しみになってきた。みんなも推薦人になってくれるし、執政官、立候補するわよー!
なんて考えていたら
「ここ空いてますか」と声をかけられた。
「空いてますよ」と答えたが、空席だらけだったので何の用かと訝しんでいたら、座りながら自己紹介を始めた。あれっ? この子ちっこい……まさか?
「私はシャーリー。シャーリー・カーディン。貴方がパーティスさんで良いの?」
えっ? まってまって。
「はい。わたしがリア・クリスティーナ・パーティスです。リアと呼んでください」
なになに? 何か芸能人の子役と話してるみたい。緊張するー。
「私のことはシャーリーでいいわ。少し話してみたかっただけよ。どう? ここは」
「……楽しいですよ。えっと、執政官はどうですか? 立候補しようと思ってて……」
「……えぇ、重責だけど、やり甲斐のある役割ですよ」
互いに猫をかぶっての会話だな。さて、どうしようかな……って、そう言えば名前。
「聞いていいですか? シャーリーさんは名前にフィフスって付いてますけど、五代目なんですか?」
「うふふ、シャーリーでいいわよ。そうね。五代目シャーリーよ。女が生まれると、名前は必ずシャーリーなの」
本名はシャーリー・フィフス・カーディン。五代目のフィフスで良いらしい。
そこで驚愕の事実を教えてくれた。シャーリーは四人のシャーリーの記憶を全て持っていると言う。
「全ての記憶よ。食べたものから戦い方、考え方まで全てよ」
「えー、そんなの混乱しない? いつ慣れた?」
こちらは二人分の記憶ですら持て余してるのに……あれ? 辺な質問だった?
可愛くキョトンとしてるわよ。少し間を空けてニコッとしてくれた。
「すぐに慣れたわ」
おぉ、クールだ。こちらはいまだに慣れていないというのに。ふと気になったことを聞いてみた。
「昔の記憶って、いつからあるの?」
「……そうね、有名どころで、二代目シャーリーは雷帝と魔剣戦争を戦っているのよ」
歴史書と言うより絵本の世界の住人だ!
「わー、すごいすごい、カッコいい!」
満更でもないシャーリー。得意げに腕を組んでいる。
「んふふっ。他に聞きたいことある?」
思わず、にぱっと微笑みが漏れる。
「じゃあじゃあ、墓場まで持って行くと誓った記憶の中で最もくだらないものは?」
「ん? えーっと……三代目の考案した湿布薬かな。カメムシがすり潰して入ってるの」
「カメムシ! キモーい! アハハッ、最悪〜。よしっ次。歴代シャーリーさん達で最もヤバいレシピは?」
「……そんな質問ばかりなの? 皆さん女性だとロマンスはあったかとか、そんな話ばかり。それでも殿方の戦略や対魔物の対処とかに比べれば楽しいけど……」
あら、小首を傾げてキョトン顔。可愛いわね。じゃあ楽しくしないと!
「楽しいなら良いじゃない! 真面目な話もいいけど、こういうのも良くない?」
「……そうね、楽しいわ。さっきの答えは初代考案のレシピで、豚の睾丸に血と内臓を混ぜて蒸しただけのソーセージ」
「味は?」
少し間を空けてからニヤリ。
「……サイアク。生臭い」
「不味そーう。アハハハ。次〜。最も美味しかったお菓子は何だった? はい。わたしはバーフスのミルクレープよ」
「みる……くれーぷ? 知らない」
「あっ、そうか。楽し過ぎて夢の中で食べたのを出しちゃった」
そう。もう食べる事はできない、夢でしか食べられないもの。
「んふ……そうね、フランム王国とアイスバーグ共和国の国境近くの密林で食べた大きな果物かな。チーズとミルクと蜂蜜を混ぜた感じ。木から落ちたばかりの実を割って食べるの」
想像できない。チーズとミルクと蜂蜜を混ぜたって……それはアイスクリームみたいよ!
「わー、スイーツ! 食べた〜い!」
「すぐダメになってしまうの。若い実は時間を置いても同じ味にはならないわ」
「えーっ、食べたいなぁ……よしっ、大人になったら食べに行こう!」
「んふふ、遠いわよ。ゲート無しじゃ一ヶ月かな」
おお、しれっと転送ゲートのこと。
「じゃあ次行ってみよー。一番の大恋愛エピソードを教えて!」
少し悩んだ顔になり、ニッコリ顔で、と言うか少しいじわる顔で話し始めた。
「四つ巴の恋愛劇。二人の男から言い寄られていたけど、他の男と抱き合っていた、というのはどう?」
思わず無言になる……これは恋バナのチャンスじゃない?
「ちょっと、まって!」
ガタッと席を立つと勢い良く横に席を移った。あまりの勢いに気押されるシャーリー。
「ま、まぁ、お子ちゃまのリアには早い話かな。これは恋愛劇じゃなく愛憎劇かもしれないから――」
「――はい、それで、それで?」
「えっ? えっ?」
グイグイと身を寄せてきた。
「何処の世の男女でも一緒ね〜。それで? 細かく教えなさいよ」
恋愛ドラマ好きの本領発揮よ。敵国同士の兵士と貴族の娘の恋愛話。嫉妬に狂った側室の復讐話。歴史の授業ですらサイコーに楽しいの。
そう、恋バナ欠乏症なのよー!
「えっ? えーっと二代目の話なの。魔剣戦争を雷帝と一緒に戦った時、裏では四角関係だったのよ」
「きゃー、複雑!」
「二人で争って告白してたのに、どちらかを選ぶってなったら、違うもう一人と結ばれちゃうの」
「きゃー、わかるわー。多分どちらも同じくらい好きだったんだよね。で、優しい人に相談すると親身になってくれて、結局そっちに転ぶのよねー。人の世の常だわ〜」
手を組み目を瞑りイメージする。頭の中でドラマが再現される。
「なるほど。そう考えれば感情も納得感があるかも……」
「そうよ。オンナは時に矛盾した行動をするのよ。単純な男とは違うのよ」
「何でそんな事語れるの……」
「あぁ、やっぱり恋愛トーク楽しい〜。はい、歴代シャーリーの『一番危険な恋愛』を教えて」
「まだ続くのか……」
そこからいろんな話をするようになった。
面白エピソードと恋愛トークがお気に入りだったが、シャーリーは剣術と戦争についての話題が多かった。
相変わらず二人でお茶をしていた時、シャーリーが唐突に小声で話し始めた。
「分からない事があって……」
「なに?」
「記憶にあるんだけど、何してるか分からなくて……」
なんと男女の夜の営みのマニアックな行為を説明してきた。
「……ふんふん、あぁ、なるほどね」
わーお、エッチい話だ。こんなのが記憶に入ってるのか。よーし、お姉さんがしっかりレクチャーしてあげるよ。
頬を真っ赤に染めながら小声で説明開始。
「それはね、アレをこーして、あーするの……そうすると男の人は……」
シャーリーの顔が徐々に真っ赤になり、最後はうつむき小声で「そーなんだー」と呟いた。
「わ、わたしも経験は無いよ。本で読んだだけだから」
そう。過激なラブラブ少女マンガも男子の部室から没収したエロエロ青年マンガも部室に転がってたので回し読みしてた。
ふと二人で顔を見つめ合う。
十歳と十一歳。いけないことをする仲間だ。つまり悪友、要するに親友だ。
わたしに初めての親友ができた瞬間だった。
「シャーリー、エローい……」
「何よ! 私は何してるか分からなかったわよ!」
「頭の中で見たい放題でしょ、エロ過ぎ。見過ぎに注意しなさーい」
「うるさい! もう知らない‼︎」
初ケンカは互いが好奇心に負けたので、次の日のお茶会で終戦となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます