第八話 お姫様は魔導の天才②
「リア様、起きてください」と起こされた。
はっと起きると、見知らぬホールに馬車がいた。少し肌が泡立つ感じがするので、まだあの柱が近くにあるのだろう。
「ゲートの技術はナイアルス公国の独占技術です。柱に罪人の魂があることも機密ですから決して語らない様に。お気をつけ下さい」
エメリーが先ほどの件について箝口令を敷いてきた。そうよね、国家機密なのよねー。エメリー、ちょっと迂闊よ。「わかりました」と真剣に伝えると安心した顔をしていた。重ねて「リア様は賢いですからお願いします」と頭を下げられた。流石に国家機密を十歳児に語ったのは不味いと思ったのだろう。ソワソワする気配を感じた。
大丈夫ですよ。わたし、精神的には二十歳ですから。分別ついてますよ。
そう言ってあげたかったが、それはこちらの最重要機密だ。黙って窓の外を見ていた。
しかし、ナイアルス公国の城内地下ホールは石造りで薄暗く、どちらかと言うと侘び寂びな感じだった。こちらのホールは装飾もランプも多く雰囲気が明るい。コンサートができそうな感じだ。
「降りましょう、リア様。本国より少し寒いと思いますよ」
ポンっと飛び降りる。
へくしゅっ! やはり寒い。
エメリーが自分のコートを脱ぎかけたところで、
「リア様。そんな薄着ではいけませんよ」
とカーリンが可愛らしいコートを持って声を掛けてくれた。
おお、旅先での懐かしい顔は嬉しくなる。
「カーリン! コート可愛い! ありがとう」
コートごとカーリンに抱きつく。ベージュ色のシックなコートだ。再三文句を言って、やっとピンクは卒業してくれた。
「ベージュもお似合いですね。さぁ、街を少し行くと貴族院の宿舎があります」
「ん? ここはどこなの?」
エメリーが棚から荷物を下ろしながら教えてくれた。
「帝国はゲートが王宮にはありません。帝国側の機密なので多言無用なのですが、王宮から少し離れた場所なんです」
「リア様! 他言無用、分かりましたか! 三年間、学びの機会を無駄にしないでくださいね」
「はいはい。ねぇー、早く寄宿舎に行きたいよ!」
カーリンは身の回りの世話をする為、お抱え侍従として同行となる。ナイアルス公国の公館で過ごすらしい。
さっきは懐かしく思ったけど、三年間一緒と思うとちょいと面倒ね。
まぁ良いわ、華の寄宿舎生活よ! 挨拶回りは明日以降にして、まずは宿舎へ向かうって。わーい、楽しみ!
ふと見ると警備の責任者らしい騎士とエメリーは顔見知りらしく挨拶し合っている。
「……はい。護衛ですが研修も兼ねて二週間ほどは滞在します。ふふっ、剣技ご指導お願いします」
あら、エメリー楽しそう。
ゲートは国家機密と言っていた。そこの警備を任されている相手の騎士もかなりの身分なのだろう、と聞き耳を立てているとカーリンが教えてくれた。
「あの騎士様は帝国でも指折りの剣技の使い手らしいです」
こちらの会話に気付いたのか、ニコニコしながら近づいてくる。
「これはこれは。私はナハトーと申します。遠路遥々疲れたでしょう。息子のイーリアスも今年の入学です。仲良くしてあげてください」
おお、同級生の御父兄かぁ。
「はい。ありがとうございます」
と無難に返す。
イーリアスか。覚えておこっと。
さぁ、帝国の街並みだ。街歩きだ。食べ歩きだ、と気合を入れたが、別の馬車に乗せられた。先ほどより少し小型で、豪華な感じの馬車だ。
「街に歩いて出歩くなら服装を変えませんと」
だって。屋台が出ているような町に行く時は簡素な衣服でないと無用なトラブルに合うとのこと。TPOね。
確かに周りは大店ばかりの街並みで、歩く人はあまりいない。なるほど。ここは銀座みたいな場所か。買い物に来る客は車で乗り付ける。歩いているのは冷やかしか業者。そうか。高級車で乗り付ける側かぁ。
小洒落た馬車の中、ニヤニヤしながらふんふん鼻歌を歌う。
セレブのお通りよ、なーんてね。
車窓を眺めながら少し進むと大きな門が出てきた。警備も居る。
「貴族院です。寄宿舎も敷地内にあるんですよ」
「すごい。わたし、全寮制の学校って憧れてたの!」
エメリーとカーリンが一瞬固まった。まぁ雰囲気は伝わった。敷地を進むと全面に大きな建物がある。
「中央の建物が貴族院となります。向かって右側が女子寮。左が男子寮です」
「あまり変わってない。懐かしいなぁ」
エメリーが目を細めて微笑んでいる。
「楽しい思い出が多いの?」
「はい。今思えば全てが楽しかったですね。学友との勉強や食事も良い思い出ですね」
ふと、もう会うことはない友人やライバルのことを思い出す。懐かしさより、まだ寂しさが溢れそうになる。
「リア様も良い学友に出会えると良いですね」
「はい……」
返事が少し悲しそうになってしまった。カーリンは異変に気付き聞き耳を立てている。エメリーは少しだけ動揺しているのがわかる。
「少し緊張してきました」と嘘をついた。
するとエメリーは「大丈夫です。すぐ慣れますよ」と納得してくれた。
「そうですね。心配も希望も、全て上書きされますよ、ここの生活は」
「あー、もしかしてカーリンもここの卒業生なの? ふふ、カーリン先輩!」
「変な言葉遣いは止めてください。学んだ貴族慣習を役に立ててくださいよ、リア様!」
小言にうんざりしていると、少しうっとりしながらエメリーが教えてくれた。カーリンは学生時代に『初代執政官』と呼ばれた有名人らしい。
「それはもう有名でしたよ。院生協議会の不正を議会に乗り込み暴露する様はオペラにもなりました。もっとも私も文化祭でそのオペラを観劇してカーリン
「エメリーまで! あれこそ若気の至り。思い返すと恥ずかしさしかないわ……」
珍しく狼狽してる。その後、執政官は貴族院で公的な役職になっていったって。
「ふふふ、私も立候補しましたからね。何とか四代目執政官を拝命することができました」
エメリーが誇らしげだ。自治会運営も、倶楽部活動も、何でも参加する方が楽しいですよとアドバイスをくれた。
『よしっ、楽しそうだ。早く友達作るぞー!』
◇◇◇ 帝国歴 二百九十年 四月
貴族院の講堂
ねぇ、意気込んだのも束の間、成果無く入学式の日を迎えたわよ。入寮してから偶に見かける同学年の生徒に気軽に声をかけたりしたけど、何か避けられてるのかってくらい、会話が続かなかったわ。
わたし嫌われてるの? 三個下の同級生はダメなの? と流石に不安になっていた。
(このままじゃ、心の友達リアちゃんしか居ない学園生活に……怖いっ‼︎)
何でやってたら、四月になって入学式当日を迎えた。
ホールに新入生が集まり国別で並んでいたが、先頭に並ばされたので、どんな人がいるか様子を伺うこともできない中で式が始まった。
「皆さん、こんにちは……」
式も進み、生徒が出身毎に壇上に呼ばれて入学の証のブレスレットを貰っている。入学式なんて大体同じか。眠たくなってきた。不安で余り寝れてないし……。
先頭で睡魔と戦っていると、周りの話し声で有名人が分かってきた。
まずは帝国本国より雷帝直系のマーカスライト侯の子息ラルス・マーカスライト。登壇すると軽くざわつく。
取り巻きも有名らしい。家宝の魔剣の帯刀を認められたイーリアスや火炎魔導の天才と噂されるヨーナス。流石に人材が豊富だ。
ん? イーリアス、聞いた事が……あぁっ、ナハトーさん
なるほど、流石に自信に満ち溢れてる顔ね……。
帝国本国を含む『五大国』と呼ばれる帝国連邦の主要五カ国の王族や代表は皆有名らしい。
えっと、グラン共和国、フランム王国、アイスバーグ共和国にウィンブルック公国、それと帝国本国を合わせて五大国と呼ぶのよ。
他には対魔法に特化した騎士団を持つユーリア共和国。この辺りが有名どころかな。
ところで、偶に野次が飛ぶんだけど……入学式だよねー?
「ナイアルス公国の生徒は登壇して下さい」
へいへい。試合以外で人前に立つのは苦手だ。壮行会では緊張で逆にはっちゃけ過ぎて『皆さん元気ですかぁ〜』とかやっちゃって後悔したりしていた。
過去の嫌なエピソードを思い出しちゃった。今のわたし、多分苦虫を噛み潰したような顔してるわよ。
「おぉー」
「緊張してるのか、険しい顔……」
「アレが噂のナイアルスの特待生……」
「魔導の才が凄いと聞く……」
あれれ?
わたしが一番ざわつかれてる?
国家機密じゃ無いのか、わたしの魔導のこと。うーむ、セキュリティ
「ありがとうございます」
いかにも学園長という感じのお爺ちゃんからブレスレットを受け取りニッコリする。
「期待しているよ。代々ナイアルスの若者は貴族院に新たな風を吹かせていたのでな」
カーリンのお陰だな、この評価。
ニンマリしていると野次が飛んできた。
「五大国でも無い小国が目立つな!」
「チビは家でママゴトでもしてろ」
野次の出ている先を見ると、帝国本国のマーカスライト侯の子息ラルス・マーカスライトの取り巻きがうるさい感じだ。他の生徒も冷やかしている。
まぁ、無視でいいんだろう、と一列に並んで院長の話を聞いていた。
さて、友達どう作ろうかな、と作戦を練っていたら徐々に睡魔が襲ってきた。ヤバい。あくびを噛み殺す。
「おいおい、もうお眠の時間かな?」
「片親でまともな教育受けられたのか? ハハハッ」
野次が飛ぶと思わず同郷の生徒達がリアを見た。
んーっ? わたし何か言われた?
カタオヤ?
片親?
『片親でまともな教育!』
まさか、母を、ナターシャを、カーリンを馬鹿にしたのか? 誰だ! 宣戦布告なら受けて立つぞ!
野次の出どころを睨みつけて犯人を探す。
その時、周りから
「リア様はまだ十歳。野次は控えなさい」
「お母上を亡くしてまだ三年。そんな事をいうのは止めて下さい」
「涙をお拭き下さい。我々が守ります!」
と擁護の声が飛ぶ。素直に嬉しい。
まぁ、野次は無視するに限るよね。
あ、あと泣いてないから。
小声でありがとう、と伝え壇上から降りる。
「文句も反論もお友達任せか!」
「何か言えよ!」
よし、
「チッ! スカしてやがる!」
二十歳が中学生に揶揄われても大ダメージは受けませんて。
戻ってくると、大丈夫でしたか、とみんなに囲まれる。これも嬉しい。青春よ!
「皆さんが守ってくれたのが嬉しくて、野次なんか気になりませんでした」
本心だ。不良からイジメられている小学生高学年の女の子を、真面目な高校生達が頑張って庇う様は微笑ましすぎる。控えめに言って尊い!
ニッコリが伝染し、皆で微笑み合う。
「さぁ、そろそろ鎮まりましょう。私たちが式を乱してもいけないので」
反撃の隙は与えませんよ。ふふふ。
さぁ、あくびを噛み殺すなんてお下品なこと、もうしないようにしましょう。
◇◇
式は進み、今年度の院生協議会の委員長と執政官が登壇してきた。
ん? なんか、執政官と紹介された生徒は
「あれが十一歳で執政官に就任したシャーリー様よ」
リア様と同じ十歳で入学とお聞きしてます、だって。
へー。向こうはホントの天才児かな。
二人のつつがない挨拶が進む中、シャーリー達にはラルスと取り巻きも静かにしている事に気づいた。
先輩には絶対服従なのかな? 思ったより体育会系だな、と軽く感心していたらピントがずれている事に周りの会話で気付いた。
いま、壇上に立ってやる気なさそうに話しているシャーリーという女の子は、あの『カーディン家の呪い』の女の子らしい。
世界に暗雲が垂れ込めるとカーディン家に女児が生まれて世界を救う、という言い伝えだ。
リアちゃんが絵本で読んだ記憶がある。
しかし、生まれたのが男児なら平穏な世界の証、女児なら混沌が世界を覆っている証、と世間には分かりやすく理解された。
結果、カーディン家の女児は生まれた時から呪いの子、という
「ふーん、あの子がカーディン家の女の子かぁ。若いのに大変ねぇ。彼女に幸せの風がいつも吹きますように……」
祈りを軽く捧げてあげた。
ふと気付くと周りの生徒がわたしを見ている気がした。でも周りを見渡すと、皆さん目を合わせてくれない。
あら、悲しい。わたし……なんかやっちゃった?
――この時、同郷の生徒達は別のことを考えていた
『いやパーティス家の長女で閃光騎士団を率いる将来もなかなかの道だろ』
華麗だが任務の過酷さも世界一と噂される閃光騎士団。そんな厳しい組織のトップになる事が決められたリアに皆が同情していた。だから、他人に祈っている場合かよ、同郷の生徒は全員心の中でそうツッコミを入れていた。
――しかし、他国の生徒の方がリアの言葉を意味深に受け取っていた。
この学園に集まる新入生の殆どが『ナイアルス公国パーティス家の令嬢は、風の噂だが七歳の時にファイヤーリザードをアイスアローで凍らせるという神技を行使した』と言う噂を自国で聞いていた。
これはナイアルス公国上層部が、下手に隠すよりそのままの噂を流した方が欺瞞情報と思ってくれる、との判断だった。結果、真偽不明の噂で国外に伝わっていった。
密林でも無い城内に突然ファイヤーリザードが現れて、小さな女の子が炎属性の大型竜種を凍らせるなど、荒唐無稽の胡散臭い噂話と判断されたが、その様な噂が出るということは、それなりに傑出した何かを持っているのだろう。
面白がられてか、世間では『ナイアルス公国のお姫様は魔導の天才』と噂されていた。
おかしい。皆さんの態度がいつまで経っても
うぅ……わたし……友達出来るかなぁ。不安過ぎて式に集中できない。周りの顔色を窺っているうちに、入学式は終盤に突入していた。最後は生徒代表の合唱で終わるらしい。校歌や帝国賞賛の歌に、流行りの歌も数曲歌うとのこと。
「この世界、ホント歌好きね……」
ピクニック行くとホントに皆んなで歌を歌ったり踊ったりするのよ。家族で歌い踊るなんて昭和か! ってツッコミを入れたくなったわ。
舞台上では統一感無く派手に着飾った子達が歌っている。数名は確かに上手いが、後は声も出ていない様だった。
ふふふ、しかし……なんか派手な衣装ねー。下品とは言わないけど、もう少しシンプルな方が好きだわ。
「わぁ、貴族院合唱隊よ。華麗な衣装ねー」
「あれが現帝国妃の家系のジュリア様よ。綺麗だわ……」
「歌姫ジュリア様……あぁ素敵な声……」
ふむふむ、数名の歌唱力と、華麗な衣装と家柄で見せるわけね。もう少し、歌が上手い子が多いと映えるけど……所詮は文化祭レベルかぁ。
既に国ごとの列も乱れ、生徒達もバラバラになっていた。さて、どうしたものか……と友達作りの作戦を一人考えていたら、小声の呟きが聞こえてきた。
「私も舞台で歌いたいなぁ……」
そうか。あんな貴族院合唱隊でも憧れる子はいるのね。どんな子かしら、と振り向こうとしたところで、斜め後ろから、リズムに乗ったパーフェクトな音程の綺麗な声がし始めた。
ジロジロ見たら失礼よね……と、さりげなく振り向くタイミングを考えていると、ペシっという音と共に小声の注意が聞こえて来た。
「メラニー、歌声漏れてますよ」
「あん……ノーラさん!」
そうか、メラニーにノーラか。よーし、探して友達になろっと。ふふふ、忙しくなるぞー!
入学式が終わり、貴族院生活が始まった。
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