第二章 出会いは魔剣と紅茶と共に

お姫様は魔導の天才

第七話 お姫様は魔導の天才①

◇◇◇ 帝国歴 二百八十九年 九月


 王宮内の中庭


 一ヶ月ほど前、棒を持って森でウサギを追いかけ回していたら『あなたは王位継承権十二位なんですよ!』と侍従に強めに注意された。


 ……はい。十二位のリア・クリスティーナ・パーティス九歳です。木陰の芝生の上で物思いにふけっているのも絵になるナイアルス公国パーティス領の当主ニイロ・ミハエル・パーティス公爵の一人娘なの。


 はい。一応、お姫様です。

 ここ半年位で続けて身近な人達が人生の岐路を迎え旅立っていきます。正直寂しいです。


 専属メイドのナターシャは三ヶ月ほど前に結婚し、ここを離れました。何かと色々知り過ぎているので、相当な玉の輿だけどナイアルス本国の公爵家の次男だかに嫁いでいきましたよ。

 お相手は政治オタクで太り気味の地味男。故に女性の出会いに興味が無く、適齢期を迎えても浮いた話が無かったらしい。

 そこに、あの、ナターシャよ。ミスパーフェクトと呼ばれていた(わたしが個人的に呼んでいた)彼女は巧みな甘い言葉で相手家族を含めて籠絡。出会って半日で結婚を約束されたって。

 政略結婚っぽいけど大層相性が良かったらしく子宝にも恵まれたと連絡がありました。

 いやーん。

 ナターシャの子供早く見たい〜。

 ナターシャのほくほく顔も見たい〜。


 あと、タマラも来月にはお嫁さんになるのよ。元々大貴族の一人娘だったので、相手が見つかれば退団、結婚となるのが道筋らしかったわ。

 ただ、任務で精神にダメージを負ったとかで予備要員のフラワー所属になっていたの。その後も何度かタマラと話したけど昔と比べてテンションが下がってて普通の女の人になっていたわ。多分……メンタルを病んじゃったんだよね。

 で、トカゲ退治以降、ナターシャとは仲が良くてさぁ、美人二人のお茶会は何度も目にしたの。男の人がチラチラ見ながら無駄に横を通っていたのよね。そこで見初められたのかなぁ。

 ふふ、タマラも隅に置けないわね。穏やかな顔をした優しそうなイケメンと並んで歩いているのを一度だけ見たことがあるけど、お相手なのかな。


 あー、恋愛したい。ナターシャやタマラはリア充っぽく恋愛してるのに不平等だよ!

 わたし、彼氏いない歴十九年だよ。十七歳に二年足して十九年!

 リアちゃん九歳では恋愛は無理っぽいけど、せめて恋バナがしたい。恋愛成分が全然足りてないよ。


 ふーっ……さて、そろそろカーリンが探しにきちゃうから、他の場所に移動するかなっと。


 シートを片付けて鞄に入れているところで


「いらっしゃった! リア様、貴族慣習の勉強になると何故逃げるんですか‼︎」


 と声が聞こえてきた。少しの苛立ちと息切れと焦りを感じる声だ。おぉ、スカートが翻らない様に走っている。


 わたしの新専属メイド(専属の侍従)だが、ナターシャより『何かと強い』ので遠ざけてしまう。


「カーリン、何度も言うけど意味がある勉強に思えないのよね……」


 スッと立ち上がり、一目散に駆け出した。


 ここ二年ほどでリアちゃん体力向上計画は概ね成功したわ。五十メートル走なら八秒くらい。ボール投げなら二十メートルくらいはいけそうだ。


「ま、待ちなさい! 今日は別の大事な話もあるのよ!」


 何か言っているけど気にしちゃ負けよ。

 よし、次は騎士団の訓練風景を眺める事としよう。

 てててー。逃げろー。


「きっ、貴族院への入学が来年に早まります‼︎」


 に、入学! 止まれーっ!

 キュッと止まり反転して叫びながら一目散に駆け寄る。


「入学って貴族院への〜?」


 ぶつかる! と目を瞑ったカーリン。ギリギリに止まって目を開けるのをワクワク顔で待つわよ!


 案の定目を開けると「ひぇー!」ビックリして尻餅をついた。楽しくなって「わー」と、嬉しそうに合わせて叫んでみる。

 うふふのふ、早くて十二歳、普通は十三歳か十四歳ですよ、と言われていたので少し諦めていた。やった!


「いつからですか?」


 お尻を払いながら起き上がるカーリン。少し不機嫌そう。そりゃそうか!


「来年と言いました。次の誕生日を迎えて十歳になります。準備もあるので来年の三月中旬には出立となる筈です」


 リアちゃんの誕生日は十一月だ。早生まれじゃ無くて良かった。


「ですから、貴族慣習の勉強は詰め込みで終わらせないといけません!」

「臨むところだよ‼︎ あっ、いえ、わかりました。一層勉学に励み首席で卒業できる様に誠心誠意努力する所存でございますわ」


 目を瞑り人差し指を立ててビシッと注意している。はい、お説教ね、ではさようなら〜。

 音を立てずにダッシュする。剣道のすり足は音がそんなに立たないのよ!


「いまの会話は零点! まずは当主様に呼ばれております。当主様のご尽力があったからこその入学なのですから……」


 背後から聴こえてくるお説教を無視してお父様の事務所に全速ダッシュ中。


「リア様っ‼︎ 話を最後まで――」

「――後で聞きます。連絡ありがとー!」


 庭にカーリン一人残して扉に入る。ふと気になったので、そっと聞き耳を立ててみる。


「あーのーお転婆! みっちり鍛えてあげますからねっ!」


 ヤバい……怒られるー。そうなのよね。カーリンは何かと強いのよねー。



◇◇◇ 帝国歴 二百九十年 三月


 リアの自室


 貴族院へ入学する為の出立前日の夜。

 感覚的には留学よね。県外合宿は良くあったけど海外は初めて。

 うふふふふ、ワクワクがもう止まりません。これから三年間で必要な着替えや身の回りの品は一週間ほど先に行ったカーリンが整理してくれている。

 後は私物少し。今の愛剣である文鎮(墨斬丸と名付けた)と選びに選んだぬいぐるみを大事に入れる。

 さて、準備万端。おやすみなさい。


 その日の夜、あの夢の声を聞いた。



【わたしは夢を見る】


「助けて、助けて。苦しい」


 また闇に堕ちる。あぁ、私は周りの人を助けたい。

あぁ、どうすればいいの。もう仕方がない。遅かったのよ。こうするしかないの。

 わたしじゃないわたしは決意する。


「さようなら。託します。あなたに託します」


◇◇


 飛び起きる。夢は覚えていない。絶望と悲しみと……希望? 感情だけが残っている。

 ふと少しだけ涙が出ていることに気付いた。勢い良く袖で拭ってベッドに深く潜り込む。

 何か意味があるのかな……と考えるうちに、また眠っていた。


◇◇


 さぁ、今朝は帝国入りの旅の始まりだ!

 馬車に乗り、いざ帝国へ! と気合いを入れたが、馬車は城内地下に向かった。


 まさか、ドッキリなの! 『貴族慣習の特別補講』とかじゃないよね。


 いぶかしんでいると隣に座る護衛騎士のエメリーが教えてくれた。エメリーは閃光騎士団では無く近衛騎士団所属だ。女性ながら指南役を勤めているらしい。かっこいいー。


「ゲートは初めてですか? 私は四回目です」

「ゲート?」


 窓の外を見ていたがエメリーに目をやる。すると丁度馬車の中が暗くなった。地下ホールに入ったようだ。


「はい。転送ゲートです。この国にはゲートは九つあります」

「九つ……ある?」


 また外に目をやる。薄暗いので、奥は真っ暗。広い……先が見えない。


「あっ、はい。説明を。転送ゲートとはゲート同士で転送可能にする魔導装置です。移動だけではなく、例えば下水をピラナシ火山の火口に排出するという役割もあります」


 知らないことだらけだ。後で聞いたが防衛に関わるのでゲートの場所は国家機密のなかでもトップクラスらしい。


「これから通るのは、帝国領へ向かう際のゲートとなります。防衛の為に二段階で進みます」

「へー。エメリーは博識ですね」


 軽い気持ちで尊敬を表したのだが、ちょっと照れている。

 ギャップ萌え! 閃光の子達もキャーキャー言うわけだ。美人だし宝塚っぽい。応援うちわ作らなきゃ。


「設置の目的の殆どは軍事目的ですね。なので防衛にはこの辺りの知識は必須……」


 会話途中だが背筋が凍り、ビクッと震える。まるで二年前のトカゲを見た時を思い出す。

 辺りを見回すが、皆、特に緊張している訳では無さそうだ。


「もしかして、何か敵意を感じましたか?」

「あっ! そうです。まだ肌が泡立つ感じが……」


 エメリーが感心している。


「良いことです。この感じは覚えていてください。今は恐怖することはないですが警戒すべき感覚だと」

「警戒?」


 何を警戒するの? と聞こうと思ったが、エメリーがゲートの両脇の柱をそれぞれ指先で指す。

 見た瞬間に叫び出しそうになり手で口を抑える。全身が総毛立つ。


「……な、何あれは……」

「あれがナイアルス公国の魔導技術の集大成。悪人からすれば悪魔の所業と罵られる、『永久魔導封滅刑』の受刑者です」


 言葉が出ない。あの柱から膨大な魔力と共に人間の意思を感じる。


「あれと同じものが国内に二十四柱あります」


 この国が莫大な魔力を市政に振る舞うことができるのは、この技術があるからこそなのです、とも言った。


「信じられないっ! 人間を閉じ込めて魔力だけを放出させている……」


 エメリーが即反論する。


「だが、彼らは罪人です。それだけの罪を犯しています」


 エメリーの顔をじっと見るが、何かを誤魔化している節はなさそう。


「数人殺しただけでは封滅刑にはなりません。彼らの所業は全て歴史書にも載っています。定期的に検証さえされています」


 法学者どもめ、と腹立ち混じりに小声で言う。


「いえ、すみません。書を読むと、封滅も当然に思えてくるので……」


 あぁ、知らないことだらけだ。まぁ十歳児が聞くことではないのだろうけど。


「すみません。気分を害してしまったでしょう。この話はもう止めましょう」


 言葉を失っていたので、エメリーが少し心配そうだ。


「はい。少しびっくりしただけです。大丈夫です」


 馬車が柱の間を通る。目は瞑らない。見えない方が怖い。見たくはないので前をじっと見る。緊張して両手をぎゅっと握り締める。

 すると、エメリーがさっと手を握ってくれた。


「怖くはありませんよ。彼らは何もできないですから」


 イケメン! これはもう事案ね。少し嬉しくなり、はいっ、と明るく返事をする。


 感情の起伏がジェットコースターだ。ゲートを越えて安心したら急にうとうとする。

 イケメンのエメリーはわたしが眠そうな気配を感じたのか

『まだ帝国に着くまで二時間ほどかかりますよ』

 と柔らかい口調で教えてくれた。


 そう……と返事をした辺りで記憶がない。寝てしまった。


 気づいたら毛布がかけられていた。

 寒い。

 車窓から周りを見渡すと一面雪の中だ。


 どうもゲートを出て国境に向かっている途中らしい。ゲートから国境まで一時間ほど。国境から帝国内のゲートまで一時間。

 二週間の山道が二時間の旅路に変わる。


 寒さと雪道の単調さで、また寝てしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る