わたしが守ってあげるから

第五話 わたしが守ってあげるから①

 宿舎の影から数メートルはあるトカゲの巨体がぬっと現れる。どういう訳か、口から舌と一緒に炎がチョロチョロと漏れている。


「ファイヤーリザード‼︎」


 叫ぶタマラの大きな声にびっくりしたが、先ずはトカゲを観察。ほほう、ファンタジーって感じがしてきました!

 しかし見ているうちにワクワクやドキドキが減ってきて、焦りや恐怖が増していく感じ。暗い夜道で知らない男の人がコートを捲って変なモノを見せつけながら追いかけてきた時を思い出す。

 いや、その何十倍も気持ち悪い。

 何か……底無しの悪意を向けられている感じ。


「密林の奥じゃないんだから、何故!」


 おぉ、タマラは冷静よ。頼りになるわね、と思っていたがピクリとも動かない。


「ねぇー、逃げないとー」

「何故……何故……」


 呆然として目を見開き、口が空いたままだ。

 ファイヤーリザードはこちらを見ると、獲物と認識した様だ。のしのしと歩いてくる。


「うわっ、タマラ、タマラ!」


 ヤバいよ。あれっ? 聞こえていないの?

 身体を揺さぶっても反応がない。周りを見渡すと他の団員はもっと酷かった。オロオロと逃げ惑ったり泣き出している者や、気絶している者までいる。


 えーっ、そんなに皆トカゲ苦手なの?

 オタオタしていると、二十メートル先から馬より大きいトカゲの化物が迫る。


 もう一度、じっと見てみる。うん、やっぱり見てると無駄に焦ってくるわ。宿題を忘れた時に苦手な先生が近づいてきた時より焦るわ……って焦ってる暇ないよ!

 食べられちゃう! リア! 考えろ、考えろ! どうする?


 リアと亜里沙の記憶を全力で漁る。

 男子ラグビー部の子が気絶した時にヤカンから水をかけられていたのしか思い出さない。

 えーい! タマラ、ゴメンね!


 棒立ちしているタマラの膝裏に後ろから思いっきり蹴りを入れる。七歳児の非力なキックじゃ反応無し。

 ダメか……じゃあ次っ! 大声で叫ぶ。


「タマラ、筆頭騎士アマリア亡き今、慣れない代理務めご苦労! 聞いているか、タマラ筆頭騎士代理っ!」


 リアちゃんの記憶から騎士団の訓練風景を思い出す。

 ほらほら、極限状態でも倒れていても命令には絶対服従でしょ! そう訓練されたでしょ!


「……あっ、リ、リア……」


 混乱している様子でこちらを見ている。

 よしっ続ける!


「我が騎士団の右翼は壊滅、中央は突破されている、状況は最悪、あれ? 突撃……違う!」


 ダメだ。命令口調のセリフなんて出てこないよ……。


「お前ら、敷地をランニング十周! その後で腕立て百回‼︎」


 ほぼ部活の先輩が言いそうな台詞になってきた。


「ふれーっ! ふれーっ! せんこーきしーだん! それっ、ふれっ、ふれっ、せーんーこーっ!」


 応援団風に腕を振り回しながら他の団員にも聞こえるように叫ぶ、が返答無し。

 他の団員も震えながらこちらを見ている。


 いやーっ! あと十メートルよ!


「みんなー! 我ら勇猛果敢ゆうもうかかん! いつも不撓不屈ふとうふくつ! 走れば疾風迅雷しっぷうじんらい、勝てば焼肉定食やきにくていしょく、ゲットするぞ勝利の女神〜!」


 無視されているように誰も動かない。

 心なしかトカゲがニヤリとしたように見えた……バカにしてる気がする。

 わたし、このまま何もできないの?


「勝利のめがみ……み、みんなー、みんな……たすけ……助けてよーっ!」


 

 もういやだ!


「わーっ! おかーさまーっ!」


 思わず見たことも無い母に叫ぶ。


 すると、近くに懐かしい気配を感じた……気がした


「えっ……?」

「リ、リア様! 私は……何を?」


 タマラの目の焦点が合ってた! やったぁ、戻ってきた。涙をさっと拭いて叫ぶ。


「よーし、タマラ、命令するぞっ!」

「は、はいっ!」


 こうなりゃやる事は一つ。


「わたしを担いで走って逃げろーー‼︎」

「はいっ‼︎」


 ビクッとして全て理解したタマラはリアを肩に担いで駆け出した。足を前に、頭を後ろに担がれて全力疾走。


「わーお……」


 トカゲも標的が逃げ出したことに気づき、ペースを上げてドスドス追いかけてくる。


 わーい、タマラ、速ーい! でも突き放す事もできない。他の団員はタマラ達を目で追いかけはするが、まだ立ち上がれない様子。それを見ると走りながら息を吸い込みタマラが一喝する。


「お前らーーー! 弛んでるぞーーー‼︎」


 流石の大声よ。皆さんビクッとして正気を取り戻し始めた。


「標的はリア様だ! ラリー……は居ないか、近衛でも影でも良い、早く呼んでくれ!」


 指示を叫びながら走りは止めない。


 よしっ、わたしも戦闘開始だ!

 まず、ベーっと舌を出して威嚇。


 全く効果なし……コンニャロー! そっちがその気ならこっちも全力だ。


 精神を集中。氷の槍をイメージして精霊にお願いする。手から水が出て三十センチほどの細長い氷の塊ができる。


「吹き飛べ!」


 風の精霊にお願いし、塊を飛ばす。ひゅん、と飛びトカゲの頭に当たる。氷が弾けて少し血が出た気がする。


 やったぜ!


「ブフゥ〜!」と息を吐き、犬の様に首を振っている。


 あれっ? なんか不機嫌になった?


 急に止まって喉が膨らみ始める。


「えーっとタマラ。何かヤバい。トカゲが何か吐き出しそう!」

「えっ! ホント? それはヤバい」


 後ろを見もせずに思いっきり横に飛び退く。横っ飛びしたタマラの背中の上に弾みで正座する。その瞬間、サッカーボールくらいの火の玉が飛んできた。間一髪外れて、宿舎の壁に当たり爆発した。ベタッと煉瓦の壁にくっついて燃え続けている。


 あんなのに当たったら骨まで燃えちゃう!


 しかもタマラは飛んだ瞬間に足を痛めたようで立ち上がれない。


 すくっと立ち上がってタマラの前に飛び出すと、トカゲは十メートルほど前まで来て立ち止まっていた。

 じっと見ていると、トカゲの目がニヤリとしたように見えた。なんかさぁ、あのトカゲ、余裕綽々でバカにしてるような気がするんだよね。


「ファイヤーリザードは氷が苦手なんです。でも皮膚が硬いので並の氷魔法では怒らせるだけなんです!」


 足を抑えて倒れたままのタマラが叫ぶ声を聞きながら決意する。


 よーし、決めた!

 トカゲを倒してわたしが皆を救うわ。


 では……もっと硬く、もっと冷たく、もっと強い氷がいるっ!


 まず水、水、大量の水……ってどこ?

 池は無い。川も無い。水道も無い。

 えーっ? どうすれば……あっ、空気中の水分だ。


「精霊達、ここら一帯の空気から水分を取り出っせーぇっ!」



――パンっと音がして水の塊が現れる

 物体が突然現れたため、集められた水の周りの空気が音速を超えて音がした。空気中には水分が一立方メートル辺り十cc程度含まれている。リアの『ここら一帯』のイメージは直径百メートル程度の円。精霊達はリアの命令に従い、大凡八十リットルを掻き集めた。



 はい、次っ! 形! 強い形は、つらら……より弾丸だ! 弾丸の形。水の成形はお手のもの。


「強い形になーれっ!」



――水の塊が戦車の砲弾のような形になる



 はい、次ーっ! 冷たくなれ、温度下がれ、凍れ! よしっ、派手にいくよ!


「絶対零度になーれ。分子の動きよ止まれーっ!」



――キンっと甲高い音がして瞬時に凍結



 はい、じゃあ最後かな! イメージは憎っくき歯医者のドリル。


「ドリルは怖いぞ。グルグル回転しろーっ!」



――弾丸の中心を軸に徐々に回転数が上がる



 この時、自分の身体から何かの力が殆ど無くなっている事に気付いた。が、気にしない。後で倒れよう!


 よーし、仕上げよっ!


「風の精霊。いやっ、風で飛ばすんじゃない。空気砲にしよう。空気達よ固まれ、うりゃー、固まれーっ!」


 空気を両手で押し固めるジェスチャー付きだ。



――極度に圧縮された空気が凝縮熱を放出する

 陽炎越しに見える弾丸はこの世界で最も冷たく、また破壊に特化した形状で、恐ろしく速く回転している。



「リアちゃん特製の弾丸! じ、準備完了……」


 もう、ふらふら。

 ニヤッとトカゲに微笑みかけるとトカゲは慌てて喉を膨らませた。がもう遅い。


「弾けろ空気、飛んでいけ弾丸、トカゲを吹き飛ばせ!」


 指鉄砲でトカゲの頭に狙いをつける。


エアーAir プレスPress フリーズFreeze スピンSpin デストロイDestroy ショットShoot……」



――思いついた英単語を呪文っぽく並べて唱える。適当に並べたつもりだったが、オタクの幼馴染が一ヶ月ほど毎朝テストしてきたAPFSDSという謎の単語の影響を受けていた。そして、それは、偶然に装弾筒付翼安定徹甲弾(そうだんとうつきよくあんていてっこうだん)という前世で最強の砲弾を意味していた。

 そう、偶然だ。いや、幼馴染のオタクの目論見通りだ!



「略してーっ、A・エーP・ピーF・エフS・エスD・ディーS・エース! 撃てーっ!」


 爆発音と共に圧縮された空気が一気に解放されるとタマラと一緒に数メートル吹き飛ばされた。

 絶対零度の弾丸は高速で回転しながら飛んでいき、戦車砲さながらにトカゲの頭部を貫通して大穴が開いていた。恐ろしい事に、血が噴き出る暇もなく体の中から凍り始め、数秒で氷の彫像と化してしまった。


「あっ、しまった。えーっと、ちゃくだーん着弾いま


 意味はわからないんだけど……前世の幼馴染のアイツは砲弾を撃ったら『着弾、今』って言えってしつこかったな。わたし素直だから教わったことは守るタイプなのよ。


『小娘一人殺せぬとは……不甲斐ない……やはり神の力に頼るか……いや、油断しただけだ!』


 ふと悪意混じりのおっさんの声が聞こえた……気がした。その瞬間、確かに悪意の塊の様なものが上空に飛び去った。周りの空気が落ち着きを取り戻したように感じる。


 状況を確認。あっ、タマラは腹ばいで倒れてて、わたしはその上で正座してるー。気絶しているタマラに気づかれないようにそっと降りる。


 ふー。助かった、と思いながら意識が遠くなる。


「リア様〜、タマラ〜! 大丈夫なの〜⁈」


 叫び声が聞こえる。団員達がこちらに駆け寄る。近衛騎士団も現れ始めた。


 よしっ。変な悪意も無くなった……ぞ……。


 安心しながらタマラの上に倒れ込む。昨日に引き続き気絶してしまった。

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