第四話 何かが来る②

◇◇


 ふーむ、流石に王宮内は家みたいなもの。頭の中にしっかり地図は入ってるなぁ。でも、武器庫とかリアちゃんが行かない場所は分からない。つまり、ただ記憶を受け継いだだけかな……。

 よしっ。まずは厨房に向かうか。


 思春期の女子の食欲を舐めてもらっては困るよ。薄っぺらいサンドイッチ二切れとクッキー数個ではブランチには足らなさすぎる。この国は朝晩二食が普通だって! それを聞いただけで更にお腹が減る。

 朝昼晩は食べたいよねー。もっともリアちゃんの方は朝にパン数切れでお腹いっぱいになっちゃう子だったけどね……。

 よし。栄養改善だ。小学校二年生位だよね、七歳って。もう少し体は動いた記憶があるなぁ。スタイルを気にするなら食べた分だけ動けばイイのだよ。


 帽子を両手で抱えて厨房のドアを開ける。


「こんにちは。お腹空いたので何かください!」


 初対面は元気が大事。あっ、面識はあるか……。

 そう。厨房の記憶もしっかりある。ジェニーと言う若い女性調理師と仲が良い。

 彼女は何とパティシエール菓子職人なのよ。

 うへへ、カスタードクリームやカラメル、パンプティングが得意。


 食が細いリアちゃんを気にして見掛ける度にお菓子やフルーツをそっと渡してくれたの。そのうち厨房にも顔を出すようになったのよね。最近は二人で小さなお茶会もするのよ……って、あれっ? 餌付けされてた?

 ふふっ、まぁ良いか。報酬はスイーツよ!


「残念、ジェニーは少し出掛けてるよ」


 あら、総料理長のエリックさんしかいないか。

 それにしても対応が少しおっかなびっくりね。まぁ、リアちゃんのお母様が亡くなったことは内密とはいえ知らされているでしょうし。

 泣き出さないから安心してよ!


「じゃあ、エリックさん、何か美味しいものをお願いします!」


 声を掛けると何だか感激しているようだった。いつもはジェニーが居ないと、人見知りが発動して逃げ出していたからかな。エリックも出来る限り優しく答えてくれてたのにダッシュだったからなぁ。リアちゃんの恥ずかしがり屋さんめ。

 突然、傷心の美少女に『自分で良い』と言われりゃ嬉しいか。


「私で良ければ何でも作りますよ! 何が食べたいですか?」


◇◇


 交渉は上手くいったぜ。

 戦果はローストビーフサンド、シャーベット、生ジュースという豪華三点セットだ。


 意気揚々と厨房を出て庭に向かった。


 庭にある大きな木の下の木陰でシートを広げていた。ここまで二十分ほど。城の裏手の奥。ここで花を摘んで、鳥の歌声を聞くのが大好き。

 さぁ、生きるためだ。ご飯食べよう。


 ゴソゴソと手提げ袋を漁る。

 美味しそうなサンドイッチとジュースとシャーベットをあらためて確認。


 エリックさんも控えめに言ってサイコー。


「では、いただきます」


 まずはサンドイッチから。おおっ、リアちゃんの小さな口でも食べられる様にカットされている。


「おいしい……」


 のどかな風景に耳を澄ます。自然の音、遠くに人の声、馬の嘶き。自然の音しか無い。


 スマホは勿論、テレビもラジオすら無い。

 さっきの厨房にあったコンロもガス管があるわけではなく、魔法、正確に言うと魔導で炎が出ているらしい。

 水もそう。水路は無いけど水場は城のあちこちにある。

 トイレは水洗。ビデまで完備。トイレの横にあるお尻を洗う陶器で、跨って洗うシステム。なんか背徳的だけど、リアちゃんが使い方をナターシャからしっかりと学んでいたので違和感なく使えた。

 いや、何考えてたっけ……そう、日常の魔法。

 トイレや水場も、どこかの川から水を引くのではなく、魔導で新鮮な水をその場で生成しているらしい。

 城にはクーラーもある。それも魔導。現代文明の電気みたい。魔力、つまり精霊の力が万能の力を持つ。

 ただ、魔力を自分達で使うことができるのは、要するに手から水や火を出せるのは貴族のみ。


 でね、魔力を使える人は全て貴族なの。あっ、逆かな? 平民で魔力を持って生まれた子は漏れ無く貴族にするらしいの。

 逆もあるらしい……コワイ!


 思わず足がパタパタする。落ち着くために冷えたシャーベットと果物ジュースも頂く。


「ごちそうさまでした」


 ふー。お腹いっぱいだ。

 さて、そろそろ騎士団の訓練も見に行こう、と昼食を片付け訓練場に歩き出す。

 暫く歩くと馬上の女性達が並んで行進しているのが見えてきた。彼女達の掛け声が風に乗って聞こえる。


 あっ! やった、『閃光騎士団』の儀礼訓練だ。


「はぁー、カッコいい」


 思わず漏れる呟き。

 スマホが無いのが悔やまれる。正装しなくてもこの艶やかさ。

 大きく息を吸い込み一気に喋り出す。


「そう、全員が女性なのよ! しかも優しい騎士団なの。伝統として剣技、戦術を学ばない。平和な時代が来ることを願い、何代か前の国王が武装放棄を決めたとか。ステキよっ! でね、儀礼や祭典はお姉様方が担当するから、他の国に出張に行くことも多いのよ。なので、他国からは正式な国家騎士団として扱われてます! それとね、教会のお仕事を支援することになっていて、大規模な災害にも派遣されるのよ。難民保護とか治療とかのスペシャリスト。戦争より活躍する機会は多いから国民の人気も高いんでーすっ!」


 はぁはぁはぁ……あまりの尊さに独り言らしからぬ声量で叫んでしまう。

 リアちゃんはコアなファンだから布教活動の練習もしている。好きが溢れてか、凄い早口になって、これだけはナターシャに引かれるほどよ。


 しばらくの間、夢中でじっと見つめる。


 へへへー、流石は、わたしの未来の職場。

 代々筆頭騎士はパーティス家が拝命されるのが伝統。十二歳で貴族院に入学、十五歳で騎士団に加入して、センター筆頭騎士を目指すのよ……ってアイドルグループか!

 前世ではそういうの推し活にハマらなかったから、ちょっとリアちゃんに引いちゃう。


 ここで自分がセンターで皆を従えて、国民の前で歌う姿を想像してみる。


「クッソだるい……」


 思わず声が漏れる。

 いや、歌わないけど。

 あと歌と言えば、閃光騎士団を揶揄う歌がある。他国の酒場で荒くれ男達によく歌われるのよ。



 ナイアールの閃光は

 綺麗な制服何するつもり

 五日遅れてやってくる

 七日遅れて仕事する

 腰の鉈しか振れません

 敵も味方も分かりません

 影も光も分かりません



 閃光騎士団は災害派遣がメインの職場。だけど国を代表する騎士団、つまり国家騎士団なのよ。でもね、『戦闘しない騎士団に価値は無い』なんて人達は多いの。

 それを茶化して腰の剣を戦闘には使えないなた呼ばわり。この歌も、他国の酒場でナイアルス公国出身者を馬鹿にする時に良く歌われるんだって!

 ジェンダー問題よ! セクハラよ!

 マジにリアちゃん激おこ。


 まぁ、お国の見解としては「このような歌が他国で歌われるのは、それこそが平和という事を表しており、非常に好ましい」と黙認ですって。

 実際はね……『影の騎士団』って組織があって、それを隠蔽できるから良しとしている、なんてナターシャが教えてくれたよ。


 何か少しバレてない?


 うちの国、ポンコツなのかなぁ。ちょっと心配よ。

 取り敢えず、リアちゃんに引っ張られてか、推しグループがバカにされてる感じでムカつく。幾ら制服が綺麗と言われても、ねえ!


 プンプンしてると訓練が終わったみたいでお姉様方が集まってきた。


「リア様、視察ご苦労様です。それにしても大丈夫ですか?」

「お母様のことはなんと言ったら良いか……」

「ダメよ、アマリア様のことは機密事項よ。リア様にご迷惑をおかけすることになったらいけないわ」

「お身体は大丈夫ですか。心配しましたよ」


 矢継ぎ早に声をかけられて戸惑う。

 しかも撫でるわ、抱き抱えるわ、頬にキスするわ、どう考えても扱いだ。

 まぁお姉さま達からしたらリアわたしアイドルおもちゃ的ポジションなんでしょうけどー。しかも母親が死んだばかりの七歳の女の子よ。そりゃ撫でくりまわして慰めたいわよね。


「ぐむむっ、ぷはっ、苦しい……」


 うんうん。もう大丈夫だよ。だから離れ給え。

 美人のおっぱいに埋もれて窒息するのは世の男なら本望かもしれんが、わたしゃ嬉しくないよ!

 こちらの機密事項だから言えないけど、わたし的には『知り合いのお母さんが亡くなった感じ』だから、もう大丈夫。


 うふふ。でも、皆さんの優しい真剣な瞳が少しだけ潤んでいるのが凄く嬉しいから、もう少しこのままで居ようかなー。


 美人のお姉様方に囲まれて柔らかな物体の感触をニコニコしながら目を瞑って味わっていると、次第に皆さんが怪訝な顔で離れていく。


「ん? どうしたの?」


 自分で声を出して始めて気づいた。

 涙声だ……わたし泣いてるんだ。


「リア様……大丈夫ですか?」


 なんだろう? 賑やかな方が悲しくなるみたい。もう我慢できない。どんどん急に悲しくなる。


「うぅっ……うわーーん」


 大泣きだ。ダメ、感情を制御できない。両手で涙を拭くが大粒の涙が拭いたそばからポロポロと地面を濡らしていく。静かに想いに耽るのは大丈夫だけど……まだリアちゃんは悲しいわよね。

 すると、現センター、もとい、筆頭騎士代理のタマラがそっと抱きしめて優しく頭を撫でてくれた。


「ほら、リア様。悲しいですもんね。泣いて良いんですよ」

「ぐすん……お母様はこんなに柔らかい抱き心地じゃなかったわ……」

「じゃあ、リア様はお母様似なのでスリムな体型になると思いますよ」


 タマラを睨みつけるとニコッとしてくれた。


「ありがとう、タマラ。大丈夫です! 賑やかな方が哀しくなるの。もう大丈夫!」

「そうですか……お母様のことはお悔やみ申します。それにリア様も病み上がりなのでご自愛下さい」


 確かにナターシャが探しにきてしまう。心配をかけるのはやめよう。


「分かりました。今日は帰りますね。皆さん訓練お疲れ様でした。大変綺麗で誇りに思います」


 精一杯のニッコリ顔で伝えると、皆の顔が綻び笑顔になった。うわっ、美人達の笑顔……眩しすぎる。


 じゃあね、またね、と挨拶しながら笑顔で宿舎に戻っていった。


「はい。また視察に来てください。隊員も気合が入りますので」

「はい。また参ります。では、さようなら」


 タマラと挨拶していると、少し変な声が宿舎のある方から聞こえてきた。


「何なの、あのトカゲ、どこから?」

「えっ、うそっ! こっちに来る!」


 キャーキャーと悲鳴も聞こえる。タマラが儀礼用の剣を抜き、わたしの前に出る。


 わたし達の前に、何かが来る。

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