プロローグ
目覚めは鳥の鳴き声と共に
【わたしは夢を見る】
まただ、この夢
真っ暗な闇の中、そこだけは柔らかく明るい。
温かな春の日差しの中で、美しく若い女性と花園で花の冠を作る。
温和な表情。優しい声。それでいて強い意志の声。
わたしは彼女を母親だと知っている。
わたしには母はいない。
だが、あれは母だ。ほら、こんなに優しい気持ちになる。
あぁ、今日ももう終わる。終わってしまう。
いつもこの夢はすぐに終わる。
すぐにわたしは暗闇に堕ちる。
そこで地獄の亡者どもはわたしの身体を貪り食う。
永遠に続く苦しみ。
何故、何故、わたしはこんなに苦しまなければいけないの?
助けて、助けて、助けて……お母様。
◇◇◇ 何処かの部屋のベッドの上
「……何の鳥?」
浅い眠りの中で何か夢を見ていたが、鳥の囀りが聞こえてきたところで忘れてしまった。あまり聞いたことのない鳴き声だな、と思い返したところで、はっとする。
頭痛も、関節の痛みも、呼吸の苦しさすら全く無い。
入院して三か月……こ、こんなに体調が良いのは本当に久しぶりよ!
とりあえず体を起こしてベッドの横の窓から外を見る。早朝らしく朝露に濡れた木々の緑が綺麗だ。数本の木々の背後に石造の建物が見える。
「隣の病棟が見えていたはずだけど……」
まだ頭がぼーっとする。声もか細い。少し泣いていたのかな。頬がまだ濡れている。
ふと気付く。
そうか、また寝てる間に病室を移動したのかな。
ここ数日は目が覚めると検査室にいたり、酸素マスクが装着されたり、最後の記憶ではお腹から変なチューブが数本生えていた。泣きながら微笑んでいる父ちゃんの顔を朧げに覚えている。あぁ、もうダメなんだろうな、と諦めたのも覚えている。
治療が上手くいったのかな。そうなら嬉しいな。また学校に通えると嬉しいな。
取り留めなく考え事をしながら、ぼーっと窓の外を見ていると、木に赤い鳥が止まり、あまり馴染みのない声で囀り始めた。フィーフィーという鳴き声の鳥。唄うように鳴いている。鳴き声に誘われてか、もう一匹同じ鳥が枝に止まる。
ふふふっ。合唱が始まった。二匹で和音を重ねる。ナイアールの合唱。好きだな。あまり朝は得意じゃないから、たまにしか聞けないけど。
「……って、ナイアールってどんな鳥よ! 外国っ? 外国なのっ? 和音を重ねる鳥ってバズるよ! 私のスマホどこよ?」
思わず部屋に一人なのに声が出る。
いやいや、ナイアールは国鳥だよね。この鳥を観にくる観光客も多いし。
んんっ⁇ 名前やイメージが二重に浮かんでくる。夢と現実がゴチャゴチャになってる時みたいだ。
鳥といえば、えーっと、ホトトギス、ウグイスにカラス、スズメ、だよね。ホトトギスの鳴き声は『ホーホケキョ』。
あれ? 他に頭の中にいる鳥が、ナイアール、ファルクラ、メルカバ。鳴き声といえば『カラカラカラッ』と高音で鳴くファルクラですね。メルカバは黄色のトサカで羽が四枚。
んーと……だから何処の国の動物園よ、私の頭の中。
改めて部屋の中を見渡す。見たことのない調度品ばかり。病室というより高級ホテルだ。
おおっ、もしかして寝てる間にリゾートホテルか何処かに連れられた? ありがたいぜ、父ちゃん。
しかし可愛い部屋だな。最高だよ。剣道やってるからって、侘び寂びと質実剛健が選ばれがちだけど、この部屋はバッチリだぜ。
おしゃれなサイドテーブルにはレースのテーブルクロス。花瓶には綺麗な花が刺さり、置いてあるコップすら凝った装飾だ。
「か、可愛い。オシャレ! だからスマホどこよ!」
また、思わず声が出る。
天蓋付きのベッドに大きなぬいぐるみ。極め付けはロリータファッションのドレス。
某テーマパークの高級ホテルかな。
もしかしてドレス着させてパークを一緒に回る気なのかな。少しやりすぎだぜ、父ちゃん。気持ち悪いよ。ここでドアが開き、タキシードに身を包んだ父ちゃん登場なら大笑いだけどな。
想像を膨らませてニヤニヤしていたら、本当に扉が開いた。
「失礼します」と女性の小声。
部屋の中の住人が起きているとは思っていない、職業的な最低限のマナーの『失礼します』だ。
扉が開くと、なんとメイドが入ってきた。体を起こしている姿を見て、お盆の上の水差しが床に落ちる。
「リア様! お気づきになられましたか。よかった……すぐに旦那様とお医者様をお呼びします!」
ブロンドの美人メイド。メイド喫茶だ! しかも旦那様ときたよ。うぷぷっ、幼馴染のオタクなら大興奮!
だが自分の口からは思いと違う言葉が飛び出た。
「心配をかけました、ナターシャ……」
記憶に沿って口や体を動かしている感じ。
懐かしさと言うか安心感が急に溢れて、自然と目が潤む。それでいて姿勢はピンとしている。
わーお、わたし深窓の御令嬢って感じ。演技というか、憑依というか、女優の様にお嬢様になりきりよ。
「少々お待ちください! すぐに‼︎」
「宜しく頼みます」
バタバタと嬉しそうに扉から出ていく。ドアはそっと閉めるところが上品だ。役になり切って、部屋に一人なのに潤んだ目を上品に指で撫でる。が、ふと違和感を感じる。
えっ、こんなにわたしの手、小さかったっけ?
まじまじと自分の手を見る。真っ白で華奢でマメや擦り傷の一つもない、正しく『お嬢様の手』だ。
ふと気付き、体が恐怖でブルッと震える。見えている景色の高さがいつもより低い! 慌てて指や腕を観察する。小さく細い。毛布越しに見える足も小さく細すぎる。
何が起きたのっ? 怖いっ!
腕を抱え不安に震える。病気の影響なの?
はっとしてサイドテーブルや周りを見渡し自分のスマホを探す。自分の姿を確認したい。でもスマホない……どこにやっちゃったのよ。ベッドの上からキョロキョロと探す。
「あっ鏡!」
箪笥かドレッサーか、その横に姿見があるのに気づいた。少し震えながらベッドから降りようとする。下半身に掛けてある毛布からそっと足を出す。可愛いドレス風のパジャマから見える足は幼女と言って良い小ささだ。
マジかっ! いくら筋肉が落ちても縮むとは聞いてないよ! 怖っ‼︎
病気か薬の影響かな、と考えながら床にそっと降り立つ。ベッドが高い。いやっ、わたしが……低い。背も縮んでしまった。トテトテとおぼつかない足取りで姿見の前に立つ。そこには長い髪の華奢な外国の幼女がいた。
あら、可愛い子……じゃない!
「誰よこれっ!」
その瞬間、十七歳の女子高生の頭の中に、七歳のお姫様の記憶が溢れ出した。膨大な情報を脳が処理できない。目眩と吐き気に襲われうずくまる。
「気持ち……悪いよ……」
と呟いたところでナターシャが戻ってきた。
「リア様! 大丈夫ですか?」
「おぉ、クリスよ、気持ち悪いのか」
一緒にバタバタと入ってきた知らないおじさんに簡単に抱き抱えられる。お姫様抱っこだ。顔を見る。知らん。だけど口から出た言葉は全然信じられないものだったの。
だって――
「お父様……」
――の一言だったのよ。自分で口に出しておいて、ビックリよ。でも、この日の騒動はこれで終わりじゃなかったの。
急に
「クリス……落ち着いて聞いてくれ。お前の……お前の大切なお母様が死んでしまった」
そのあたりで、わたしはお淑やかに気を失って、もう一度眠りの世界に入っていったわ。
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