今年の思い出

「香菜、わかるか?」

「ごめん、わからない」


 AIは尻尾を見せない。

 でも「生活」という線は悪くない気がする。


「あまりに一般的な質問じゃ駄目みたいだね。もっと何だかAIが知らないような特別な質問をしなくっちゃ」

「AIが知らないような特別な質問。――あっ!」


 思わず自分の口角が上がるのを感じた。

 ここに来て、日々適当に見ていたTwitterで得た知識が役に立つとは!

 Twitter閲覧時間が無駄な時間だと言ったのはどこの誰だ!


 僕は改めて挙手をして、五人に次の質問を投げかけた。


「みんなが、2022年で一番思い出深かったことを教えてほしい」


 それぞれが顔を見合わせる。

 それから四人共、頷いてくれた。

 香菜は僕に協力の意思を伝える代わりに、自分自身から話し始めた。


「友達と一緒にパリに行ったことかな? コロナもおさまってきたから思いきって海外旅行してみたんだけど、もう向こうじゃだれもマスクしていなくて、それが一番ビックリした」

「僕はPixivでAI画像ばっかりがアップロードされてたことかな。世界の終わりを感じたね」


 さて彼女――香菜にも言っていないこの質問の裏情報を一つ。

 OpenAIのGPT-3は2022年12月現在、その学習データに2021年までのデータしか用いられていない。

 だから、2022年の情報を明確に入れて回答したやつは確実にGPT-3じゃないから、人間だとわかるのだ。

 たとえばプーチンによるウクライナ侵攻とか。急激な円安とか。


「下の子が歩き始めた時かなぁ。『ママ』って声をかけてきて、本当に嬉しかった」


 それは嬉しい。間違いなく嬉しい。

 結城さんの言葉に否応なく空気が和んだ。 


「俺はトレーダーの仕事で、過去最大の為替差益を得たことかな」


 東さんは仕事人間らしい一言。

 為替に言及しているから「急激な円安」とリンクしている可能性はある。

 でも、この発言だけでは、そうとは言いきれないな。


 お鉢は若手の二人に回る。


「YouTuberとして一番思い出深かったのは、3万人の登録者を獲得したときのことだよ。みんなが僕のチャンネルに来てくれるっていうのが本当に嬉しかったよ」

「私の場合は、2022年の最初の年度に、研究テーマの論文を発表したことが一番思い出深いです。色々な技術を用いて研究を行って、その結果を発表することができたのはとても嬉しかったです」


 経済政策の研究をしている宮下さんとYouTuberの田中らしい回答だ。

 ただどちらも2022年でしか得られない情報にもとづいている訳では無い。宮下さんは「2022年」と明示的に言っている。でもそれが「2022年にしかない情報を知っている」ことにはならない。


 多少とも疑惑が晴れたのは東さんだろうか。

 あと田中も宮下さんも具体的だ。


 そうして考えると、すごく心には染みたけれど、結城さんの「子供の話」はある意味でAIの生み出す「パターン的な発言」とも取れる。

 それならば、疑惑が増したのは、結城さん?

 でも彼女が母親として一番人間味を覚える。

 万が一にもAIだなんて思いたくない。


「――何かわかったの? 知也くん?」


 耳元で看護師の卵――香菜が囁く。


「いや、ごめん。不発だったみたいだ」


 その瞬間、部屋全体の白い光が、何度か点滅した。

 天井に表示されたカウントダウンタイマーの数字が「2」に至る。

 緊張感が部屋全体を覆った。


 でも僕は生き残る。そして、それだけじゃ終わらせない。

 こんな場所に巻き込まれたことを、意味あることにさえ変えてみせる。


「――これポケットに入れておいて」

「え? なに? あ、うん」


 彼女は一枚のカードを僕から素直に受け取り、ポケットに仕舞った。


 ――あと2分。


 あと2分で、誰が死ぬか決まる。


 「AI」だけが姿を消して、全ての「人間」が生き残るか。


 それとも誰か「人間」が本当に命を落とすのか!?


 否応なく動悸が大きく膨れ上がる。


 泣いても笑ってもあと2分――

 

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