自己紹介
僕たち6人は、部屋の中央に集まる。
天井のディスプレイにはカウントダウンタイマーが回り始めた。
10:00から始まったそれは9:30に到達した。
部屋中央の声が消えてから、もう30秒が経ったのだ。
あの声を信じきったわけじゃない。
でもとりあえずこの10分、提示されたゲームをプレイする。
そして、「仲間はずれ」――GPT-3で作られたAIを当てる。
しかし会話を通して相手がAIかどうかを当てるなんて、どうしたらいいんだ?
「――まずは、自己紹介じゃないかな?」
「なるほどな」
香菜に言われて、僕はあと四人に提案した。
自己紹介から始めようと。すぐに全員が同意を示してくれた。
年齢もバラバラ。緊張度合いもバラバラ。
それでいて、お互いに命を預け合う関係になっているかもしれないのだ。
お互いに知っておきたいという思い6人に共通していたようだ。
AIかどうかを見破るための情報収集目的も含みつつ、
まずは言い出しっぺの僕らから行く。
「僕は工藤知也。東京の某大学の情報学研究科で大学院生をやっている。だから専門外ではあるけれど、AIのこと、ちょっとはわかるつもりだ。よろしく」
向こう側の何人かが「AI」という言葉にピクリと反応したのが分かった。
ちょっとマズったかもしれない。AIというキーワードに触れただけで、僕のことを「怪しい」と判断する短慮な人々でないことを祈ろう。
次に香菜が話し始めた。少し膨らんだ胸の上に手を当てて。
「私は榎本香菜。医療系の大学で看護師になるために勉強中です。趣味は古本屋巡りです。よろしくお願いします」
看護師の卵だったのか。なんとなく腑に落ちた。
僕たちが話し終えた後、一瞬の静寂が訪れる。
すぐに左斜め前に立つ男が一歩前に出た。気だるそうに右手をあげて。
「東俊介だ。証券会社でトレーダーをやっている。次に東京証券取引所が開くまでには会社に戻りたい」
スーツ姿の男。年齢は三〇代だろうか。
いかにも場馴れした感じだけれど、社会に揉まれて疲弊した感じもした。
その後ろから一歩前に出たのは、髪を肩まで伸ばした女性だった。
「結城未映子です。以前までは電機メーカーで経理をやっていました。子供が生まれてからは、今はいわゆる主婦です。主婦はニートではありません、ハードワーカーです。よろしくね」
ちょっと悪戯っぽく冗談めかした。
ワンピースを着た姿は、どこか大人っぽかった。三〇歳前後だろうか。
主婦だというけれど、まだお母さんというより、お姉さんという感じだ。
「結城さん、主張しますね。まぁ、主婦よりトレーダーの方が、ハードワーカーだとは思うけれど、主婦の方が意味ある仕事だと思うよ」
何故か隣からニヒルな笑みを浮かべて東が絡む。
「ありがとうございます。そうですね、家族への愛情を振りまきながら、家事や育児など、いろいろなことをする中で、いろいろ見失いがちですけどね。トレーダーさんが、意味ないとは思いませんけど」
結城さんは、嫌味とも取れる東の言葉を、軽くいなしていた。
どうやらこの二人が一番「大人」みたいだ。
仲間と呼べるかどうかはわからないけれど、それでもどこか安心感を覚えた。
不安な場所に年長者が居てくれると少し頼もしい。
四人の自己紹介が終わり、視線は自然と残り二人に向かう。
僕らの右斜め前に立っているのは、ダラっとしたパーカーを着た男と、真面目そうなポニーテールの女の子だった。男は僕より少し年下に見える。
「宮下弥生です。京都の大学で経済を学んでいます。研究テーマは経済政策についてです。趣味はサッカーです。よろしくお願いします」
そう言って宮下さんは深々と頭を下げた。研究テーマが経済政策で、趣味がサッカーというのはなんだか変わっているなと思いながらも、僕は同じく大学で研究している彼女に仲間意識を覚えた。
隣に立つパーカー男が目を見開いた大げさな表情を作る。
「女子でサッカーが趣味って珍しいね!」
「いえ、全国には他にも女子サッカーを趣味にしている人がたくさんいますよ!」
すごくチャラそうな感じの質問にも、彼女は真面目に答えていた。
両手で握りこぶしを作って。すごくサッカー推しで。
最後にそのパーカー男が、顎をしゃくりながら笑顔で口を開いた。
「田中裕太。大学生。っていうか、YouTuberやってる。登録者数3万人いるから、まぁ、この中じゃ一番多いんじゃないかな?」
言葉の裏に「まぁ、大したことないんだけどねー」的なマウントを忍ばせながら。
「うん、二〇歳前後の若さだな」と、なんとなく思った。
一通りの自己紹介を聞き終えて天井を見上げる。
カウントダウンタイマーの残り時間はもう7分を切っていた。
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