第11話 柱に耳あり、中庭に転校生あり

 この学校の理事長。水無月 純みなづき じゅんは、迫力のある美人だ。いかにもキャリアウーマンな風貌は、男性陣を委縮させてしまう程の華やかさを持つ。切れ長のアメジストの瞳。しっかりと紅を惹かれた薄い唇。左目の下の泣きぼくろには色気を感じさせられる。


(この人、何か少しイツキに似てるんだよな。血は繋がってないらしいけど、妙に色気があって男心を擽られるというか。いやいや。イツキをそんな対象には見てねぇけども)


 誰に対しての否定なのだろうか。カナタは首を振り、未だに無言を貫いているファルマコンへと視線を戻した。


「あのさ、ファルマコン。さっきの話……」


 ――ピンポンパンポン。


 『ミナヅキ理事。ミナヅキ理事。お電話が入っております。至急理事室へお戻りください』


 ピンポンパンポン――。


 先程の話の続きをしようとしたカナタを遮るように校内放送が鳴り響き、カナタは口を噤む。


 校内放送の流れたスピーカを見上げていたジュンは、カナタを振り返った。同時に、ジュンへと一礼したファルマコンは教室を出て行ってしまった。


「そうだわ、カナタ君。毎回で申し訳ないけど、生徒会の資料をイツキに届けてくれる?」

「あ、はい」

「ありがとう。助かるわ。お願いね?」


 理事相手に断る事も出来ず、カナタは書類を受け取った。理事室へと戻っていくジュンの背を見送った後に、渋々といった様子でイツキが向かったはずの職員室の方角へと歩き出した。


「なんでオレなんだよ。他の誰かでもいいじゃねぇか。オレは生徒会じゃねぇっつーの。しかし。生徒会ってそんなに教師とのやり取り必要なんかな? 一日何回やり取りすんだよ」


 カナタが書類を頼まれるのはこれが初めてでは無かった。理事長は一日数回といわず、イツキと書類のやり取りをしており、カナタが書類を頼まれるのも珍しい事では無い。


「あのね。イツキ君。僕、本当に貴方に一目惚れで……」


 カナタが中庭に差し掛かると、よく通る高めの擦れ声と、イツキの話し声が聞こえて来た。カナタは何となく近くの柱へと背を預けて隠れる。


(また告られてら。本当、男女問わず引く手数多なヤツだよな)


「気持ちは嬉しいが……」


 チクリと刺すような痛みを胸の奥に感じて、自分の胸へとカナタは手を置いた。


(れ? 今の……なんだ?)


「答える事は出来ない。君にはきっと俺よりも相応しい相手がいると思う。俺なんかを追いかけるより、君の想いをしっかりと受け止めてくれる相手の為に、その気持ちは取っておくといい」


 イツキの答えを聞くと、ホッとしたのか、カナタは柱に身を預けて天井を仰ぐ。不意に視界を影に遮られれば、至近距離でイツキの濃緑の瞳がカナタを捉えていた。


「どわっ! マジで突然現れるのやめろって! 寿命縮むからっ!」

「長命加護で有名な神社の孫が何を言っている。それで? 盗み聞きとはいい趣味だが、こんな所で何をしてるんだカナタ?」


 バクバクと煩い胸元を押さえながら、慌ててカナタは否定する。

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