第12話 色気虫とサクランボ

「ち、違ぇ! 結果的にそうなっちまっただけで、偶然だ偶然! 理事長に頼まれた書類持って、お前を探しに来たんだよ。職員室じゃ無かったのか?」


 カナタからずいっと距離を詰めると、シルバーフレームを押し上げたイツキは、何処か落ち着きなく視線を逸らして距離を取る。


(あれ? コイツ香水とか使うタイプだったっけ?)


 ふと甘い香りがカナタの鼻腔を擽って、瞬いたカナタはもう一度イツキとの距離を詰めて、彼の肩口へと顔を近付ける。


「……っ! 盗み聞きは認めるんだな。ジュンさんから?」


 怯んだようにカナタとの距離を取ったイツキだったが、次の瞬間にはいつも通りの彼へと戻っていた。


(気のせいか。もしかしてコイツ、押されるのに弱いタイプなのかな?)


 書類を眺めるイツキをニマニマと見遣るカナタへと怪訝そうな表情を浮かべながら目を通し終わると、イツキはブレザーの内ポケットへと書類を仕舞う。


「お前さ。男女共にすっげぇモテるのに、本当に誰とも付き合わないのな。クラスの女子もなんでだろうって噂してたぞ? はっ! お前もしかしてイーD……」

「違う。お前以外に興味が無いだけだ。お前は本当に手が掛かるからな。それ所じゃ無いし、間に合ってる」

「ま、間に合ってるってなんだよ! 大人の余裕か? 色気虫なのかっ!? くっそ。モテ男めっ! どうせオレはサクランボだよ。ちくしょう……」


 歯を剥かんばかりのカナタを制するように、どうどうとカナタの肩を撫でるイツキ。カナタが落ち着けば、真剣な表情を浮かべる。


「マズい事になりそうだ。今日は帰るぞカナタ。荷物を纏めて校門で落ち合おう。いいな?」

「はい?」


 唐突なイツキからの提案に素っ頓狂な声を上げるカナタを気にする素振りも無く、イツキは自身の教室へと向かって行ってしまう。


「またお前はそうやって自分勝手に。先生の許可は当然貰うんだよな?」

「大丈夫だ。既にジュンさんに貰ってる」

「いつの間に!? さっきの手紙か? なあ。それ本当に生徒会の書類なんだよな?」


 イツキを追いかけていたカナタだったが、背中にじっとりとした視線を感じて足を止める。耐え難い気持ち悪さを感じるものの、振り返る事はせず、感覚を振り払うように駆け出した。


 先程まで晴れていたはずの空には、いつの間にか暗雲が立ち込め、電気を孕んだ黒雲が、海上で渦巻きながらカナタ達を睨みつけていた。

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