笑むあなたのそばに *親権編*
1.育ての父親
館野一尉と正式に『おつきあい』を始めて半年が経とうとしている。
北国の早い紅葉があっという間に終わり、小雪がちらつく季節になる。
銀杏やプラタナスの枯れ葉が舞う川辺そばの小さなカフェに、寿々花は彼と一緒にいる。
二人とも休暇だが制服姿。訳があって、休暇なのに制服を着てやってきた。
外を見ると、私服の父と母が、風で転がっている枯れ葉と遊んでいるヨキを見て楽しそうに笑っている姿が見える。
母が懇意にしている個人経営のドッグカフェ。今日は定休日ということで『話し合い』をするために、貸し切りにしてくれることになった。
約束の時間は午後二時。でも冬が目の前に迫ってきている北国の日暮れは早い。もう日が傾いてきて、
ミニジープが一台、カフェの駐車場に入ってきた。
駐車した車の運転席から、背の高い男性が降りてくる。彼が後部座席のドアを開けると、チャイルドシートに座らせていた男の子を抱いて外へと降ろした。
仲良く手を繋いだ父子がカフェのドアへと向かってくる。
店のドアが開くと、彼らがひと組しか居ない客を見つける。
「いちい!」
小さな赤いダウンジャケットをしっかりと羽織っている拓人君だった。
制服姿の一尉を見つけて、輝く笑顔を見せてくれる。
「拓人君、また会えたね」
「こんにちは。こんどは、パパがいちいに会いたいっていうから、一緒に来たの」
「ありがとう。待っていたよ」
「あ、音楽隊のお姉さんも」
「こんにちは、拓人君。また会えましたね」
休暇なのにわざわざ制服で来たのは、拓人のためだった。
今日の名目は『パパも自衛隊さんに会いたいため』。ただそれは『拓人向け』に告げている名目だった。
拓人にとって、実の父親である将馬はまだ『自衛隊のおじさん』でなくてはならない。一緒に来た男性は血の繋がりがなくてもまだ『パパ』なのだ。その区別をわかりやすくしておくために、将馬自身が『自衛隊のおじちゃんとしてわかるように行くよ』と決めたこと。婚約者になる予定の寿々花もおなじく制服で揃えてついてきた。
その『パパ』に、将馬も初めて対面することになった今日。
今後の相談をするために面会をする。これが大人たちの本日の目的だったのだ。
「鳴沢
「館野将馬です。よろしくお願いいたします」
相容れぬ仲である男ふたりが、静かに頭を下げ合う姿。将馬のそばに並んでいる寿々花も、彼に倣ってお辞儀をして挨拶をする。
「館野とおつきあいをしています。伊藤寿々花です」
「音楽隊のお姉さんですね。拓人から聞いています」
落ち着いた大人の声と喋り方。表情も穏やかで、雰囲気も落ち着いてる男性。
もっと嫌な男性かと思っていたので、寿々花にとっては意外な対面となった。
ひとつ『パパさん』の特長をあげるなら、ものすごくお洒落。モデルばりの長身スタイル。栗色に染めた髪は軽くお洒落にパーマがかかっていて、着ている服もシンプルだがスタイリッシュ。羽織り物はこだわりがありそうなブランドのダウンコート、さらにヴィンテージぽいデニムパンツだった。
これはモテるなと寿々花もいいたくなる。顔の美しさでいえば一尉には負けているなとか思いつつ、充分に充分にお洒落イケメンパパだった。
その男性と将馬が向かい合って、さっそくテーブルについた。
将馬のとなりには寿々花が、鳴沢パパの隣にはちょこんと拓人が座った。
事情を知っているマスターがさっそくオーダーを取りに来てくれる。
鳴沢パパはコーヒー、マスターが幼児が好みそうなものをいくつかあげると『ちいさなパフェ』と拓人が答える。
そこで今回の対面をするために打ち合わせていたとおりに、まずは寿々花が拓人に話しかける。
「拓人君。あそこにいるおじさん、誰かわかるかな」
窓の向こうにいる両親へと指さす。拓人は誰だかわからないようだった。
「小さな犬と遊んでいる人?」
「うん。あそこにいるおじさんね。拓人君が自衛隊のお祭りの時に会った、おっきな部隊の隊長さんね」
やっと拓人が思い出したようにして、身体全体でハッとしてくれた。
「コンビニでお土産買いなさいっておこづかいくれた『りょだんちょ』。しょうほって人」
「そう。お姉さんのパパなの。一緒に居るのはお姉さんのママと、うちのワンちゃん」
「あの犬、お姉ちゃんのおうちの犬なの」
「うん。ヨキっていうの。拓人君は『たっくん』と呼ばれているでしょう。ヨキは『よっ君』って呼ばれているの。一緒に遊びたい?」
またキラキラな目を見せてくれ『うん』と元気いっぱいわくわくした仕草をみせてくれる。
「じゃあ、パフェができるまで遊んでみようか」
ふたりの男性に目配せをして、寿々花が拓人の手を握って連れ出す。
そのタイミングを計っていただろう父と母も気がついて、カフェの入り口まで迎えに来てくれた。
ひさしぶりに会う『しょうほ』が私服でただのおじさんだったにも関わらず、正面で対面すると拓人も『ほんとだ。しょうほだったんだ』とすぐに思い出してくれたようだった。
孫がひとり既にいる父と母は五歳児のお相手もなんのそので、うまく外に連れ出してくれ、ヨキと一緒に拓人の面倒を見てくれる。
その間に。寿々花は彼らの元に戻り、今度は将馬の隣に座らずに、少し離れた席へとひとり座り落ち着く。
――寿々花にはそばで聞いていてほしい。君の将来にも関わるから。
彼にそう言われ、寿々花もついてきた。そして、話し合いに口を挟まずそばにいることを許してもらっていた。
それを見届けた一尉が、鳴沢氏と向き合った。
「遠いところわざわざ出向いてくださって、ありがとうございました」
「いいえ。ご連絡、ありがとうございました。どうにも事態がまとまらないので、助かりました」
「それから……。これまで拓人を誠心誠意、大事に育ててくださって御礼申し上げます。初めて会った日、自分が思い描いていたとおりの、愛らしく元気な理想的な男の子だと、感激いたしました。その時のことを、いまでも何度も思い返しております」
「そういっていただけると、いままでの心苦しさも和らぎます。こちらこそ、不義理を犯した自分に任せてくださり、長い間、申し訳なく思っておりました。館野さんの権利を踏みにじってきたこと忘れた日はありません。償う気持ちもありましたが、だからとて、拓人を償うためだけの気持ちで育ててきたこともありません。貴方にいつか会う日が来ても、あなたの代わりに育ててきた父親として恥ずべきことがないようにしてきたつもりです」
一席二席離れている場所で聞いている限り、鳴沢氏は血縁ではないものの、しっかりした意志を持っている常識的な男性に寿々花には感じる。
将馬の婚約を壊した一人だから、
また現在の婚姻関係悪化により、妻である彼女を置いて家を出て、帰ってこなくなった男というイメージでも構えていた。
しかし鳴沢パパ、もとい『岳人パパ』にも事情があったようだ。
「あちら、鳴沢の両親と彼女はどうしていますか」
「ああ。相変わらずですよ。もう娘のしあわせが第一。あちらの両親がいう『娘のしあわせ』というものが『娘の理不尽な我が儘で世界が回るように手助けをすること』ですからね」
「はあ、わかります」
ふたりの男が揃ってため息をついて、顔をしかめている。
これも寿々花には意外で、男同士通じている不思議な光景であった。
岳人パパがさらに続けた話は酷いものだった。
三ヶ月ほど前になって急に『あんな男に似た子供などいらない』と母親である彼女が言い出したらしい。
実父である将馬に返すとか言い出し、岳人パパが『奪っておいて今更返すなんて拓人は物ではないし、館野さんにとっても理不尽で無責任すぎる』と諭そうとしたら、『それなら父親のあなたが責任を持って育てろ、拓人を連れて出て行け』と突きつけられたとのこと。
なにそれ、なにそれ――! と、離れて聞いている寿々花の腸が煮えくりかえってくる。
館野一尉がどれだけ長い間、血の繋がりがあることだけを気にして息子を思ってきたことか。養育費だって彼が『自分の気持ちだから』と義務を果たしてきたのに! 今度は血縁ではない父親に押し付けようとしている!?
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