11.元義両親の目的
役目を終えた寿々花と堂島陸曹は、エスコートを終えたら自分たちも本番の準備で忙しくなる。急いで演奏マーチの準備をして音楽隊と合流。
役目のマーチングを終えたら、今度は旅団長室へと報告のために直接来るようにと言いつけられていた。
音楽隊の仕事は今日はここまでで、あとはエスコートの補助役をすることになっている。
そのため、昼食は音楽隊とともにせず、堂島陸曹と食堂で一緒に取った。
「まさかのお役目だったけれど、ホッとしたわね。楽しんでくれたようで良かった」
「そうですね。自衛隊好きは本当のようでしたね。安心しました」
「そうかな。お祖父様のほうは、ちょっと複雑そうだったよね。はっきり言わせてもらうと、私から見たら『今更何様』なんだけど」
きっぱりしている性格の堂島陸曹らしい言い方だった。
冷たく言い放って、でも熱々のカレーを頬張っている。
「絶対に、自衛隊好きの孫を引き合いにだして、他の狙いがあると思うわよ」
「……母もそう言っていたのですが。一尉が会うと決断したことですから」
「だから今更何様なのよ。彼、潔い性格をしているから、さっと身を退いて、首も突っ込まず、恨み言も言わず、ひたすら受け入れて過ごしていたのに。あちらの都合で壊れた責任も負わずに、全部、館野君に押し付けたじゃない。あれほどの男に煮え湯を飲ましておいて、またなにかを押し付けようとしているんじゃないかな。いざとなると受け入れちゃいそうで心配」
当時の有様を知っているからなのか、堂島陸曹は腹に据えかねるものがあるようだった。
彼が初めて息子と会えた感動のシーンを見届けられただけでも良かったと寿々花は思えてるのだが、確かに、不穏な空気はまだ拭えていない。
だが、あの一尉のことだ。それもわかった上で決断をしたことなのだろう。母が『なにかおかしいわね』と言うぐらいだから、父も警戒をしてくれていると信じている。
昼食後、父がいる司令部へと堂島陸曹と向かった。
旅団長室へと訪ねると、かっこよくしていた正装のジャケットを脱いでくつろいでいる父がデスクに座っていた。
堂島陸曹と敬礼をして、『任命のご案内を終えました』と報告をする。
「おう、ご苦労様。あ、気を抜いていいからな~」
自宅にいる父そのものだった。寿々花はそれだけで『あ、そうなの。今日は気を抜いていいのかな』と心が緩んだが、さすがに堂島陸曹は気を抜かず『ありがとうございます』と、涼しい面差しのままだった。
広い旅団長室に置かれている応接用のテーブルとソファーに促され、そこで父と向き合った。
お祖父様とお祖母様の様子、男の子の様子、館野一尉と息子さんの初対面を報告。ここは寿々花が娘として、父に気易く報告する形でほとんど一人で伝え、補足が必要なところは、ところどころ堂島陸曹が報告してくれた。
「そうか。自然な形で仲よさそうだったか。よかった、よかった。ま、父親と名乗ることはまだできないだろうがね。あちらが送ってくるという写真を見せてもらったこともあるんだが、これまた館野に似てるなという感じだったんだよな。血で通じるものって、あると思うんだよな。父さんだけの感覚、ただのロマンチストかな~」
旅団長なのに、すっかり気を抜いてお父さんとして喋っているので、ついに堂島陸曹も肩の力を抜いてしまったようだ。
「私も子供がいますので、同じように感じることはあります」
「うん、そうそう。子供を持って感じるよね。まさにそれ!」
「館野一尉とお子様が手を繋いだ時に、私も感じました。初対面なのに、知らない大人の男性とすぐに手が繋げるとは思えなかったものですから」
未婚で子供がいない寿々花にはわからない感覚だった。
かっこいい自衛隊さんだから、息子くんも気を許しただけと思っていたのだが。でも、あの一瞬は尊いものだったと寿々花も感じている。
「そこが気になるんだよねえ。私としては」
父が唸りながら顎をなぞった。
堂島陸曹も父の唸りに同調するように、険しい眼差しになって黙り込んだ。
「父親なのに『パパじゃない人』として今更会わせて、なんにも起こらない、いままでどおりでいられるとでも? 館野が我慢していれば、いままで丸く収まっていたのに? あちらからわざわざ波風立てるようなことしてきてさ。ちょっとしたことで調和の歯車って狂っていくこともある。息子くんはまだ幼いからだませたとしても、いくら館野が我慢強くても、そんなに上手く行くものかな~ってね」
「将補に同感です」
既婚者だけの会話だなと、寿々花は黙って聞いていることしかできなかった。
秘書室からお茶が出てきたので、父と余計な戯言をかわしているうちに、堂島陸曹も和んできて、ちょっとしたお茶会になり、寿々花も旅団長室なのにくつろいでしまった。
今日は記念日なので父にとっても無礼講なのだと思うことにした。
館野一尉はいまどうしているのか。戦車と装甲車に乗せて、ヘリコプターの低空飛行体験もしているのか。お昼ご飯も食堂なのか出店なのか、拓人くんが気に入ったものを一緒に食べることにしていると聞いている。帰ってこないということは、うまくいっているのだろう。そう思いたい。
父とのお茶会もひといきれのときになって、館野一尉がお子様と元義両親と一緒に、旅団長室に帰ってきた。
お客様が来られたので、寿々花と堂島陸曹はお茶をしていた食器を片付け、テーブルを空ける。
「ここが、おじさんがいまのお仕事しているお部屋だよ」
「わ、おっきい」
「北海道の南の地方一帯の部隊をいっぱいまとめている偉い将軍さんのお部屋なんだ」
賑やかに帰ってきたほほえましい様子に、寿々花もほっとする。とっても仲良くなれたようだった。
「将補、ただいまもどりました」
「うむ。楽しんできたかな」
一尉が敬礼をして、父が敬礼を返す様子を、男の子がわくわくした様子で見上げていた。
それに気がついた父も、にっこりと見下ろして、拓人君に敬礼をする。
「司令部へようこそ。拓人隊員。楽しかったかな」
「はい。たのしかったです」
拓人君も一尉の真似をして敬礼をした。
「伊藤陸将補、本日は孫のために手を尽くしてくださって、御礼申し上げます」
「ありがとうございました」
元義父と元義母が揃ってお辞儀をした。
「お孫さんが楽しんでくださったなら、なによりです。私も長男のところに、男の子の孫がおりましてね。お気持ちわかります」
「さようでございましたか。館野君から伺いましたが、本日、門までお迎えにきてくださった音楽隊員の陸士長さんは、将補のお嬢様だそうですね。お嬢様も同じ自衛官とは素晴らしいことです」
「はい。自慢の娘ですよ。音楽を続けてきましたが、まさか自衛隊の音楽隊に入隊するとは思わなかったものですから。ですが、私の仕事を理解して同じ仕事に就いてくれたことは、嬉しく思っています」
そこで、鳴沢の父が黙り込んだ。かえって、寿々花の父はにこにこしたまま。
父のそばに控えていた寿々花も、堂島陸曹もヒヤッとした顔になっていたと思う。
『自衛隊の仕事を理解してくれる娘』の向こうに、『そちら様のお嬢様は自衛隊に理解はなかったですよねえ』と含んでいるのだ。
お父さんたら、狸ぽい。でもこれぐらいにならないと司令部の長にはなれないのかもしれないと、娘として初めて思えた。
「あのね、音楽隊もかっこよかったんだ」
お祖父ちゃんたちのバチバチした火花が散りそうな雰囲気の中、無邪気に拓人君が入り込んでくる。
一尉がまた笑顔で、寿々花へと向いた。
「案内してくれたお姉さんたちも、音楽隊なんだよ。今日、おじさんと一緒に見たマーチングの中にいたんだ」
「お姉さんたち、あの時、あそこにいたの!」
「こちらの旅団長の娘さん、髪が短いかわいいお姉さんはクラリネット。こちらの髪を結んでいる綺麗なお姉さんはフルートだよ」
かわいいお姉さんですと!! 紹介のための聞き心地が良い言葉選びとわかっていても、寿々花の頬が熱くなる。意外にもクールな美人系ママ堂島陸曹も照れている。
「ま、すこしお休みしませんか。秘書室からお茶をお持ちしますね」
父がそう言うと、いつも通りなのか、館野一尉がさっと動き出し秘書室へと消えていく。
父が座った向かい側に、鳴沢夫妻と拓人君が並んで座った。寿々花と堂島陸曹は父が座るソファーの後ろに立った状態で控える。
「自衛隊の一般公開は初めてですか」
先ほどまで寿々花と堂島陸曹と向き合っていた時は、気の良いお父さんの顔をしていたのに。やはり一尉の上官、父が旅団長の顔になっている。
北海道南地方の陸上自衛隊を統べる男の威厳が鳴沢の父にも通じるのか、気後れした様子で『はい』と力ない反応が返ってくる。
「またいらしてください。ご一報くだされば、お孫様のためにいつでも準備をいたします」
「ありがとうございます」
「館野は優秀なので、将来も有望です。彼のためなら、私もなんでも力になるつもりでいます。私はいずれ去って行く身ですが、この国の防衛を強化するため、あとに継ぐ隊員に託すためにも、その隊員のバックアップの役割を残していると思っていますから」
館野は優秀、館野は必要。だから館野のためなら、陸将補の自分がいくらでも『味方になる』と父から釘を刺している。あ、これ。母と話し合ってやっているなと、寿々花は予測する。
だから父から『招待』をしたのだ。旅団長直々の招待となれば、特別席だって確保し放題。来賓としても特別扱い。館野一尉が案内すれば、そこらじゅうの隊員が気を遣ってくれたことだろう。
だが最後に挨拶に来てみれば、立派な司令部団長の部屋で、威厳ある陸将補との対面。ここで一尉がどれだけ立派な仕事をしているか見せつける作戦だったのかと勘ぐりたくなってくる。
そのせいか。鳴沢夫妻は居心地が悪そうだった。
「お昼ご飯はどうでしたか」
「はい。孫の希望で、隊員さんが出しているお祭りのようなお店で作っているものをいただきました。外のテントで一緒に。孫も将馬さんも楽しそうでした……」
今度は奥様が答えてくれたが、やはり表情は固かった。
そのうちに、館野一尉が一行の飲み物を揃えたトレイを持って、旅団長室に戻ってくる。
「拓人君はジュースがいいよね。リンゴジュースだけどいいかな」
「リンゴジュース好き」
紙パックのジュースを手渡して、夫妻の前にはグラスに入れた冷茶をキビキビした仕草で置いていく。父の前にも冷茶を置くと、父がソファーから立ち上がる。
そこに館野一尉に座るように促した。父はそのまま、ネームプレートが置かれている旅団長デスクへと戻り座り込んだ。
鳴沢夫妻と館野一尉が向き合っていたが。どうしたことか話す様子がない。
拓人君だけが、紙パックのジュースをちゅうちゅうと吸ってご機嫌。それだけが救いのような空気感だった。
やっと口を開いたのは、館野一尉だった。
「ありがとうございました。とても楽しかったです。よい思い出にいたします。あとはつつがなく皆様でお過ごしください」
館野一尉に残っているのは、もう会話ではなく『最後の挨拶』だけのようだった。
鳴沢夫妻がどう出るのか。静かに黙っているままなので、もう今日はこれでお開きということで良いのだろうか。
しかし、徐々に鳴沢氏の表情が強ばってきていた。
奥様も緊張しているのか、口元を強く結んだままうつむいている。
「将馬君……。娘に会ってくれないか」
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