その青年、碧眼のエージェント(4)

 総本部は、一見すると車も少なく整然としていたが、エージェントたちは様々な場所から地下通路によってやって来る事が多かったため、建物内は騒がしさに溢れていた。


 その地下一階の技術研究課では、時間が空いたエージェントたちが顔を出し、武器の性能を確かめながら技術向上に協力することが日常的に行われている。



 そんな技術研究課は、もっとも人の出入りが多い場所であった。いつも気さくで陽気な空気が溢れているのだが、今日は本部の中でたった九席しかない一桁ナンバーの人間がいたため、室内は張り詰めるような緊張感に包まれていた。そのナンバーを耳にした者は、「よりによって」という顔で黙りこむ。



 技術室に訪れていたのは、一桁ナンバーでも驚異的な身体能力を持ったナンバー4であった。かれこれ八年その地位についているにも関わらず、その人間はひどく若い容姿をしている。


 左手で差し入れのクッキーをつまみながら、悠長に大型の銃を軽々と右手で構え持つ青年がナンバー4だ。


 彼はほとんど正面を見ないまま、的の中心に銃弾を撃ち込み続けている。未完成なその銃の重さや反動を知っている白衣の技術班たちと同様、他のエージェントたちも気圧されたように息を呑んで、その光景を見つめていた。


 発砲音を抑えられたといっても、ジェット機用ミサイル砲の圧縮に成功したばかりの大型銃である。まだ試作段階のため、反動する力と発砲する際の風圧で、空気が重々しく揺れた。


 連射されるミサイル砲に畏怖する者たちの気も知らないで、青年は細い身体からは想像できないほど激しく乱射し続ける。防音を防ぐためのヘルメットも、五十メートル離れた的を捉える機材も付けていない。


 青年は、虫も殺せない小奇麗な顔をしていた。色素が薄く蒼みかかった灰色にも見える髪から覗く大きな黒い瞳は、瞳孔の縁が不自然に碧い円を描いている。その顔にまるで殺気はないが、獰猛な肉食獣のように縮小した彼の瞳孔は、見ている者に冷酷な死を思わせた。


「碧眼の、殺戮者……」


 白衣をつけた高齢の技術班が呟いた。


 ナンバー4は、その身一つで殺人兵器にもなりうるエージェントであった。彼は十代という若さで一桁ナンバーを与えられ、物騒な事とはほど遠い外見と気性で、死と破壊をもたらすギャップから「ペテン師」「道化」という異名もつけられている。


 青年は、国家特殊機動部隊総本部では、異例といえるほど平凡な性格の持ち主だ。エージェント見習いでも裕に出来る「別の人間になりすます」事が不得意で、ぎこちない愛想笑いも学生時代から変わらなかった。


 物珍しい事があると興味を持って近づき、「それも知らないのか」と小馬鹿にされそうな事も平気で尋ねて真剣に感心した。時々年齢よりも遥かに若い表情を浮かべて笑い、自分が就いている地位も関係なく接する事が常だった。


 彼の頭の中には、上に立つ者としての策略や陰謀といった思考はないのではないか、という噂がある。青年のナンバーを知らなかった女性がケーキをお裾分けした際、数日後に訪れた彼が「これ美味しかったから、食べてみて」といって彼女が務めている部屋にメンバー分のケーキを置いていった。誰が持ってきたのかもわからないケーキを美味しく頂いた後、差し入れ人がナンバー4だと知って騒然となった話は有名だった。


 上位ナンバーが、下ランクの者と通常に接すること事態異例である。しかし、彼に限ってはそんな事がしょっちゅう起こった。


 そのため、一見すると普通の青年にしか見えない彼が、ナンバー4だという事すら初対面の人間は信じない。現場を見て知った者だけが、事実に困惑と恐怖を感じて黙り込むのである。


 ナンバー4は、これまで一度も仕事を失敗した事がなかった。所属する班やナンバーによって仕事内容は変わってくるが、ほとんどは警察や政府といった表の機関が対応できない黒い仕事が大半である。武器を持って、相手を力づくで抑え込むことが多い。


 それを、青年は命令一つで簡単にやってのけた。正式にナンバーを与えられる事になったとき彼は十七歳だったが、すでに暗殺の仕事を数え切れないほどこなしていた。


 全てたった一人で現場に乗り込むという異例のものだったが、仕事を終わらせる事に数分とかからなかった。冷酷で残酷なほど俊敏に人の命を奪い、彼は現場を地獄絵図のように血で染め上げた。


 どこまでも平凡で、エージェントから一番程遠いと呼ばれていた青年だった。それと同時に、一桁ナンバーで最も残酷な殺人兵器であり、歴代の中で最も殺しと破壊を楽しむエージェントも彼だと称されていた。


 どちらが本当の彼なのかと噂立ち、恐れられたその異名は「碧眼の殺戮者」とされ、「ペテン師」「道化」という言葉が常に後ろからついてまわった。初対面である場合、彼が一桁エージェントであると信じられない者が続出している事もその所以である。


 国家特殊機動部隊技術研究課に、新たに配属された二人の新人も「ペテン」や「道化」にでもあったような心境だった。あんなのがナンバー4なのかと、二十分前に鼻で笑ったばかりである。その新人たちは、今となってはただ「有り得ない」という表情を浮かべるばかりで、言葉もなく身体を強張らせていた。



「あ、電話入れるのを忘れてた」



 不意に恐ろしい音の連射が止み、思い出したように青年が独り言をもらした。


 間が抜けそうなほどのんきな口調である。澄んだ高いアルトの声が、静まり返った室内に響き渡った。

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