その青年、碧眼のエージェント(3)

 西大都市の繁華街の隣に位置する大通りには、新しい市の誕生に合わせて、計画的に建てられた市の建物がいくつも存在している。


 全国でも一、二、と云われるほど外観が美しい市役所、四階建ての市立図書館は三階まで全国各地の書籍が集まり、四階はヨーロッパの一流パティシエがオーナーを務めるカフェまで置いてある。


 強い存在感をアピールするように濃い灰色で四方を覆われた警察署、四階からガラス張りで隣に分館まで持った電気会社。公園と見間違うほどの広さを持った水道局は緑と水場が目を引き、西洋の美術館をモチーフに作られた国立の分館ビルも目新しい。


 国と県が所有する建物は他にも点在しており、「関係者以外立ち入り禁止」の看板を掲げている場所もある。各建物には堅苦しい名前が記載され、身分証や許可証を確認する警備員、建物まで距離がある門と通路がそれぞれ設置されていた。


 名を聞いてもぴんと来ない建物も多くあった。大通りから中道に入ると「コンサルタント」や「事務所」とつく小会社があり、社員の出入りしか見られない真新しい建物がいくつも立ち並んでいる。



 市役所と水道局をはさんだ通りもそうである。しかし、そんな中、他の建物に比べると、より殺風景とした外観と広大な敷地を持っている建物があった。



 太く長い鉄筋の門に、その横に佇む強面の警備員のセットは、この通りではお馴染みの光景だが、敷地内を囲むように建つ高い塀は圧倒的である。二メートルの高さが四方に続き、硬化な分厚い黒鉄が敷地内を守っているようだった。


 隣には似たような塀に囲まれた裁判所が場を構えているが、その塀は大理石に似た素材で造られているため品がある。双方の建物に向かい合うのは、堅苦しい雰囲気でそびえたつ議員会館と税理事務所である。目立つ事もなく静まり返っている通りは、車や歩行者もちらほらとしかいない。


 高い黒塀に囲まれたその建物は、壁に「国政機関」と記されていた。長い鉄の門からは、だだっ広い駐車場を拝むことが出来る。その駐車場の奥に、ほとんど窓のない黒真珠のような四角い建物がそびえ建っていた。


 この通りには限定された者しか入れない建物も多くあるので、将軍のような雰囲気を持った高齢の男や、若くして高級スーツに身を包んだ男たちが乗った外国車が頻繁に出入りする光景も珍しくはない。大通りには注目の若社長が運営する大企業もあったので、話題にすら上がって来ないのだ。


 国の高い役職に就いている者たちがその場所を畏怖するほど、そこには多くの国家機密が詰められていた。「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた看板の横に立つ警備員が、多くの給料をもらっている優秀な軍人だという事を知っているのは、この建物の本来の存在意味を知っている者たちだけである。


 とあるお偉い肩書きを持った男がこの建物を訪問した際、その警備員を見て慌てたように頭を下げた話は、付き人たちの間では有名だった。


 国政機関は国立のものであったが、本来の名を「国家特殊機動部隊総本部」といった。各地に秘密裏に分館を持っており、その建物には国で有数の頭脳を集めた「国家特殊機動部隊研究所」や、お面を着用した戸籍すら持たない「国家特殊機動部隊暗殺機構」をはじめとした国一番の人材が集まる総本部である。


 そこに務める者たちは総称でエージェントと呼ばれ、国が立ちあげた特殊部隊の軍人として日々務めていた。長い総称を使う事は滅多になく、国家の重要役職に就いている人間たちはそこを「特殊機関」と呼んだ。


 もともと、特殊機関総本部は、東京の国会議事堂地下と地上の二つに拠点を置いていた。本部を新しく移す事になった時、国が西大都市という新たな市を立ち上げるに至って、そこに巨大な国家機密の建物を作る計画を建てたのである。


 土地開拓の際、数年かけて最下層の階を持った地下を作り、都市計画でその周辺内に裁判所などを設けて建物の注意を外へと向けさせた。周辺にある近づきがたい雰囲気の「コンサルタント」や「事務所」も、表向きは税理士や弁護士事務所だが、そこに務める者は全て特殊機関の関係者であった。


 彼らは選び抜かれた鋭兵たちであり、どの特殊部隊にも勝る戦力を持っていた。偽名と嘘の経歴を常に持ち替え、一般企業や政府、刑事に紛れ込んで活動した。


 本部で活動する「国家特殊機動部隊技術研究課」や各地にある分館の「国家特殊機動部隊所属員」とは違い、本部直属で現場に立つエージェントは、武器の扱いや戦闘術も一流で、頭も切れる優秀な戦士たちだった。


 国家特殊機動部隊総本部のエージェントたちは、ナンバーでランク分けされている。個人が持つ技術や能力で与えられる数字が決まり、各地を転々とする日々の仕事ではナンバーを呼び合うのが常だった。


 所属するエージェントは百の桁からあったが、一桁は九つの席しかない。一人でエージェント数十人分の価値があるとされる彼らは、エージェントやそこに所属する者たちの頂点に君臨していた。


 一桁の数字に就いた九人のエージェントは、国家特殊機動部隊総本部トップクラスの幹部である。そのナンバーだけでも国を動かすほどで、歴代の日本総理大臣の後ろには、常にその九人のエージェントがいた。


 彼らは表では自分が動きやすい地位におり、その優秀な頭脳と能力を活かして大臣や最高裁判官、警視総監などといった役職に紛れ込んでいるが、一桁ナンバーの情報は国家機密のため明らかにはされていない。仕事で関わらざるをえなかった人間が、ごく一部の顔ぶれや、そのナンバーの存在を知っているにすぎないのだ。



 そんな特殊機関の総本部では、国家特殊機動部隊技術研究課によって、日々機材や武器などの発明が行われていた。エージェントが最強として恐れられるのも、彼らが作る物があったからといっても過言ではない。



 アメリカやロシアに続く変形型の小道具は、最軽量で持ち運びができ、スーツ型防弾具は打撃や衝撃を抑える優れ物である。三段階変速バイクは、搭載されたミサイル砲の威力に耐え、タイヤは高い場所からの落下や銃撃にもびくともしなかった。


 最近日本で誕生したもので、海外のエージェントたちに「傑作だ」と呼ばれているものがある。技術班と研究所が共同で開発した、新たなテクノロジーで作り上げた戦闘用車両である。


 前後に武器を搭載しているのは勿論だが、こちらは三段変速に加えて、風圧や走る場に対応する外部変形も備わっていた。走りやすさを優先されているので、ミサイル砲を防ぐことはできないが、従来と違って長距離跳躍とバランス走行にも耐えられる。またデザインがこれまでの堅苦しさから一変し、日本の新型プリウスとあって人気も上々だった。


 彼らが作る武器は、女性でも扱えるほど軽く、反動が抑えられたものも多い。ヨーロッパに出回っているペン型銃も、杖型を改造した日本の技術がそのまま行き渡っている。


 反動が抑えられている小型ミサイル砲もあり、身体の小さな子供や女にでも手軽に扱える代物だった。潜入捜査でドレスを着る女性にとって、太腿にも隠せるタイプの爆弾や超小型砲は現場で大いに活躍していた。

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