17. 修学旅行の残り香

12月23日

12時の気象通報をお知らせします、、、

函館では西北西の風、風力5 ゆき 00hPa -7℃

浦河では北西の風、風力5 はれ 90hPa -4℃

根室では西南西の風、風力5 くもり 83hPa -6℃

稚内では西の風、風力4 ゆき 88hPa -5℃

ポロナイスクでは北北西の風、風力6 地吹雪 80hPa -12℃

ハバロフスクでは南西の風、風力2 はれ 12hPa -7℃

ウラジオストクでは北の風、風力5 快晴 20hPa -7℃

富士山では北西の風、風力8 はれ 614hPa -28℃

北緯50度・東経149度には960hPaの低気圧があって、ほとんど停滞しています

北緯37度・東経152度には992hPaの低圧部があって、ほとんど停滞しています

北緯50度・東経110度には1044hPaの高気圧があって。ほとんど停滞しています

北緯42度・東経110度には1042hPaの高気圧があって、ほとんど停滞しています


日本付近を通る1020hPaの線は、北緯......................


 今朝は朝から荒れ模様の天気で、昼に気象通報が言う通りの有様で、窓に粉雪がはりついて、オシャレなケーキのお店で食べるとき、皿に粉砂糖をふりかけるデコレーションの状態になっている、

 明日はクリスマスイブ。彩と街にデートしに行く約束なのだけど、天気が良くなる要素が一つもなくて、どうしたものかと悩んでいる。

 メッセンジャーのアプリを起ち上げて、彩にメッセージを送る


 もしも~し


 しばらく待っても返事は来なかった。忙しいのかな・・・。


 どのタイミングで天気が良くなるか、もう少し他の資料とかサイトを見て検討しようと、いろいろな気象データを扱っているサイトを漁って、自分たちにとって都合のいい予報をしてくれるところはないか、ヨーロッパの気象局、アメリカの海洋大気庁、中国気象局、韓国気象庁、世界中の予想天気図を見るが、オホーツク海に陣取った低気圧が動く気配も、低気圧の気圧の数字も、日本海にかかる等圧線の数や間隔、何一つ良い要素がない。

 明日の鉄道も、朝から運休を決める可能性が高いというアナウンスもホームページ上に出ていて、駅まで行ったのはいいが、街には出られないし、駅から家に帰るバスもあるかどうかということになったらこれは大変なことになる。


 パソコンの動画チャットアプリの着信音が鳴る。おや、珍しいなと思ったら、彩のアカウントのようだ。とりあえず着信を受けてから、慌ててヘッドホンとマイクを着ける。

 最近、このアプリを入れたからと私も入れたのだが、実際、使うのはこれが初めて。


「ごめーん、スマホ見てなかったよ。どうしたの?」

「明日なんだけどさ。」

「うん」

「天気が良くなそうで列車も止まりそうなんだけど、どうしようね?」

「天気かー、それもそうだよね~。」

「せっかくのデートなのに。」

「いま決めなきゃダメかな?」

「いや、そんなことはないけど、、、いや、経験上の話なんだけどね、小玉の低気圧ができて、風と雪が1日止むっていうこともあったりするんだよね・・・」

「マニアな話はよくわからないけど。」笑

「明日の朝、決めようよ。」

「うん。」

「ダメでもさ、明日、千早んち行くからさ、家でデートしようよ。別に出かけなきゃいけないっていう決まりはないんだし。なんかさ、ケーキとか焼きながら千早んちでイチャイチャしようよ。」

「ああ、そういうのもアリか。でも、彩さ、お菓子とか作れるの?」笑

「え、千早が作ってくれるんじゃないの?」

「そんなバカな・・・」

「じゃあ、明日、千早んちでデートしよう。月曜日、まだ学校あるしさ。」

「うん、そうしようか。スーパーで買い物したいから、元町のコンビニで待ち合わせしよう?」

「何時?」

「9時半?」

「わかったよ~。」

「うん、じゃあね。」

「えー、切っちゃうの?」

「え?なんで?」

「せっかく顔が見れるんだからさ、もうちょっとなんかおしゃべりしようよ。」

「え、、、なんか照れない?」

「そう?」

「じゃあさ、お茶持ってきていい?」

「いいよ~ウチも持ってくる」

「ちょっと待ってて」

 同時に席を立って、瞬間湯沸かし器と紅茶のティーバッグを持ってきて、チャットしながらしばらく何気ない話をしていた。オンラインやSNSの文字だけでも最近は完結して満足してしまう人も少なくないそうだが、私はそれでは満足しきれない。画面の向こうにいるのは本物の彩だが、その部屋の五感全てを感じ取ることができない。

 こうやって話していても、彩の熱を感じられない。どこか胸の奥に隙間があって、そこから寂しい風が入り込むのだ。


「千早、今日はプールあるの?」

「うん、あるよ。」

「どう?調子は。1分台、なかなか戻らないんだよね。」

「全盛期のタイムなんて出るわけなかろう!」

「うーん、20秒台を出すのがやっと、私ってこんなもんだったのかな・・・」

「まだまだ、これからでしょ。焦らない焦らない。」

「でも、いるんでしょ?千早より速い人。」

「うん、男子にはね。女子は中学生と社会人の人ばっかりなんだ。」

「ふーん、そうなんだ。」

「3番目か4番目くらいに速い、通信制の部活代わりに来ているコはいるけど。」

「通信制かー。そういえば、そんなコースもあったね。」

「うん。・・・彩のところは?」

「ウチぃ?土曜日じゃん、何もないよ。」

「あ、そっか。」

「千早があっちに通うようになって、会う時間が減ったなぁって。」

「週3だし、反対方向だしねぇ。」


 私は、そろそろプールに行く列車に乗らなければならない時間になったから、いくね?と通話を切って家を出た。

 今日で年内最後の練習。チームに入って初めての大会が来年1月10日に予定されている。特急に乗って1時間半のところだが、チームのメンバーによって日帰りする人も、泊まる人もいろいろであるため、チームとしては交通手段も宿泊先があったとしても手配はしてくれない。

 せっかくだから泊まってきなさい、と私の親は宿泊先まで手配してくれていた。

 私は、今回は100m自由形と200m個人メドレーだけ参加予定だ。自由形はだいぶ前の感覚が戻ってきて1分20秒台前半だが、私は自由形を一番大事にしているので、目標まであと最低でも17秒は欲しい。できれば1分。

 サボった分のブランクは大きい。来年中に戻るかどうか。


「年内最後の練習を終わりまーす。みなさん、毎日の筋トレメニューを欠かさないでください。それでは良いお年を!」

「ありがとうございました!」


 しばらく更衣室は混んでいるので、空いてからでいいや、とプールに戻ろうとする私。

「永野さん、自主練していくんですか?」

「いいや~、いつも10分くらいは混んでいるでしょ。だから今日は気が向いたから、ちょっと泳いでいこうかなって。」

「そうですか、私もいいですか?」

「うん、別にいいよ。」

「国崎さん、今度の大会、バタフライと背泳ぎで出るんだよね?」

「そうですね。」

 25mのプールにドボンと私は入って、国崎さんを見上げて

「背泳ぎ、私にちょっとゆっくり眺めさせてよ。」

「え?なんでですか」笑

「国崎さんの背泳ぎ、指先の美しさが、私の憧れの先輩にちょっと似てるんだ。」

「えー・・・」

「ねぇ、早く早く~」

「えー・・・」

 コースに入ったのを見ると、私はコースロープに両腕をかけて国崎さんのことを、じーっと見つめる。

 飛び込み台の手すりのところにつかまって、足を壁につけて、照れ笑いしながら、

「恥ずかしいですね、これは。」

「 」

 国崎さんは口元をキュッと結んで、ゴーグルで目元はわからないが、試合モードの顔つきに変わる。壁を蹴って進んでいく。私は少し離れてコースに入り、ビート板を胸に抱えて追いかける。肩で逆Vの字に水を切って、加速していく。手のひらで掻かれる水が跳ねる様子がとてもキラキラしていてきれいだ。

 もうすぐターンだから、隣のレーンに誰もいないことを確認して移動して、潜ってターンの様子を見る。うつぶせに体勢を変えて、空気を巻き込みながら25mターン。そうやって、私は国崎さんの指先ばかりを見ていた。

 泳ぎ終わって壁際で肩で息をしている国崎さんに追いつく。

「きれいだね!」

「そ、そうですか、あせあせ。」

「ありがとう、いいものを見せてもらったよ!・・・じゃあ、私は1本、ゆっくり泳ぐね。」

 私は、ビート板を脚に挟んで、腕だけでゆっくり、より多くの水を掴むようにして、大きく肩を回すようにして2分近くかけて泳いだ。

「じゃあ、着替えようか。」

「そうですね。」


 着替えてプールを出て、いつものように駅に向かって歩く。

 いつものようにベンチで列車を待つ。

「永野さんの憧れの人、どんな人かなー。」

 遠くの方を見ながら、白い息が空に消えていく。

「別に、何て言うことはない、水泳部の先輩だよ。」

「いいなぁ、私も、先輩とか後輩とか、、、そういう生活をしてみたかったなぁ。」

「通信制にはそういうのないもんね。」

「いや、あるにはあるんです。スキー教室とかで学年が上の人も下の人も同じ空間にいることが。でも、ずっと同じ空気を吸っているわけではないので、、、なんていうか、実感がないんですよ。」

「なるほどねぇ。うん、わかった。今度、その先輩と泳ぎに行こうよ。」

「え、ホントですか!」

「うん、誘ってみるよ。」

 左側の方にヘッドライトの明かりが見えてきた。まもなく、下り列車の接近を知らせる放送が鳴る。

「あ、今日は私が先だね。」

「あの、もしよかったらメッセンジャーアプリの交換をしてくれませんか?」

「うん、いいよ。」

「うれしい、私、友達少ないので。」

 QRコードを出して国崎さんに読み取ってもらう。列車が着いてドアが開く。

「あ、ゴメン、乗るね。いつでも連絡してね!じゃあ、よいお年を!」

「よいお年を!」

 国崎さんはディスプレイが光ったままの画面をこちらに向けてスマホを左右に振る。

 ドアが閉まって列車が動き出す。じゃあね!と口だけ動かして手を振る。


 ほどなくして、私のスマホの新着通知に『あかりと友達になりました』と表示された。


12月24日

「いやー、積もったね~。」

 一晩で50cmくらいの雪が降り、歩道も最初に誰かが歩いた跡をみんなが踏んで、獣道のような細い道を歩きながら彩は来た。天気は、データではなく「経験上」の確率であまり高くない予想の方に変わり、風は強いものの、吹雪ではなく、雲の隙間から青空が覗く天気になった。

 これから夕方にかけて天気は回復傾向なので、彩が帰る時間には、完全に穏やかな天気になっているはず。


 彩は明るいグレーの膝丈までのダッフルコートの下にセーター、茶色のタックショートパンツに黒タイツ、ロングブーツの恰好で現れた。スポーツウェア以外の服装を見るのはとても新鮮だ。

「うん、積もったね。」

「今日のコーデ、かわいいね。」

「実は、デートだから買ってもらったの。いいでしょ~」

「そういえば、彩んちは私たちのこと、知ってるの?」

「うーん、どうだろう。別に聞かれてもいないから何も言っていないけど、ウチの親は、薄々気づいてるんじゃないかなって思う。」

「そうなんだ。」

「千早んちは?」

「多分、なにも知らないと思うな。修学旅行の写真を見せたときに、別に何も言ってなかったし。」

「ま、そんなもんだよね。ウチらお年頃だから突っ込んだ話もしないだろうし。」

「そうねー。じゃ、スーパー行こう」


 コンビニのある交差点から北東に15分くらい歩いたところに、ドラッグストアと建物がくっついている大きなスーパーがある。スーパーの裏には林業の時代の鉄道廃線跡地がある。

 スーパーで生クリームとクリームチーズと昼はラーメンでいいね。ということになって、麺とスープ、ラーメンに入れたい野菜や肉を買って、途中のコーヒー豆の店でコーヒーを1袋買って、私の家へ。今日も私の親は夜まで帰ってこない。

 家に着くと、まずはクリームチーズが冷え冷えなので柔らかくするのに、ストーブのほどほど近くに置いて、温まるのを待つ。

「彩はコーヒー?紅茶?」

「さっきの豆のコーヒーを飲みたいけど、あとだね~。」

「じゃあ紅茶ね。いいよ、座ってて。」

 紅茶を淹れている間に、チーズが温まったようなので、クリームチーズをボウルに移して砂糖を入れてから、泡立て器で潰したり粘り気が出るまで混ぜたりして、薄力粉、卵、生クリーム、レモン汁を入れてまた混ぜる。

 ここまで1時間くらい。もう11時を過ぎた。

「ねぇ、彩、野菜ゆでて~」

「えー・・・」

「彩、女子でしょ。そのくらいできるんでしょ?」笑

「いや、できないこともないけど。」

「やろう!」

「ほーい。」

 マズくても知らんよ?とか言いながら鍋を出してお湯を沸かして、さっき買ったホウレンソウをゆでて、もやし、ニンジン、豚肉をニンニクと塩コショウで炒めて、別の皿によける。

 その間私は、オーブンに余熱をしている間に、焼き型に流し込んで180℃になったとオーブンが知らせたところで、焼き型をオーブンに入れる。40〜50分くらいか。

「千早、どうする?もうラーメンゆでる?」

 ほうれん草をゆでた鍋を洗いながらの、彩の問いかけ。

「そうだね、作っちゃうか~。」

 洗った鍋にまた水を入れて、お湯を沸かし始める。

 私は戸棚からラーメンどんぶりを2つ出して、

「彩はラーメンにごはんは?」

「うん、少し食べようかな。」

「わかったよー。」

 茶碗も2つ出す。


 ちょうどラーメンが茹で上がって、彩が盛りつけしている頃、チーズケーキが焼きあがって、テーブルに出して冷蔵庫に入れられる温度まで早く冷ますのに、廊下に出しておく。

 おいしそうだね、なんて言いながらラーメンをズルズルと食べて、ケーキを冷蔵庫に入れて冷やす。ちょうどシマって美味しくなるのはおやつ時だろうか。明日の方がもっと美味しいから、今日は半分だけ食べて、あとは私たちで分けようと思う。

 デートと言えばどこか気の利いたお店に入ったりショッピングをするもんだと思っていたが、誰かに気を使うこともないのでこれはこれで良いものだと思った。

 2人で食器を洗って、戸棚に片づけたところで、おやつの時間までは少し時間があったので湯沸し器とお茶セットを準備して部屋に行くことにした。


「ねぇ、千早、最近水泳の調子はどう?」

「うん、悪くない。年明けに県のスポーツクラブの選手権大会があるんだ。100自と200の個人メドレーで出るよ。」

「そうなの!すごいね!やっぱり、才能あったんだよ。」

「どうだろう?インターハイレベルじゃダメじゃない?」笑

「どこまで目指すかにもよるけどさ。」

「彩も、心も体もケガしないようにしないとね。」

「何をするにしても健康が一番ね。その大会は観覧自由なのかな?」

「あー、わかんない。聞いてみるよ。」


 それから私たちはバカップルのようにイチャイチャしながらケーキを食べて、あっという間に夜になった。余ったケーキは半分ずつタッパーに入れて分けた。

 寒波が去って季節外れに気温も上がってきたこともあって、屋根の雪が少し融けて雫が滴り、つららを作り始めている。つないだ手が外の暖かさも加わって、もっと暖かい。

 家を出る前に、彩に結んでもらったポニーテールを揺らしながら家の前まで送り、じゃあ、また明日、学校でと別れを惜しむように抱き合ってキスをして、彩の頬や髪を触って撫でて、隣が空いて独りぼっちになった雪道を歩きながら家に帰る。


12月26日 (終業式)

12時の気象通報をお知らせします、、、

函館では西北西の風、風力4 快晴 18hPa -1℃

浦河では北西の風、風力4 はれ 17hPa 0℃

根室では西北西の風、風力4 快晴 16hPa -3℃

稚内では北東の風、風力2 ゆき 18hPa -5℃

ポロナイスクでは東南東の風、風力1 はれ 20hPa -18℃

ハバロフスクでは南西の風、風力2 はれ 33hPa -27℃

ウラジオストクでは北の風、風力1 快晴 34hPa -21℃

富士山では西北西の風、風力9 快晴 629hPa -18℃

北緯40度・東経170度には988hPaの低気圧があって、時速30kmで西に移動しています。

北緯55度・東経180度には986hPaの低気圧があって、時速20kmで東南東に移動しています。

北緯57度・東経123度には1044hPaの高気圧があって。時速10kmで東に移動しています。

北緯43度・東経118度には1038hPaの高気圧があって、時速15kmで東南東に移動しています


日本付近を通る1020hPaの線は、北緯......................


 冬型の気圧配置がシベリアにとどまっていた強い高気圧、オホーツク海にあった低気圧が東に向かって移動をはじめ、午前中は北寄りながらも穏やかな風、時間が経つにつれて東寄り、それから南寄りに変わる予報。今年の年末は暖かな日になりそうだ。しかし、道路がべちゃべちゃになって、とても歩きにくくなるし、転んだりする人、車からの泥跳ねなんかもあるので、信号待ちをするときにはとても気を遣う。

 冬休みの課題とかが配られ、10時の全校集会が終わって、あとは帰るだけというところか。


「それでは、冬休みですがスキーだとか旅行に行く人も多いと思います。まだ受験なんかは意識していないだろうけど、そんな時だからこそ楽しめるこの時間を大事に、怪我無く過ごしてください。来年、また元気な顔を見せてください。はい、号令お願いします。あ、高旗と永野は後で職員室に来てください。」

「起立、礼。」


 みんながそれぞれ帰り始めた教室。

「あれっ、ウチらなんかやらかした?」笑

「そんなことはないと思うけど、なんだろうね?」

「どうする?荷物置いていく?」

「面倒だけど、そうするか。」


 教室を出て職員室に向かい、ノックして入る。

 私たちの愛する担任、佐藤のところへ。

「先生、どうかしましたか?」

「キタキタ。ああ、悪い話じゃないから大丈夫。ちょっと、進路指導室に行って話をしよう。」

「なに?なに?」

 先生の後について進路指導室に。中に入ると陸上部の顧問の瀧川先生もいた。

「座って、座って。」

「なぁ、オマエら、修学旅行でなにやってきたんだよ。」笑

「え、どの部分の話ですか?」

「ど、どの?・・・コレ。中見てみ~」

 1通の封筒を向かいのソファーから私たちに差し出してきた。

 中をのぞくと2通の紙が入っていた。1通は学校長宛ての手紙ともう1通は彩の親に宛てた封書だった。


 上城崎高等学校長 〇〇様

 去る10月18日、貴校の陸上部の生徒を大阪長居競技場で練習をしているところを本学の関係者が拝察し、同市の中学生に声をかけられている姿があったために、こちらからご挨拶できず、彼女たちにどなたであったかを尋ねると、2年生の高旗さんであることがわかりました。高旗さんの陸上での成績については本学も着目しているところであります。

 また、翌々日にも、たまたま本学の水泳部の合宿が行われており、東京体育館にて上城崎高校のウエアを着た生徒が水泳をしている様子を見ており、この生徒さんに関しては詳細がわからないために、そのような生徒さんが、この時期に東京に居なかったかどうか、貴校にお尋ねしたくお手紙を書かせていただきました。

 この生徒さんについても、本学の水泳担当の教員からは将来性が期待できると、言われております。


 文末には大学の連絡先などが書かれていた。


「心当たりは・・・?」

『ある、ある。めっちゃある!』

「瀧川先生ならわかるでしょ、長居競技場で走りたいウチの気持ち!」

「いや、わからんでもないけど。修学旅行ってもっと別のことをするもんだと私は。」

「で、東京体育館で泳いでいたのは、永野なの?」

「ええ、私です・・・。まさか見られているとは。でも、学校名の入ったモノを着ていたのは私じゃないですよ!」笑

「、、、で、どう返事したらいい?」

「どう、とは?」

「高旗の東京の友達、ということにしておくか、それとも永野だ、ということにするか、っていう話。永野次第。この流れは、高旗にそういう話が届いたっていうことは、スポーツ推薦が来る可能性もあるよ、という話になるね。」

「ええと、私、どうしたら・・・」

「千早、名前を売っときなよ!」

「一応、親御さんにも相談する?」

「そう、ですねぇ・・・」

「わかった。じゃあ、手紙を用意するから、時間、大丈夫?」

「はい、大丈夫です。お願いします。」

 佐藤先生は席を立って、職員室に戻っていった。


 最初に口を開いたのは瀧川先生だった。

「おもしろいねぇ、どこでどんな人が見ているかわからないね。永野なんて、Ms.Xになってるなんて。で、二人とも競技場とプールはどうだった?」

「ナイターのライトが最高でした。」

「スターになった気分になれるもんね。」

「プールは、混んでいたので忙しかったですね。時間制限のあるプールだなんて。」

「そうなのね。いろんな意味で有意義な修学旅行になりそうだね。」


 それから、親宛の封書を受け取り、私たちは帰り道に。

「彩、長居競技場に行ってよかったね。」

「ん、千早、あんまり嬉しそうじゃない?」

「うん、こういう話を受けるとさ、成績に追いかけ回されるじゃない。私、そんなメンタルあるのかなって。」

「そういうのも強くしてくれるんじゃないかな。スポーツ選手のメンタル管理は最後は自分自身の力が試されることにもなるけど、周りの支えがあったり、いろいろな知恵や方法が集まっているものなんだよ。堕ちたとき、堕ちそうになるとき、必ず支えてくれる人が近くにいること、これがわかる時がくるよ。」

 親がこの手紙を見て、最後は私の判断に委ねるっていうのは目に見えている。受けて立つかどうか、最後は私の気持ち次第。

 バスの中で私は彩の腕を抱きしめながら考えを巡らせた。


 いつもの交差点で別れた後、昼間融けていた雪が少しずつ固まり、シャーベット状に変わってきて、歩くたびにサクサク音がする道を歩きながら帰った。

 昼過ぎに家に着いて、とりあえずあるものを食べて、本を読んで過ごした。


 日が沈んであたりが暗くなったころに、親が帰ってきた。


「おかえり~。学校からお手紙があります。」

「ん~?なに、何か悪いことした?」

「いや、そういうんじゃないんだけど、私にセカンドオピニオンを・・・」

 A4用紙1枚が三つ折りで入っている封筒を渡す。佐藤先生はどんな文章を書いたのかは知らない。国語科の先生だから、きっとウマい事書いてくれたんだろうと思う。


「ほーん。なんか、面白いことになってきたね!」

「でしょ~?まさかだよ・・・」

 スマホで何かを調べる母。

「で、何が心配なの?」

「ついていけるのかな、って。」

「落ち込んだ時はどこにいても麻婆茄子買って届けに行くから、あんたの好きなようにしなさい。すぐ元気になるでしょ?それとも、担任の先生に返事の手紙を書いてあげようか?」

 ケラケラと母は笑い飛ばした。母らしい。

「いや、いい。」笑

 母は席を立って、洗い物とお茶を入れにダイニングへ行った。

 洗い物をしながら、

「そういえばさ、千早、好きな人いるんでしょ?」

「え、」

「付き合ってるの?」

「!!」

 急に、私の何もかもがバレてしまったような、全てを覗かれてしまったような気がして、私は何も答えられなくなった。恥ずかしさとも悔しさとも、なんとも言えない気持ちが湧き上がって、私は咄嗟に立ち上がって

「ちょっ、千早!最後まで話を聞きなさいって!!待って!」


 なぜかわからないけど、家を飛び出してしまった。


『隠しても隠しきれないし、隠しても仕方ないことは隠さない方がいい。ウチらはそれでいかない?もし、千早の家が、こういうのがダメなら、それはそのとき考えよう?それからでも遅くない。』


 彩に言われたこの言葉が出てきた。私は自分にウソをついた。自分を裏切った。彩に謝らないと・・・。

 シャーベットの雪の中、サンダルで家を飛び出した。

 悔しさで涙がこみ上げてきた。

 ゴメン彩、全部ゴメン。


 5分ほど走っただろうか、大手宅配業者の配送センターのある通りにさしかかった時、上の方から、ボン! ズズズ・・・と音がして立ち止まって見上げた。雪が落ちてくる。いけない!と思った時にはもう遅かった。ドドドドと大きな音を立てて、私は屋根からの落雪に巻き込まれて埋まった。

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