16. 復帰
11月25日
最後に体育祭までの間に一度、城崎紡績プールに行って、もっと近いところに団員を募集しているチームがあるかどうかを尋ねに行ったら、学校から1駅家から逆方向の西城崎にある市民プールを借りているチームがあると知った。
連絡を取ってくれて、今日、どんな様子か見学をさせてもらえることになった。
学校から近いかと言えば、近くもなく、かといってバスは定期券が有効な路線ではあるが、バスの時間待ちとバス停から現地まで歩く時間を含めると、最初から歩いても変わらないのではないか、という時間。
市民プールのくせに、どうしてこんな微妙に不便なところに建てたのだろう。
この団の雰囲気が良かったら、このまま入団試験があれば受けてみようと思っていたので、プール道具一式、持ってきたのだが、果たしてどんな雰囲気なのだろう。
団の責任者との待ち合わせは17時。そういえば、1食分多めに作ってもらっておけばよかったな、と思った。市民プールのロビーにある靴箱に靴をしまって、受付カウンターに通じる自動ドアをくぐると、土曜の夕方と言うこともあってガラスの向こうに見える利用者の数もまばらだ。アクアビクスなどの有酸素運動向けに作られた、浅めの真四角のプールには誰もおらず、水を循環させるための大きく、かつ静かな水の流れが見える。
約束の時間よりも少し早く着いてしまったが、着替えて泳ぐまででもない、中途半端な時間になってしまったので、どうしようかと視線を巡らすと、カップ式の飲み物の自動販売機があって、糖分補給にココアでも飲んでいることにした。
カップを手にロビーの背もたれのない椅子に腰かけると、当然、泳ぐわけでもなく、誰かの迎えに来たわけでもない私は、何の用の人間だということになるので、受付の人が出てきて声をかけてくる。
「あの、どなたかをお待ちですか?」
「あ、すみません。今日、城崎スイミングの見学に来て、赤磐さんという方とこちらで待ち合わせが。」
「あー、赤磐さん、もう来てますよ。今、呼んできますね~。」
そう言って受付の人は奥の方に消えていった。ほどなくして
「こんばんは。早かったね。赤磐です。副団長です。団長の青柳は今日は都合で来れないので代わりに案内しますね。」
「よろしくお願いします。学校から歩いてきたもので、ちょっと海風が寒くて早足で来たもので。」
「そうよね。ここ微妙な場所だもんね。・・・18時に練習が始まるから、チームのみんなは、もう30分くらいしたら集まってくると思うけど。」
「そうなんですね。」
「プール道具は持ってきたの?」
「はい、いちおう、、、」
「おや、ヤル気満々だね。」
「いや、一人だけ学校のジャージっていうのもアレじゃないですか。」
「どうする、泳いでいく?」
赤磐さんと2杯目の飲み物を飲みながら世間話をし終わったころ、続々と水泳体形の小学生から高校生、社会人の人たちが集まってきた。小・中学生は25m2コース、高校生は50m1コース、全部で3コースを貸切るのだそうだ。社会人の人たちはそれほど人数が多くないのでプールが混んでいないときは50mで、混んでいるときは後進の指導をするそうだ。
私はいちおう一般なので利用料を払って更衣室で着替えて、ウインドブレーカーとプールサイド用のハーフパンツを着て更衣室を出た。
「(あ、永野さんはこっち)」
小声で言われて、準備体操前に整列した人たちと向かい合わせになる。
「みなさん、こんにちは。今日もケガなくいきましょう。準備体操の前に、団に興味を持ってくれて、今日、見学に来てくれた方がいますので、皆さんに紹介したいと思います。はい、お願いします。」
「はじめまして、東城崎高校2年の永野です。今日はよろしくお願いします。」
パチパチと拍手を浴びて
「じゃあ、準備体操します。」
私は後ろの方に回って、みんなと準備体操をした。
準備体操が終わると、男女に分かれてビート板を使って400m、ビート板を脚に挟んで400m、クロール400m、次は好きな泳ぎ方で200m。ここで小休憩を挟んで、クロール+背泳ぎの組み合わせで400mを2セット。ここまででだいたい30分弱。休憩を挟んで平泳ぎを400m、このあとはバタフライと自由形のチームに分かれて練習する。練習時間の枠は2時間で、ここまでで半分の時間を消費する。最後の1時間は個人とリレーとに別れて試合形式で行うそうだ。
水泳部はもう少しダラダラやっていたのと、私よりも速く泳ぐ人はそうそういなかったので、ここまで時間が詰まった練習をしていた記憶はない。それから、あの時、試合で肩を並べた人たちはだいたい、大きな会社名のスイミングクラブに入っているので、ここで顔を合わせることもない。
これだけ一生懸命やっている割には、この団の話を聞いたことがなかったのは、この団の何がいけないのだろうか。それとも、私が求める、競技だけに着目しているのではなく、社会人の人がいるように、一生付き合っていける趣味も育ててくれるようなチーム作りをしているのだろうか。だとすると、来年、引退ということではなく、ここに一つの居場所ができるかもしれない。
「はい、休憩~」
ウォーミングアップが全員終わったところで赤磐さんが手を叩いて、スポーツドリンクを飲む者やトイレに行く者、プールサイドの長椅子に腰かける者、それぞれだ。
私も、食い入るようにみんなの泳ぎを見ていたので、ふぅ、と一息ついて後ろの壁に寄りかかった。
すると、一人の娘が近づいてきた。
「泳がないんですか?」
「うん、いや、どうしよっかな・・・。」
「隣、座ってもいいですか?」
「どうぞ。」
座ったのは、左側のすごく近い距離だった。塩素の匂いがするほど近く。
近い近い・・・。
「私、国崎燈子って言います。永野さんと同じ高校2年ということになっています。」
「ということ?」
「私、中学にほとんど行けなかったので、通信制に通ってるんです。」
「そうなんだ。」
「順調にいっても、高校の卒業は少し遅れるかもです。」
「あらら、でも、自分のペースでやったらいいと思う。・・・ここのチームは楽しい?」
「はい、私は好きです。高校の部活の代わりです。・・・永野さんは何の種目が好きですか?」
「そうだねぇ、強いて言うならクロール。自由形かな。いろいろ思い出がいっぱい。」
「私も自由形、好きです。1本、競争してみませんか。」
「やってみようかな・・・。」
「今日の練習、終わった後に泳ぎましょ。」
「はい、休憩終わります。今日の試合割を発表します。」
そんな風にしてあっという間に2時間が経った。さっき話しかけてきた国崎さんは 100m自由形は1分40秒くらいだった。この記録では高校総体や高体連には全く及ばない。10月に200mを泳いだ時は2分半くらいだったから、国崎さんよりは速いかもしれない。
「永野さん、プールは9時で閉まっちゃうから、早く1本だけやろう?」
「うん。」
「お、永野さん泳いでいくんだね。」
「はい、1本だけ。」
「燈子ちゃん、相手が悪いかもよ?」
「何言ってるんですか!」
私はプールバッグから黒の生地に白い線でブランドのマスコットキャラが描かれている水泳帽をかぶり、ゴーグルをつけて飛び込み台に立つ。
「赤磐さん、スタートコールをお願いします。」
「はいはい。」
on your mark、、、 set、、、 手で大きく一拍。
ドンと飛び込んで赤い線のところで水面に浮上。国崎さんは速い。すでに体半分リードする形で私が追随している。ターン。少しもたついたと見えて、私が頭一つに差を縮め、そのまま75m付近でバテてきたようでスピードに乗れず、私が追い抜いてゴール。
タイムは1分35秒。やっぱりダメだ。あの頃から30秒も遅れている。国崎さんは15秒ほど遅れてゴール。
久しぶりに人と泳いだ、という満足感があった。
隣のコースを横切ってプールサイドの階段から出て、プールバッグから吸水性の良いタオルを取り出して身体を拭く。20時半になったのでそろそろプールを出てくれというアナウンスがあって、とりあえず着替えてからロビーで少し話をすることにした。
シャワーを浴びて、急いで着替える私たち。
「永野さん、速いですね。」
「そう?」
「ターンなんて転がりながら滑っているんじゃないかって勢いで抜いていきましたね。」
「これでも、県大会とかになるとまだまだ30秒くらい遅いから、話にならないでしょう。」
「そんな上まで見ているんですね。」
「うん、まぁね。」
水着を脱いで、身体を拭いて下着を着けてから髪を乾かして、制服を着てやっと着替えが完了した。国崎さんはジャージのままで来たらしく、私よりもはるかに早く着替えが終わって、洗面台のところの丸椅子に座って私の様子を眺めていた。
ロビーに出ると赤磐さんが待っていて、
「どうでした?」
「楽しそうですね、このチーム。」
「中学生は結構、記録に熱心な子らも多いけど、高校生は、やっぱり学校の部活に比べるとね。」
「でしょうねぇ。でも、社会人の人とできて楽しそうです。来月から入ってもいいですか?」
「うん、歓迎するよ。スポーツ保険込みで月3000円ね。」
「わかりました。でも、来年3年なので大会に出られる回数は減ってしまうかも。」
「20歳以下の大会はあるから、受験とか気にしなければ、出ようと思えば出られるよ。」
「そうなんですね。記録のテストとかはありますか?」
「ないよ、ないない。じゃあ、閉館時間だから帰ろうか12月は1日からやってるから、来てね。」
「はい、今日はありがとうございました。」
列車の本数も減っている時間帯なので、とりあえず乗れるものに乗らないと家の方には着かない。国崎さんとは駅までは同じだが、方向は逆方向らしい。西城崎駅は上下線の間にホームが一つある、いわゆる「島式」と呼ばれる形で、北と南の2か所に改札口があって跨線橋でホームとつながっている。
冷たいプラスチックのベンチに座って列車を待つ。
「永野さん、100mの自己ベストってどのくらいなんですか?」
「さっきの?・・・うーん、1分10くらい、、、かな・・・?」
「・・・うそ・・・」
「・・・ん?」
「なのに高校の部活を辞めちゃったんですか?」
「うん、ちょっと、行けなくなっちゃったの。」
「そうなんですね。」
「国崎さんの”行けなくなった”とはちょっと違うかもしれないけどね。」
上りの列車の接近を知らせる放送が鳴る。
右を向くと列車の電球色のヘッドライトが近づいてくる。汽笛が鳴って列車が滑り込んでくる。
「じゃあ、私、先に行きますね。来月会えるのを、楽しみにしています。」
「うん、よろしくね。」
ドアが開いて後ろの方に駆け足で入っていって、ロングシートに座って、こちら側を向いて膝立ちになって手を振る姿を見送る。
私はプラスチックのベンチに座りなおして列車が来るのを待った。手が冷たかったが本を開いて読む。
家に着いたのは22時過ぎだった。
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