15. 届け決心のバトンパス

 11月1日

 修学旅行の余韻もそこそこに、勤労感謝の日の前日、11月22日に体育祭が行われるので、その出場者を巡るホームルームが行われている。冬休み前には体育祭と期末試験の2つの大きなイベントが控えている。

 私は個人種目の卓球に出ることになっている。私は団体戦はどうも苦手なので。

 ここまでの議事はすんなり進行したのだが、体育祭の最後のイベント、100m×4リレー。これは学年ごとにまとめて男女別に6回行われるのだが、出場選手4名がなかなか決まらない。陸上部員は1人まで入っても構わないことになっているので、当然、彩は指名されている。

 女子にもテニス部やバスケ部、サッカー部みたいに走れる部員がいるだろうに・・・。

「いいんちょ~。」

「はい、高旗さん」

 これは、マズい流れだ。

「あの、ウチが引き抜いてもいいですか?」

 やっぱり、その流れですよね。

「本人さえよければ、、、」

「じゃあ、永野さんに出てもらいたいです。」

 おまえーーー 私を売ったな~~

 え、まじ?まじ?とざわつく。

「あ、永野さんは運動部じゃないから、そういう声になるのはわかります。最低でも14秒台に仕上げます。私は、責任をもって12秒手前のパフォーマンスを出したいと思いますから、他のメンバーは13秒台の人がいれば、おそらくリレーの学年制覇にはかなり近いところでイケると思います。」

 さらにどよめく。

 何、この断れないというか、追い込まれた感じの。

 学級委員長は、普段、ほとんど意見をしない彩の、ある意味「信念」に基づく強い希望を前面に出しての発言に驚いていると言ったところが正しいか。

「ええと、、、という話なんですが、永野さんはどんな感じ・・・?」

「彼女、100mは16秒くらいですが、あと2秒は絶対縮まります。」

 クラスの視線が一斉に私のところに集まる。

「・・・(あのヤロー、覚えてやがれ)・・・私でよければ、ベストを尽くします。」

 拍手が起こる。

 他のリレーメンバーも、これに触発されたのか、女子バレー部からと、軟式テニス部からの2人があっという間に立候補し、(いちおう)私だけが文化部からの異例の選出となった。

「練習の計画などは、高旗さんにお任せしてもいいですか?」

「ハイ、いいと思います。リレーですから一生懸命走ってバトンを渡すだけなので、11月20日の放課後に学校の競技場でお願いしますね。何か要望があれば、その都度言ってください。」

 他の2人も、わかったよ~、とか言ってスケジュール帳に書き込んでいた。

「それでは、ホームルームを終わります。今日の話し合いの内容は来週の生徒会と体育委員会合同の体育祭実行委員会に報告します。」


 放課後となり、私は文芸部にちょっと急ぐ必要があったので、荷物をまとめて、部室に向かうところだった。足早に教室を出たところで、リュックを引っ張られて、急ブレーキがかかる。

「千~早」

「あ、彩!私を売りやがったな!」

「あ、怒ってる?」

「リュックを引っ張られたから、急に腹が立ってきた!」

「千早、大丈夫だから、絶対、14秒以上行くから。」

「本当かよ~。」

「うん、明日から陸上部においでよ。逃がさないよ。」

「もう、引き受けちゃった以上仕方ないけど、ちゃんと教えてよね。」

「任せろ。・・・千早、部活?」

「うん、この前の修学旅行の写真を加工したり、ね。」

「そっか。」

「運が良ければ、バスは同じになるかもね!」笑


 いま苦戦しているのは、隅田川で撮った夜景の写真のノイズをどのくらいのレベルまで除去できるか、このソフトをいろいろ比べているのだが、なかなか満足に除去できない部分がかなりある。

 それから、大会向けの記事の蓄積と推敲。この記事のために心理学関係の本を読んだり、蓄積しなければならないものがたくさんある。せっかく書くからには良いものにしたい。


 時計を見ると、バスの時間がソコソコ近くなってきたので、帰ることにした。

 校庭を歩いて、誰もいなくなった陸上部のグラウンドを抜け、プールの建物が目に入ると電気が点いている。まだ部活をやっているんだろうかと、中をのぞくと、何人かが部活が終わった後の自主練習をしているらしい。靴箱に並んでいる靴を見る限り、知っている人はいなさそうなので、そのまま帰ることにした。


11月20日

 ここまでの2週間、陸上部の練習に強制的に付き合わされて、短距離走の練習をみっちり仕込まれて、15秒を少し切るくらいのタイムにまで漕ぎつけた。目標タイムにはわずかだが、足りない。

 全体の練習で、リレーを何本か走り、最初の2人で差を稼いで私が3走、彩がアンカーということになって、運動部員が「最初は大丈夫かと思っていたけど、イイネ!」と言ってくれるほどのタイムになった。これでなんとか5組を懸けたリレーは上位争いに食い込めそうだと言う。

 私は自身がなさそうにしているのを見かねてか、当日、火事場のバカ力が出て、もう少し縮まると思うし、ビックリする結果が出ると思うから、誰よりも一番、私が自分にワクワクしているべきだ、と言われた。


 教室に戻ってジャージから制服に着替えて帰る準備をしている。

 さっきまで、地平線から、にぎりこぶし1つ分の高さにあった太陽がもう、山のむこうに隠れて、街路灯が点き、あっという間にあたりは真っ暗になった。


 スマホの着信音が鳴り、誰かと思ったら、彩だった。


 もしもーし

 あ、千早?一緒に帰らない?

 別に、メッセンジャーでもよくない?笑

 見てなかったら困るでしょ。

 ああ、そういう線もあるか。

 いまどこ?

 教室を出るところだよ。

 わかった~。

 じゃあ、玄関で待ってるね~。

 はいは~い。


 玄関では、部活の格好のままの彩が待っていた。

「千早えら~い。わざわざ着替えてきたんだ。」

「うん、水泳部のころからジャージで帰る習慣はなかったし、制服の方がなんかよくない?」

「ウチなんて、昔からだいたいコレで帰っちゃうな。」

「水泳部にもユニフォームがあったら、もしかしたら、それで帰ってたかもね。」


 私たちは手をつないで学校を出て、バスに乗る。


「ねぇ、体育祭の日の天気ってどんな感じ?」

「まだ調べてないわ。」

「なんで?」

「ちょっと聞いてみたくて。」

「どれどれ」


 スマホの天気図がいっぱい載っているサイトを開いてみると、日本海には低気圧が解析されていて、低気圧の東側には南向きの矢羽根が並んでいる。太平洋にはすこし強めの高気圧があって、それを回って南風が入ってくる流れ。

 その後ろには、北向きの矢羽根が並んでいて通過後は一気に寒くなる予感をさせる。

 10月22日に、あの量の雪虫を見たが、まだ初雪にはなっていないのでいよいよ、この寒気で初雪になるのかな。ともイメージできる雰囲気。


「暖かくて、雨の降らない天気のようだよ?」

「夏?」

「夏みたいにはならないけど、せいぜいいっても15℃くらいじゃないかな~?」

「それじゃ、寒くてケガする心配はなさそうだね。」

「だねー。時々、いるんでしょ、寒いところで無理に走ってケガしちゃう人。」

「うん。運動部でもたまにいるね。」

「そういえば、彩、今年は雪虫見た?」

「みたよ。飛んでるね~。」

「だよね~、初雪がちょっと遅いなって思ってて。」

「遅かろうが早かろうが、慌てなくても、いつかは降るでしょ。」

「初雪もさ、降り方によってはワクワクしない?」

「えー、寒いのイヤだ。」

「吹雪みたいな強い雪は要らないけど、チラチラ降ってくるのはよくない?」

「そうかなー?雪で喜んでる人たちって、クリスマスでやたら盛り上がる、南の方の人たちだけじゃない?」

「確かに。私たちには何の感動もないよね。」

「冬、イヤだな。外で走れないし。・・・走れないこともないけど」

「冬の間、陸上部ってどうしてるの?休むわけにはいかないじゃない?」

「ウチらのところは、ドームのある半屋内トラックを借りてるね。ジムが併設されているから、ランニングマシーンとかトレーニングマシーンを使っている人もいるよ。私は、壁を見て走るのはつまらないから、トラック派だけどね。」

「そうなんだね。・・・で、天気がどうかしたの?」

「いや、あったかくてよかったなぁって思って。」

「そうだね。」

「ねぇ、千早、帰りちょっとうちに寄っていかない?」

「うん、いいよ。」

 私たちはバスを降りてから、寒いね、とか言いながら手をつないで彩の家へ向かった。

 彩の家に入ると、まだ家の人は誰も帰ってきていないようだった。


 彩の部屋に入ると、彩は手提げかばんから手を離し、垂直落下させたかと思うとそのまま、私をぎゅっとしてきた。

「ほら、彩、荷物降ろそう?」

「うん、もうちょっと。・・・千早、よく練習に付き合ってくれたね。ありがとう、ありがとう。」

 私の胸に顔をうずめて彩はそう言う。

「なんだかんだで楽しかったよ。短距離の走り込み。」


 しばらくそうしていて、彩は、お茶取って来るね。と言って出て行った。

 前に、写真を見せてくれたテーブルのところに座って彩の帰りを待つ。あれからしばらくの間、飾ってあった中学校時代のユニフォームはどこかにしまったようで、今は、そこには何も掛けられていない。

 手持ち無沙汰だったので、後ろのベッドからピンク色の枕カバーがかけられた枕を取って、抱えた膝の上に乗せて、自分の顔をうずめて、大きく鼻から息を吸う。彩の匂いだな~と思いながら待っていた。


「おまたせ~」

 飲み物をテーブルに置くと、彩は部活のジャージを脱いで部屋着、といっても別のジャージにだが、着替え始める。

「あ、そうだ、長居競技場の写真渡そうと思って、まだ印刷してなかったよ。」

「あれね~、どんなふうに撮れたのか楽しみにしてるんだけどな~。」

「今度持ってくるね。」


「ねぇ、千早。当日、何を着るの?」

「普通に学校のジャージで出るけど?」

「あのね、陸上部のを着てみない?」

「えー、あのおへそ出るヤツ?」

 彩は立ち上がって、クローゼットの中を漁り始めて、スポーツウェアを持ってきた。短い襟付きのノースリーブのトップスに、短パンにロングタイツがついているウエアと言えばいいか、、、

「そう言うと思って、速くなるセットを用意してました。」

「そっかー、みんな運動部の恰好で出るんだもんねー。」

「お、脈アリ??」

「うん、いいよ。これでコンマ5秒は速くなる気がする。借りるわ」笑

「うれしい!」


 それから、サイズがどうとかいう理由で着せられ、ノリで彩も当日着る予定のユニフォームを着て、一緒に記念写真なんて撮ったりもした。


「あ、こんな時間。そろそろ帰らないと。」

「うん、寂しくなる~。」

「また明日、会えるじゃない。」

「ずっと、一緒にいたい。」

「うん。」


 帰る支度をして、彩の部屋を出る。

 リビングの戸が開いて、彩のお母さんが出てきた。

「あら、永野さん来てたの?」

「はい、あさっての体育祭の打ち合わせにお邪魔していました。もう帰ります。お邪魔しました。」

「うん、気を付けて帰ってね。体育祭、がんばってね。彩も張り切って、鼻息が毎日荒いのよ。」

「ウチ、千早を送ってくるね~。」

「いいよ、外、寒いし。」

「いいからいいから。」

 背中を押されて彩の家を出る。


11月22日

 もう12月が近づいているにもかかわらず、季節外れの暖かさとなった体育祭。

 これだけの暖気が流れてきているということは、数日のうちに大きく天気が崩れ、風が吹き荒れる日が近いことを予感させる。

 今日午前3時発表の天気図をみると、秋田の西海上に前線を伴った低気圧があり、その温暖前線が午後からかかり始めるというシナリオで、その前線に向かって南からの暖かい風が吹き込む予想だ。

 今日中にその後ろに控える寒冷前線はかからない予想のため、今日は雨具の必要がないだろう。


 教室で昨日彩から借りたウエアに着替えていると

「永野さん、高旗さんから借りたの?それ。」

「うん、みんな部活のかっこうで釣り合いが取れないから、水泳部の水着で走るか、コレにするか、って選ばされた。」

「おい!一部誤りがあるぞ!」

「はは、気合い入ってるね。張り切って行こうね!先行ってるね」

 そう言ってチームメイトは教室を先に出て行った。

「ねぇ、彩、今日、私、うまく行ったらやると決めたことがあるんだ。」

「え、何?何?」

「競技が終わってからね。学年優勝しようね」

「千早のためにも勝たないと。」


 各組の選手がそれぞれの位置について間もなくリレーは始まった。


 みんな15秒を切る速さで走ってくるため、緊張が十分に解けないうちに前の走者がすぐ近くまで来た。


 私は2走からバトンを受け取った。13秒台を何が何でも出してやろうととにかく走る。大阪の長居競技場での出来事を思い出して3位でバトンを受け取ったようだが、そんなことはどうでもよく、ただ、もう1人抜くためには13秒台を出さないと無理である、崖っぷちのところなのだ。

 彩のランニングシューズなら少し大きいけど、速く走れそうな気がして、この前、大阪で借りたシューズをわざわざ持ってきてもらって、それで走っている。2位と肩が並んだのは、彩にバトンを渡す20mくらい手前。

 あまりに必死過ぎて、私は彩にスタートの合図を送る余裕がないことを目で訴える。

 彩がスタートを切る。水色のヘアゴムで結ばれたポニーテールがこちらを向く。私は大丈夫だから、もう少しスピードを上げてもいいよ、そう1歩目に思うと、彩の2歩目が広くなる。


もうちょっと!もうちょっと!!


 差し出された彩の左手首につけられたブレスレットを見ながら、ゾーンのぎりぎりまで加速させ、バトンを渡す。


 長居競技場の時よりもうまく渡せただろうか。


 彩のロケットスタートは決まって、先頭を走っていた選手もごぼう抜きし、5組は学年優勝を決めた。


 ゴールラインのところで、私は、よくがんばった、いい走りだったと肩を叩かれ、背中を叩かれ、とても嬉しかった。この後4人で肩を組んで円陣にはならなかったけれども、真ん中にカメラを置いて、最高の笑顔で覗き込む写真を撮った。

 わずか2週間足らずの、学年最強のリレーチームはこれをもって解散した。


 学校帰り、この4人でお茶でもして帰ろうということになって、駅近くのカフェで数時間、他愛のない話をして過ごした。

 私と彩、その2人も別の通学ルートだが、東町ターミナルからは、路線ごとのきれいな2組になって、またねと言って別れた。


「千早、これで髪を結んであげようか?」

 彩の手を見ると、彩と同じ水色のヘアゴム。

「うん、そうする。」

 私は茶色のヘアゴムを解いてパサッと髪を広げると、彩が手でまとめて、ちょっと高いか、低いかな、なんてつぶやきながら1本にまとめていく。そうこうしているうちに、私たちの乗るバスが乗り場に着いて、お揃いの後ろ姿となった私たちはバスに乗り込む。

 私が窓側に座って彩と手をつないで車窓を眺めていると、いつものように彩は私にもたれかかってスヤスヤと寝始めた。私も今日のリレーで、かなり疲れたので、いつもの借りだと言えばバチは当たらないだろうと思って、彩の左の肩を枕の代わりにして少し眠ることにした。

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