9. 一石三鳥
8月18日 朝 6時40分、開実駅に着く。ここから下り列車に乗る。目的の陣内駅には7時45分に着く。
『本日もご利用ありがとうございます。次の1番ホームの電車は7時ちょうど発、城崎紡績・陣内方面、三裟行きの普通列車です。この電車、本日は6両編成で参ります。乗降口は星印1~12です。黄色い線の内側でお待ちください。Ladies and gentlemen, the next train on track 1 is bound for Sansa. This train will be stopping at every station. Your door position is showing “star” 1 to 12 avobe your head.』
ICカードでピッとタッチすればそのまま改札は通れるが、今日は券売機で切符を買いたい気分だったので切符を買って、改札機に通してホームへ。切符には□の中に「カ」の印字。さて、瞳ちゃんはどこに乗るだろうか。変な深読みをしないで、一番後ろの対面シートのところに座りたいからそっちにしよ・・・。
6時59分15秒、赤い色の6両編成の電車がホームに滑り込んでくる。
7時00分00秒、発車。
最後尾から乗ってお目当てのシートのところに行ったら、すでにサラリーマンが熟睡していた。なんだよ~。ここトイレ近くていい席なのに。
スマホが震える。
先輩、座れましたか?4両目の真ん中くらいのボックス席空いてますヨ
おー、ありがとう。いくわ。
ということは進行方向左側だな・・・。
荷物のバッグがちょっと邪魔くさいけど、2両前まで移動すると、瞳ちゃんがこっちを向いているのを見つけた。
通勤の人も多いから、あまり大きな声を出さず、
「ありがと~。シンクロ率低かったね。」
「そうですね。」
「先輩、1晩ですけど、ずいぶん荷物が大きいですね。」
「いやー、私の親が晩御飯とかに持って行けって、食材を渡されたんだよ。」
「そうなんですか。ちなみに、何ですか?」
「カレーに使える、よくある野菜と、スイカ。」
「あ、そうなんですね。うちの親に言っておきます。買い物ダブったらアレなんで。」
「ハイヨ。」
バッグからクリアファイルを取り出す私。
「なんですかそれ」
「今朝、ちょっと時間がなくて、今日の天気のストーリーを読む暇がなかったから、印刷してきたの。」
「へぇ、どんなどんな?」
バッグを置いて、瞳ちゃんの隣に紙を持って移動する。
「あら、髪飾りかわいいね。」
左の耳の上のところだけ三つ編みにして、先っぽに明るい緑色のヒモを通して蝶結びにしてあるようだ。
「へへへ」
「まずは天気図からね、、、」
天気図を眺めると、太平洋から張り出している高気圧が日本を広く覆って、そこから太平洋にある夏の空気を運んでくるため、非常に暑くなるパターンだが、天気の崩れは心配ないようだ。
上空の大気の予想図を見ると、だいたい1500mまでの高さで明日の朝に、普通は気温というものは1km上昇するごとに10℃くらい冷えていくのだが、気温が上がっていくという接地型逆転層という現象が発生し、これが朝霧の要因となる現象が発生することを示している。これは、雲海が期待できるか?
時間を戻していくと、午後から夕方、ここ地形は盆地であるため、非常に風が弱くなる時間帯に、雲が4000mくらいの高さに発生すれば、ここから上の気温は上昇した空気の方が暖かいために、雲を作りながら10000mくらいまで発達できる予想だ。
したがって、突然の雷雨さえなければ、白い城の壁が朱く染まると同時に、大きな積乱雲を背景にした写真が撮れるイメージが湧く。これは運次第ではポスターとかの背景コンクールがあれば、すごい写真が撮れるはずだ。
「楽しみですねぇ。」
「予報はまた夜に変わるから、まだ何とも言えないけど、昨日の夜の時点での予報は、いいと思うよ。」
「わたしたちの未来って、どの瞬間にもたくさんの選択肢があって、その連続でどんどんシナリオが分岐していって、その先のことは誰にも予測できないですけど、唯一、天気だけは未来を予測できるっていう世の中になりましたねぇ。」
陣内駅に着いた。まず、私の場合は荷物が邪魔になるので、カメラに電池とSDカードが入っていることを確認してから、要らない荷物はコインロッカーに預けた。
朝日に照らされて、街に張り巡らされた用水路が輝く。今日の昼にでも食べるのだろうか、採れたてのスイカが籠ごと沈められている軒先、家庭菜園のためかジョウロで水を汲んでいる人、いろいろな人の「朝」がそこにあった。
街の景観を損なわないために、法律や条例で建物の色などを規制することもあるが、この街は誰に強制されなくても、煌びやかな配色はやめて街ができた数百年前の景観を損なわないようにしようと決めているらしい。
「センパイ見て見て。」
私は瞳ちゃんが指した方を見る。上流特有の狭くて速い川。大きな石。そして、その川の上の崖に建つ陣内城。それほど大きな城ではないが、姫路城に負けないくらい真っ白で青い空に映える。
「おー、あれが。高いねぇ。」
「ちょっと登ってみましょうか?」
地形アプリで調べたら、標高150mらしい。
「リフトあるよ?1000円。」
「ちょっと高いですね。」
「だね」
街中を歩いて10時くらいになってしまったので、これはチョット急ぎだねという事になって、散策路を登り始める。崖をスイッチバックするように登っていく階段。当然、街の景色がどんどん下に広がっていく。
1段30cm。10段3m。500段で陣内城。
「キッツー」
上っている途中に、この街の歴史クイズの看板があって、郷土史にも触れられるようになっている。
「300段のところに展望台とベンチがあるらしいよ。」
「次の折り返し当たりですかぁ?」
「どうだろ。」笑
南向きの崖の遊歩道。展望台からは眼下に三日月のように曲がった川と登ってきた街並みが広がる。脚がカクカクだね。
「あーお茶持ってくればよかったよ~。」
「わたし、朝の電車のあります。わたしの飲みかけで良かったらどうぞ。」
「ありがとう。私、全部飲んじゃうから、瞳ちゃんの後でいいよ。」笑
「はいはい。」
ペットボトルに3分の1くらい残してくれたのは温情だろうか。いただきま~す。と飲んでいると、瞳ちゃんがカメラを覗き込んで上下の岩肌を見ている。
「なにかいるの?」
「子育ての期間はとっくに終わっていますけど、ツバメとかハヤブサがいないかなと思って。ツバメはちょっと小さいので、これでは探せないとは思いますが。」
景色を撮っていると、
「あっ、チョウゲンボウ」
つぶやきとともに、連射音を立てるカメラ。
「いい写真が撮れました。行きましょうか!」
「後で見せてね~」
200段を一気に登ったところに、お疲れ様!という看板とともに、自動販売機の列があった。買う買う!と飲み物を買っては、一気に飲み干す。
「ちょうどお昼だね。」
「ガイドブックによると、簡単な食事ですがあるみたいです。」
「私はそこでいいかな~。」
「わたしもです。」
陣内城の入口にある小さな建物の中に小さな食堂があって、味はあまり期待できそうにないが、とにかく、おなかが減ったので、私は鴨南蛮そばと鮭おにぎり、梅おにぎりを注文した。瞳ちゃんは醤油ラーメンを頼んだ。
そばは、お祭りとかイベントでよくある白い発泡スチロールの容器に入っていて、味は予想通りだったが、麺は、私の好みの味だった。麺の太さも製麺所によっていろいろだが、私は細麵が好きなので、ここで細麺に出会えるとは思わなかった。
500段のいい運動の後で、額面以上に美味しく感じた。
中には有料の郷土資料館があって、この街の100年前後は麻と養蚕で大きく発展した歴史と、この地域の藩主がいかにしてその技術を輸入したのかを記す展示があった。繊維業もずいぶん海外に移転してしまったために、今日、乗ってきた鉄道線の陣内駅の手前には工場の労働者のための城崎紡績という駅が作られ、今も現存しているのだが、最盛期ほどの工場の規模はない。当然、この前後には桑の樹木が植えられ、この関連の林業、農業も盛んだったのだが、今では原生林のように荒れてしまった土地も多いのだとか。
帰りはケーブルカーの片道の運賃を払って降りる。
街に降りたら、今度は寺町の近くにある茶店で、お茶と和菓子三昧。お寺のあるところはお茶と和菓子が美味しい法則。
「千早センパイ、さっきの写真なんですけど」
「うん、どれどれ?」
「いまタブレットに落としてます、ちょっと待ってください。」
もぐもぐ、あんみつを食べながら、ウメッと親が聞いたら泣きそうなくらいの食べっぷりで食べる私。瞳ちゃんがタブレットを差し出してきた。瞳ちゃんの方にお尻ひとつ寄って、
「これが、なんだっけ」
「チョウゲンボウ、です。ハヤブサの仲間です。」
「ホバリングして、こうやって急降下して、獲物を襲うんです。」
鳥の動きに合わせてうまく連射している。スワイプしていくとコマ送りでどんどん降下していく様子がわかる。
「何を捕まえたんだろうね。」
「ちょっと下までは、このレンズでは写しきれなかったので。一般的にはネズミくらいの動物だとか昆虫だとか言われていますよ。」
「背中の茶色いのとか、内側の模様がキレイ。ネコみたいだね。」
「確かに。」笑
「馬の写真とか撮ったら?」
「そうなんですよ。18歳未満お断りなので、競馬場にはまだ入れません。しっぽが風に流されるヤツとか撮ってみたいんですよね。あと北海道の帯広の冬のばんえい競馬とか。寒いから、白い吐く息を撮れるんです。あれは壮観だと思いますね。」
「そうか、年齢制限ね~。」
「あ、そろそろ駅に戻らないと。迎えが来る時間です。」
駅まではそれほど遠くないので、歩いて戻って、コインロッカーから荷物を取り出して、駅前の送迎車用スペースにある東屋に腰かけて待つ。
「もうすぐ着くみたいです。」
「私、キャンピングカーって初めてなのよね。」
「そうなんですか。うちは夏休みにこういうことするので、何回目でしょうかね。・・・あ、来た来た。」
キャンピングカーはけっこう大きかった。真ん中の戸が開いて、
「こんにちは、乗って乗って」
「はじめまして、お世話になります。」
「行きましょう、行きましょう」
瞳ちゃんがニコニコしながら、私の背中を押す。
中にはカウンターダイニングがあって、その後ろには2人分のベッド。上には2人が寝られるスペースがあるようだ。
車は出発し、キャンプ場へ。
「瞳、どうだった?陣内城。」
「すごいね~、雲海になったら本当にポツンと浮く立地だったよ。先輩に言われなかったら行ってなかったかも。」
「永野さん、ありがとうございます。カメラに興味を持ってくれたって、本当に喜んでたんですよ。」
「そうなんですか、大会に出た作品に引き寄せられました。私の先輩にあの展示を見るように勧められなかったら、この出会いはありませんでした。カメラは、どなたかがお持ちだったんですか?」
「オレのオヤジだな~。」
前から声が聞こえてきた。
「そうなんですね!」
「じーさん、頼まれてもいないのに、カメラを買ってあげて、いろんなところに連れてってたね。・・・あ、後ろのところに飲み物冷えてるから、好きなの飲んで」
「ありがとうございます。」
「あ、おばちゃんにも、お茶取って。使ってゴメンね。」
「いえいえ。瞳ちゃんは・・・?」
飲み物を取り出そうと振り返ると、さっきまでベッドにうつ伏せで横になってゴロゴロしていたと思ったら、ぐっすり寝ている。
「ケーブルカー代を節約して500段階段で上まで行ったので疲れちゃったんですね。」笑
「あらあら。永野さんは平気なの?」
「ちょっと疲れてますけど、昔、運動部だったので、このくらいはまだ平気ですね。」
「そうなの、何やってたの?」
「水泳をチョコっと。」
「いいね~。辞めちゃったの?」
「ええ、競技に疲れたっていうか、私にはちょっと合わなかったみたいで。でも、水泳が嫌いで辞めたわけではないので。」
「いいんじゃない?それ一本でいかないといけない、っていうキマリはないんだし。それに、そのおかげでこうやって出会えた、私たちは嬉しいヨ。」
「私、学校では水泳部の関係ですごい有名人っていう自覚がなかったんですけど、瞳ちゃんは私を有名人扱いしてくれなかった、というか私のことを全然知らなかったみたいで、ゼロから始まった人間関係みたいで、すごく嬉しかったんです。」
「そうなんだ。でも、その過去って永野さんにとっては悪い過去じゃないんでしょ?」
「ええ、悪い過去だとは思っていません。」
「永野さんは強いね。悪い過去は捨ててイチから始めたいって思うのは普通のことだけど、良い過去を誰にも知られなくてもいいっていう覚悟は、承認欲求の塊である人間にとって、そんな簡単にできる事じゃない。と思うな。」
「私、新しい世界に、見たことのない景色をどんどん見たいと思うんです。自分で言うのもなんですが。カメラってすごいです。見たことのない瞬間をこうやって記録できるので、瞳ちゃんみたいに賞をもらうのは無理でも、私がこれから生きていくことにとって必要なものになるんだろうって思うんです。」
「そうだねー、写真はいいもんだよ。動画は歩いていても撮れるけど、写真はファインダーを覗き込んでいるから立ち止まらないといけない。ここだ、と思ったとき、そのためだけに時間を使える、これって贅沢なことだと思うんだよね。昔は現像しないといけなかったけど、今は画面を見て、何度も自分の気に入った仕上がりになるように挑戦できる。おじさん、昔はそういうの好きじゃなかったんだけど、チャンスは何回でも来るって思うと、けっこうアリかなって思えるようになったんだ。でも、景色や動かないものを撮っていても、その瞬間というものは、一生に一度しか来ない。チャンスの前髪って知ってる?」
「チャンスの前髪・・・?」
「チャンスっていう人がいるとするじゃない、そいつは男か女かはどっちでもいいんだけど、とにかく前髪の長いヤツで、アッと思って捕まえようとしたとき、後ろの髪はとても短いから、それでそのターンは終わってしまうってことなんだよ。当然、アタリハズレはあるだろうけど、それをとにかく捕まえてみようとする勇気、これはいつまで経っても大事にしていきたいよね。って思う。で、今回、永野さんがとりあえず、捕まえてみたのがこの部活だった、っていうことなんだな、きっと。・・・ ん、もう着くよ。」
キャンプ場に着いた。テントを張っている人もいれば、私たちのように車で来ている人、さまざまだ。とりあえず、場所取りをして、北側に陣内城の見える開けた一番奥の場所が空いていたから、そこにとりあえず荷物を降ろした。
日よけ用の大きなタープを張って、椅子を並べてと、夜の調理の準備はとりあえず済んだ。
「いい眺めですねー。」
「だねー。明日の朝はきっと冷えるよー。」
「おーい、そろそろ次のところ行くよ~。」
16時を少し過ぎたところで声がかかった。日没は18時37分。城の北側の高いところまではだいたい1時間くらいかかるそうだ。
「はーい。」
瞳ちゃんのお母さんは、お湯を沸かしてコーヒーでも飲みながら、風に吹かれて留守番をしているということで、3人で出発。
南東の空にはモコモコ雲が少し出ているが、雨を降らせるにはほど遠いように見える。
16時30分、陣内城の北にある滝が連なる道路に入る。さっきのモコモコ雲は成長し始めて、ソフトクリームのようになって、どんどん大きくなってきた。
「センパイ、雲が出てきましたね。」
「地獄の釜が沸いた?」
「予想通り、すごいですね!」
「雨が降るかどうかはまだわからないよ。お天気はいつも気まぐれ。」
17時20分、陣内台展望台駐車場に到着。滝が落ちる音が聞こえる。風は弱い。
雲はかなとこ雲に成長し、雲の底が分厚く、たまった水が今にも落ちそうだ。
望遠レンズで反対側のキャンプ場のあたりをのぞいている。
「見えるの?」
「さすがに人の顔までは・・・あれ、うちのやつかなー?」
「盗撮かい。」
メッセンジャーであっちの天気のことを聞いているらしい。
「あっちは降りそうな気配はないみたいです。」
天気アプリで気象レーダーを見ていると、もういつ降ってもおかしくないような雨雲が映っている。
「雨柱のチャンスだよ。もうちょっとで雲の下が白くなってくるから。」
私は親から借りてきた三脚を立てて、画角を決める。
雲はゴロゴロと音を立てて、雨を降らせながらこちらに近づいてくる。雨具は持ってきていないのでギリギリまで雨柱を撮り続ける。
ポツポツと降り始めた。まもなく大粒の雨に変わってきた。
「センパイ、避難しましょう!」
「わー、ヤバいヤバい」
ヒャーと言いながらカメラを持って車に戻る。ゴォーッと激しい音を立てて雨が降っていく。18時20分、小降りになってきたが、まだ雨は止まない。
18時28分。空は黒い雲だが、雲の下から夕陽が当たり始める。黒とオレンジの空に変わってきた。急いで車から降りてさっきの場所に戻る。
深緑にオレンジがかかった山、城の白い壁にオレンジの光が当たる。一瞬だけ太く明るい虹がかかるが、日没がすぐだったので一瞬で消えてしまった。
「撮れた?今の」
「ハイ、バッチリです!」
雨が降ると上空と地面の空気が入れ替わるため、冷たい空気が一気に降りてくる。この冷たい空気は重たいので、勢いで斜面を登る。地表面はさっきまで暖まり続けていたので、この冷たい空気が入ると急激に冷やされて霧を発生させる。
陣内市街から山の麓にかけて霧が発生し始めた。斜面を登っていく「滑昇霧」は一定の高さ以上には登れないので、水を張ったボウルの中に入れたドライアイスの煙のように、タプタプと溜まっていく。
18時55分、城があっという間に霧の上に浮かぶ島のように、雲海が広がる。
「明日の朝の分も先取りですね!」
「すごーい。来てよかったね!」
「センパイって雨女ですか?もしかして」
「ひどーい!悪い人みたいじゃない」
「そういう事じゃなくて、だいたい、センパイといると夕方か夜は雨で、しかもいいコトがある。雨の女神様みたいですネ。」
そう言ってカメラを私に向けて1枚撮った。
「二人とも、記念に1枚ずつ撮ってあげるから、カメラ貸して」
展望台の看板の横に並んで、雲海を背景にした記念写真を撮ってもらった。
雲が消えるまで眺めていたかったが、次の予定もあるので、19時02分、駐車場を後にした。
車中ではさっきと同じように、瞳ちゃんはベッドでゴロゴロしながら撮った写真を楽しそうに眺めていた。
20時ちょうど、キャンプ場に戻る。
「おかえりー、あっち真っ白になってたけど~?」
「すごかった!」
「いいの撮れた?」
「うん、撮れた。センパイの天気予報当たったし、オマケ付きだった。」
「へぇ~。すごいネ。」
「いえ、すごいのはコンピューターです。私はただその、グラフを読んだだけで。」
「お天気キャスターにでもなったら?永野さんかわいいから、人気出るかも?」
「そんなー。」
「思うんだけど、天気予報って、雨風を予報するだけが仕事じゃないと思うんだよ。こうやって、どんな天気条件のときに、何を見たいか、こういうのを予想する仕事っていうのがあっても良いと思うんだよね。土砂降りの日はいつなのかとかね。」
「あー、なんかわかります。」
「北海道に摩周湖っていう湖があるのは知ってる?」
「摩周湖、ですか。・・・マリモ?」
「ははは、それは阿寒湖。霧の摩周湖って呼ばれるんだけど、そのくらい観光シーズン中に霧が出るからそういう呼び名が付いているんだけど、晴れの摩周湖を女性が見ると婚期が遅れるっていう迷信もあるくらいなの。」
「じゃあ、結婚したくない人には晴れの日の旅行を勧めると。、、、それはある意味で儲かりそうですね。」
車内で簡単な鍋物料理が始まる。時間が遅いので、そんなに面倒な料理をすることもなく持ってきた野菜を切って鍋に入れて肉を入れてスープにするだけ。おにぎりは事前に買ってあったようなので、21時には食べられた。
「センパイ、お風呂行きませんか~?」
「え、お風呂あるの?」
「あるみたいですよ。」
「お風呂道具持ってきてない。」笑
「バスタオルならありますよ。シャンプーとか、わたしの使ったらいいですよ。」
「じゃあ行く~」
露天風呂のある入浴施設。営業は1時まで。元々キャンプ場はそれほど混んでいなかったのに加え、23時を過ぎると、さすがに入浴客はいなく、貸し切り状態だった。
陣内市街の街明かりと、まだ少し残っている霧が見える。
「瞳ちゃんは、いままで行ったところでどこが一番好きなの?」
「そうですねぇ。小学生の時に行った、どこだったかな~。山梨か長野の山麓に泊まった時でしたかねぇ。あの時の星空はキレイでした。春先だったので、山に雪が残っていて、長時間露光のときに、星空とぼんやりと白い山が写ったりして。あれはよかったですね。」
「雪山かー、私、雨属性だから冬の土地ってそんなに行ったことないかも。」
「冬に出かけたら、ダイヤモンドダストとかブロッケン現象とか、素敵な空を見せてもらえそうですね。・・・山の方が明るくなってきましたね。」
「4日前に満月だったから、下弦の月に入ったんだね。東からちょっと北の方角に月が出てくる。城の右上に月が浮かんでいる写真が撮れたかもしれないけど、カメラ持ってこなかったね。」
「そうですね、今日、唯一の頭に焼き付ける景色になりましたね。」
0時過ぎには霧はすっかり消え、元通りの景色に戻っていた。
いい湯だったとキャンピングカーに戻って、私たちの寝る場所は車の上のところ。
1日の疲れがどーっと来て私たちは布団に入ったらすぐ寝落ちした。
「センパイ、センパイ、起きてください」
瞳ちゃんが私の肩をゆする。
「ねむ~い・・・」
「センパイ、外!外!」
と小さいが力強い声で呼ぶ。
後ろに寝返って、チョット寒かったから瞳ちゃんにくっつきながら、車の横についている窓を覗き込む。
日の出は4時49分。まだ太陽は出ていないようだから、日の出前であることを意味している。霧が出ている。
「ハッ!」
「南側からの雲海も見てみましょうか?」
「朝の雲海は寿命が短いの。太陽で地表面が温められるとすぐに消えてしまう!」
まだ寝ている大人たちを起こさないように、そ~っとドアを開けて外に出る。
「すごーい。」
「昨日のは空気が急に動いて冷やされてできる霧だけど、これは、放射冷却で空気が冷やされて、相対的に暖かい川から水蒸気が出る、昨日のとは仕組みの違う霧なんだよね。」
「ガイドには9月って書いてましたから、あんまり期待してなかったんですけど、今日でよかったですね。明日なら見られなかったかもしれない。」
瞳ちゃんは外のテーブルの上に置き去られていたミネラルウォーターのペットボトルを開けて、やかんに入れて、ガスに火をつける。近くの箱の中からステンレスのカップを出してきて、
「センパイ、朝は何を飲むんですか。コーヒー?紅茶?」
「じゃぁ、紅茶にしようかな。」
「奇遇ですね。私も紅茶です。」
ティーバッグを取り出して中に放り込む。あとはお湯が沸くのを待つだけ。
朝露が出て、外のものが濡れてしまうことを知っててか、椅子などはたたまれて、上にシートが掛けられている。キャンプ慣れしているなぁ・・・。
お湯を待つ間にシートをはがして、タープの柱に紐を結んでそれを干す。椅子を開いて、テーブルを出して、雲海を見ながらお湯とティーバッグの入ったマグカップを置く。
「濃さはお好みで。」
「私、真っ黒になるくらいまで出すのが好きだから、まだだなぁ~。」
「シブシブのが好きなんですか。」笑
「そうね。」
雲海の上にそびえる城をぼんやり眺めていると、太陽が登ってくる。空気が暖められ始めて、雲の上面の空気が動き出し、雲が波を打ち始める。
5時30分、2杯目の紅茶を飲んでいると、波の動きがさらに激しくなり、雲は徐々に消え始める。
6時、すっかり雲は消え、元の姿に戻った。
「ほんとだ、短かった。」
「起こしてくれてありがとうね。瞳ちゃんの一番見たかったものがいま、ここで見れてよかったね。」
「ハイッ!」
7時、大人が起きてきて、「あんたたち、ずいぶん早いね、なにやってんの?」と車から降りてきた。
「早起きは3円の得だよっ。」
「安っ」
朝ごはんはトーストと目玉焼き、よくある朝食風景だ。
朝食が済むと、少し休んで話もそこそこに、出したものの撤収を始める。
10時、帰路につく。12時すこし過ぎたところで、家に着く。
「本当にありがとうございました。すごく楽しかったです。」
「また誘うよ~。」
「はい、機会があればぜひお願いします。」
「センパイ、また学校でね~」
「うん、じゃーね。」
遠くなっていくキャンピングカーの後ろが見えなくなるまで見送った。
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