8. 無知と未知
翌朝、すごくスッキリとした目覚め。これは久しぶりじゃないかというくらいに気持ちいい。
そういえば、瞳ちゃんにメッセージを送っていなかった。と思って、
18日のキャンプ、許可出たヨ。でも私が行って邪魔じゃない?大丈夫?
朝7時だから、まだ寝てたかな。と、とりあえず朝ごはんを食べにリビングに降りる。
物価高の世の中だけど、4つ切りのトーストにしてもそのまま食べても美味しいフワフワの食パンとベーコン、レタス、スクランブルエッグ。食パンには今日はマーマレードジャムを、家計のことを考えもせず、たっぷり塗る。人間はいつ死ぬかわからんねん、食べたいときに食べたいものを食べておかないと、絶対後悔するでしょ。
でもアレよな、そのうちアルバイトでもしないと怒られるだろうか?笑
好きな部活、学校、好きなことを好きなだけさせてくれて、本当にありがとう。私は幸せ者だよ。
食器を洗って、チョットコーヒーでも飲もうかなとお湯を沸かしているとスマホが鳴る。開くと、瞳ちゃんからメッセージが返ってきた。
ホントですか。嬉しいです~。うちの親がぜひ来てくれって言ってたんですよ!
ありがとう。わかったよ~。
でですね、ちょっと申し訳ないんですが、8時に
あ、そうなんだ。現地入りするのは何時くらいなの?
陣内のキャンプ場にはいつ頃入るの?
ええと、あの辺で14時くらいに買い物して、ですから16時くらいでしょうかねぇ?
そうなんだ、陣内の周りをちょっとカメラを持ってウロウロしたいから、そこら辺で合流してもいい?
面白そうなのあります?
あるんだよ、それが。ちょっとこの機能では説明が難しいんだよねぇ。どっかで会えないかな?
わたし、明日学校の方に行くんですけど、その話、どっかで聞けたりしませんかね?
ああ、私も昨日、いろいろあって、明日学校に行かないといけなくなったんだ。部室で会おうか?
わかりました。わたし、昼過ぎからいますから~。
はいよ~、よろしく~。
昨日洗濯した、高旗さんのものはさすがスポーツ用。全部すぐ乾いて、いつでも返せる状態になった。いつも4つ切りパンを買うお店の手提げの紙袋にたたんでしまって、明日返すと決まった。
そういえば、制服・・・。いいや途中まで私服で行って、ターミナルのトイレでジャージに着替えればなんとかなるか。まさか冬服で行くわけにはいかんしな。
その日の午後は、パソコンでゲームをしたり本を読んで過ごした。
次の本は哲学書じゃねぇか・・・。これ、私にどうしろと・・・。笑
翌朝。
「あら、おはよう。早いのネ。」
「ああ、アレ返しにいかないといけないから。」
「あんた、陸上やったら?」
「やらんて」笑
「あのウインドブレーカー、似合っててカッコよかったのに。写真撮ってあげれば良かった。そういえば、今日の3時にあんたの制服クリーニングから戻ってくるから取ってきて。」
「恰好でスポーツやるか普通。どこに出したの?」
「いや、第一印象は大事でしょ。あんたが気にしなさすぎなだけだって。東町ターミナルのショッピングセンターの中にあるトコ。」
「あーあそこ。うん、わかったよ~。」
「乗り継ぎウマくいかなかったら悪いから、コーヒー代くらい預けとくわ。」
1000円ゲット。
今日はパンではなくコメとみそ汁と、、、和風だった。ご飯ですよをつけて食べる。
朝食を食べ終えて、バスに乗って学校へ。途中、渋滞があってバスが少し遅れて、乗り継ぎ時間に余裕があまりなさそうだと悟って、バスの後ろの方には誰もいなかったから、座席に隠れてジャージに着替えて、何事もなかったかのように乗り換える。母がこの姿を見たら何と言うだろうか。笑
学校に着いて、陸上部の練習をしている人が何人か見えた。
そういえば、高旗さんは何の種目か聞かなかったな。でもあの格好とスパイクで長距離はないだろう。トラック競技だろう。マラソンの人はだいたい短パンでしょ。
トラック上にはまだ姿はなかった。お昼には部室なんだろうなと思って、とりあえず部室で本でも読んで時間をつぶすか・・・。
職員室で文芸部(長いから3文字で!)の鍵を借りにと2階へ。担任がいた。
「センセ~、文芸部の鍵貸して下さ~い。お盆休み満喫しないんですか?」
「おー永野。オレのお盆休みはあさってから。当番で明日まで出勤。」
「そうなんですか。」
「あれー、誰か先に持って行ったみたいだよ?」
「あらら、じゃぁ、失礼します~」
職員室を後にしようとすると、
「永野、よくまた部活に入ったね~。」
「いや、学校祭のお陰ですよ。あの優秀賞の写真見ました?あれは惚れますって!」
「顧問の
「なんですかその、私を腫れ物扱いするこの学校の雰囲気は」笑
「入部届を持ってきて、誰かなって見て、えーーーっ!意外ぃぃぃ!!って叫んでたから、先生たちみんなビックリしてたぞ。永野は有名人だからな~~。」
「よかったですね、私が卒業しても10年くらいは話題に困らなそうなのがいて!」
「いや、悪い意味じゃなくてね。あれはオレなら立ち直れんって。転校するわ、多分。」
「たかがタイムじゃないですか。」
「そう、そう、永野のメンタルすげぇよ。将来の仕事とか考えてるの?もう」
「あー、何も考えてないです。私、いつもぼーっとしてるじゃないですか~。」
「お前のぼーっとは信用ならん。ちゃんといろいろ考えてるじゃない。英文訳、ステルスで当てても話聞いてるからないつも。」
「ほっといてください!」笑
「あ、先生、陸上部の顧問の先生って誰なんです?」
「お、掛け持つのか!掛け持つのかっ!」
「うちの親と同じことを・・・。」
「陸上部か~?・・・
「瀧川先生ですか。保健室でしゃべったことあります。」
「ふーん、なんで?」
「いえ、ちょっと。」笑
「・・・」
「掛け持ちませんからね!」
「わかったわかった。」
私は、この学校の有名人なんだ。だけど、高旗さんは全く知らないっていうね。笑
そんなことある?笑
5階建て校舎のこの学校は、バリアフリー法に則ってエレベーターがついている。ただ、一般の生徒は例えば吹奏楽とか大きな機材を持って運ぶ場合以外の使用は禁止だ。学校の電気代のことを考えたら当たり前のことだろう。
5階に上がって、部室の引き戸を開ける。
「あ、瞳ちゃん、お昼から来るって言ってなかった?」
「そうなんですけど、1本早いバスに乗れたんで早く来ちゃいました。」
「千早センパイこそ、昼からじゃなかったでしたっけ?」
「ああ、この持ち主、まだいないみたいだったから、昼に部室に返しに行く。」
「なんですかそれ」
「おとといさ、夕立になったでしょ、ちょっと雨に当たっちゃって、陸上部の子に着替えを貸してもらっちゃって。」
「え、雨降る前に学校出たじゃないですか。」
「そう、このあと、ドラマがあってね。」
カードケースからSDカードを取り出し、人差し指と中指に挟んで、キラーンとか言いながら瞳ちゃんに見せる。
「おお、漁獲アリ!ですか、センパイ!」
「キャンプの話をする前に、渡瀬プロに講評を願おうと思って。」
部室には起ち上げたらすぐにOSが動く、オカシイ性能のパソコンがあって、私は、アタオカ(頭おかしいの略)PCと勝手に呼んでいるものがある。瞳ちゃんが、いいですか?と言ってカードリーダーに差し込んでデータを開く。
「おー!?いいの撮れましたね。」
「でしょでしょ、私、才能あるかも!?」
「わたしは好きですね、これ。・・・あれ、この人、高旗先輩ですよね?」
「知ってる人だった?」
「先輩こそ知らないんですか、この人すごい人なんですよ。」
「いや、一緒のクラスにいたことも、おととい知ったくらい、お互いに存在感がなかった。」
「先輩、それはいけませんネ。」
アタオカくんのブラウザを開いて、県大会と全国高校総体のページを出す。
県大会 女子100m決勝 +0.0 2位 11.99 上城崎2年 高旗 彩
全国高校総体 女子100m決勝 -1.0 7位 12.05 上城崎2年 高旗 彩
県大会 女子200m決勝 +3.5 1位 24.00 上城崎2年 高旗 彩
全国高校総体 女子200m決勝 -1.8 3位 23.84 上城崎2年 高旗 彩
「まじかー トップアスリートじゃんか~、知らなかった~。」
「あと100mリレーの県代表ですヨ。もうはや体育大学からお声がかかっているっていう噂もあります。」
「マジで。私のカメラの腕が良かったんじゃなくて、写真撮られ慣れだったのか、もしかして。」
「ははは、そうではないと思いますけど、否定もできないですね。」
頭を抱えて、髪をわしゃわしゃやってる私を見て、
「センパイ、かわいいっ。・・・あ、そういえば話って。」
指をパチンと鳴らして、
「それだっ。」
時計を見ると11時半。
「おう、ちょっとお昼近いね。瞳ちゃん、お昼、持ってきたの?」
「はい、持ってきましたヨ。」
「だよね~。私、バス遅れてさ買えなかったさ。あ、でも大丈夫、カバンに常備カロリーメイトが入ってるから。ちょっと、下でジュース買ってくる。ちょっと、このメモ書き読んでて、プランを書いてるから。ガイドは持ってきてる?」
「いえ、今日は持ってこなかったですけど、webの地図とか見ながら読んでおきます。あ、センパイSDカード、しまって持って行ってください。忘れないように。」
「あ、いけない、いけない。」
カードケースにしまって、紙袋と財布を持って階段を降りる。
陸上部の部室に向かう最中、本人の許可がもらえれば、だけど高旗さんのドキュメンタリーっぽいヤツを来年の出展作品に向けて作ったらどうか、と思いついた。
陸上の競技スペース、今日は真ん中はサッカー部とラグビー部が使っている。陸上部員は誰もいないので、お昼休憩に入ったところと見える。今のタイミングならいるだろうけど、もしいなかったら、他の部員さんに預けよう。
運動部の入っている部室棟に入って、陸上部のドアをノックする。
「はい、どうぞ~。」
「あ、こんにちは。高旗さんいますか?」
「おーいらっしゃい、お天気マニアの千早っち。」
他の部員にうつ伏せでふくらはぎのマッサージ器を当てられて、気持ちよさそうな顔をしながらこっちに向かって手を上げている高旗さんの姿が見える。
「高旗さん、返しに来たよ、どこに置いておこう?」
「あー、ありがとう。」
こちらに来て差し出した紙袋から中身を取り出す。
「さんづけは堅苦しいから、彩っちでいいヨ。」
「あ、あやっち?」笑
「そうそう。」
「検討しときます。」
ウインドブレーカーとかを両手で抱えて、顔をうずめる。
「おー、この柔軟剤はいい香りだ。」
「彩っち、この方、2年の永野さんじゃない?」
「そう、同じクラスにいたのを、実はおととい、コレきっかけで知った。なんで?」
「わたし、去年、水泳部の仙道香帆と一緒のクラスだったんだけど、水泳部のレジェンドだよこの人。」
まじか!私、思ったより有名人だった。
「みなまでいうな!」
顔が真っ赤になって思わず叫んでしまった。
「ゴメン、彩っち、私も、あなたの記録のコトさっき文芸部で聞くまで全然知らなかった!」
「まじか!どんだけ存在感ないのウチら。」
まじ?まじ?っていう雰囲気の中でお互いに指さしあってゲラゲラ笑った。
「彩っち、永野さんにコレ貸したの?」
「そう。だって、おとといの土砂降りン中、私が熱中症で倒れたと勘違いして寄ってきて取材されてしまったわけ。」
「永野さん。」
「はい?」 おかしい空気になってきたぞ。
「おもしろい、ちょっと着て見せて~」
「え、なんで。」
「いいからいいから」
「いいよ、ウチも見たい。」
「いや、そこまで言うなら。」
「やっぱ、似合うな。ウインドブレーカーはオーバーサイズでしょ。萌え袖がかわいい。」
「えー、ジャストサイズじゃないと、気合入らなくないです?」
「彩っち、全国の女子陸上ファンを舐めたらいかんぞ。」
「自分の名前調べたらスゲェ出てくるんじゃないかな?」
「しない、競技中の写真なんて恥ずかしくて見れませんって。」
3年生の先輩が寄ってきて、肩を軽くつかんで、高旗さんの横に私を立たせると、私の腕を腰に回させて、これこれ。と言って、
「すげぇ、姉妹みたいでかわいい。いいねいいね。」
スマホでグラビア撮影までされてしまった。
「ゴメンネ、変な先輩で。もうちょっと付き合ってあげて」
と耳打ちされて
「う、うん。あ、私の部活の関係でちょっとお願い事があって、あとでSNSで話そうと思って。」
「わかったよ~。」
「先輩、気が済みましたか?千早っちが困ってますよ。」
「あ、悪い悪い。いや、ありがとう。いいもん撮れた。あとで香帆に自慢しよ~っと。」
「それはヤメテー-!」
午前で、今日1日分の気力を使い果たした感じ。スポーツドリンクを3本買って5階に戻る。
「ゴメンネ、お待たせ~」
ハイっと飲み物を1本渡すと、
「センパイ、疲れてますね?なにかありました?」
「チョットじゃないけど、ちょっとね。」笑
「なんですかそれ。」
「ねぇ、瞳ちゃん、私って学校でどんな存在なの?」
「わたしはよく知りませんけど、前は帰宅部、、、だった、、んですよね?」
「いい、それでいい。何も知るな、調べるでないぞ・・・。」
「いや、やっぱり気になります。」
「ちょっとそのパソコン貸して。」
去年のフォルダを開いて10月、水泳部と書かれたフォルダを開く。
「私の素性はコレだ。」
「センパイ、水泳部だったんですネ、全然知りませんでした。」
「私は全部見る気がないから、まぁそのうち見てみ。」
「それは見てくれということですか、できれば見なくていいってことですか?」
「もう、好きにして・・・。・・・でさ、今度のキャンプの話。」
日没の時間のコト、この城がこういうふうに撮れそうな場所がここ、ということ。ここの街には室町時代から建っている蔵があったり、幅は狭いが生活用水用の運河があって、街ごと文化財に指定されているところで、なにか素材になりそうな写真が撮れそうだから、この辺りをウロウロするから現地で合流したいと伝えると、瞳ちゃんも、それは楽しそうだと言ってくれて、一緒にカメラを持って散歩しましょうかと言ってくれた。
少し遠い、夕景の撮影についてはその時間帯に車で行ってもらえるように頼んでくれることになった。
3時を過ぎて、帰ろうかっていう話になって部室を出て鍵を返す。
バス停に向かって歩いていると、こちらに向かって手を振ってくれる陸上部。
私も手を振り返して、
「センパイ、学校のアイドルみたいですね!」と瞳ちゃんに言われる。
「ま、そんなトコ~」
バスは私たちを乗せて出発。
「ゴメン、今日私、東町で用事があるから今日はここまでネ。」
「はい、18日楽しみにしてます。陣内駅8時ですよね!」
「うん。瞳ちゃんのほうが2駅前だから、結局、同じのに乗るんだと思うけど。」笑
「何両目に乗っているかは、私たちの相性が試されますネ。」
「そうかもね。」
東町ターミナルで降りて私たちは別れた。
近くのショッピングセンターまで歩いて、クリーニングの受け取り。もらった1000円のうち、360円はさっきジュースに使ったので、残り640円。ハンバーガーセットを食べると少し赤字になってしまうので、次のバスまで、飲み物お代わり自由のドーナッツ店で時間をつぶすことにした。
本を読みながら、そろそろか。とバスターミナルへ。
バスを待っていると、ちょうど陸上部の帰りの時間と重なったらしい。
「千早っち、待っててくれたのー?」
「いや、そういうわけじゃないけど、これ」
と、カバンの中に入れたクリーニング上がりの制服を見せる。
「あ、なるほど。」
バスが来て、この前座った席と同じ席に座る私たち。
「ちょうどよかった、あとでメッセンジャーで送るって言っていた話。」
「なになに」
「うちの部活で、春に出展する企画で、ある人物特集をしようってことになったんだけど、彩のことを書きたいなって思ったんだ。やってもいいかな、って話をしようと思って。」
「へぇ~・・・」
彩はしばらく考えて、
「お互い、存在感ない者どうしだから、面白いんじゃない?いいよ」
「よかったー。」
「それは、いろいろ過去も洗いざらい話さないといけないのかな?」
「まだ、中身の組み立ては全然だけど、部活メインだけじゃ、たぶん足りないから、ちょっと昔の話も。ということにはなるかもしれない。」
「そっか、じゃあ今度、うちにおいでよ。いろいろ見せてあげる。」
「うん、こんど遊びに行くね。あと、夏休み明けすぐの大会どこでやるの?」
「9月2日、
「知ってるー、駅からちょっと遠いネ。」
「そうだね。最初から終わりまでウチは出るわけじゃないから、けっこうヒマを持て余すかもよ。部長には話を通しとくから、控室というか、そういうところも立ち入りOKにしてもらえるように頼んでおくね。大会の日程、あとで送るよ。」
「よろしく」
そのあと、夏休みの宿題はどうしたこうしたとか、やったやってないの話、残りの休みの過ごし方など、世間話をしてバスターミナルに着いて、最近、身近になった”y”字路で私たちは別れた。
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