4. 水の記憶
学校の夏期講習の合間を縫って3泊4日の合宿が行われた。カメラを使うときはだいたい、機械にお任せ全自動機能以外は使ったことがなかったのだが、教えられなければ、絶対に使わなかったであろう機能をたくさん教えてもらい、何よりも、盛大な歓迎を受けた。
部員は私を含めて20人弱の小さなものだが、言葉で、絵で、写真で、文字でその瞬間を切り取る同志の集まりは、文学的で面白かった。
夏期講習も残り何日かになった8月6日。
毎朝、1日の空がどんな風に変わっていって、どこでどんな最高の空を眺められるのかを予想する。
前線が日本海から北日本を通り、日本の東へのびており、前線に向かって下層暖湿気が流入。日本海北部から中部では対流雲が発達し非常に激しい雨の解析と発雷を検知。関東地方では、下層暖湿気が流入し、対流雲が発達。発雷を多数検知し非常に激しい雨を解析。
中国東北区には500hPa 5820m付近の-6℃以下の寒気を伴うトラフがあって東南東進。
この前線は500hPa 5820~5880mのトラフの接近により、7日にかけて東北地方から東日本を南下。6日朝までに日本海中部の前線上に低気圧が発生し、7日夕方にかけて東北地方を通過。前線や低気圧に向かって台風から変わった熱帯低気圧起源の下層暖湿気(850hPa Θe 345K以上)が流入し、大気の状態が非常に不安定となる。
このトラフは7日にかけて北日本~西日本を通過(300hPaでは、北日本には-36℃以下、東日本には-33℃以下、西日本には-30℃以下の寒気が入る)。また、熱帯低気圧起源の下層暖湿気が残り、日中は気温上昇も加わるため、大気の状態が非常に不安定となる。北~西日本では雷を伴った非常に激しい雨や、激しい雨が降り、大雨となるところがある。土砂災害、低い土地の浸水、河川の増水に注意・警戒。落雷や竜巻などの激しい突風、降雹に注意。また、西~東日本では6日は晴れて地上気温が上昇し、広い範囲で猛暑日となり、熱中症の危険が高まる。
要は、今日はとにかく暑い、雷雨がある。ということらしい。
午前中に講習が終わり、今日は暑かったので私としてはこの夏一番の汗だく。シャワーを浴びて帰りたい気分だったので、そうだ!と思って水泳部のプールの様子を覗いてみることにした。
校舎が北側に東西方向に建っているところ、プールは西側の辺にある。周辺には弓道場やテニスコートもある。東側には青色のトラック付きのグラウンド。今日はサッカーにも使える中央部も陸上部の日らしく、短距離、リレー、中距離、障害、砲丸投げ、走り高跳び、走り幅跳び、こういった部員たちが練習している。
槍投げや円盤投げもあるそうだが、事故が起こる可能性があるので、常に別のところを借りてやっているのだそうだ。
グラウンドの脇を通り抜けて白く塗られた鉄筋の建物の中に50m4コース、25m6コースを備えた日本でも有数の規模を誇る水泳部の建物がある。この維持費はどこの誰が出しているのか、というくらいお金がかかるでしょう。と思うのだ。
プールのシャワー室は入り口のドアを開けて左が女子、右が男子。
入口の引き戸に手をかけて軽く引いてみると鍵はかかっていないらしい。よし、潜入開始。
同時に、肩を叩かれてビックリする私。
「おっす、千早、来たか。」
「仙道センパイ!あ、いや、ちょっと汗かいたからシャワーを貸してもらおうかなって思って、泳ぎに来たわけでは」
「タダでシャワーは貸さんぞ?」
「いえ、それに、私、水着持ってきてないですし。」
「No Problem Chihaya!I HAVE ANOTHER one!」
「や、やっぱり帰ります!」
「逃がさんぞ~。アタシと競争していけ。今ならセームタオルも付くぞ?どうせハンドタオルか何かでごまかすつもりだったのだろう?」
腕を摑まれてズルズルと女子更衣室に引き込まれていく私。
「・・・」
タオルも付くという条件にクラっときて(?)、半年ぶり、いやそれ以上ぶりに学校のプールで泳ぐことになった。仙道先輩は私よりも体格が少し大きいのに、水着は私が着ると少しキツい。ユルっとしたスクール水着に比べて、大会で着るようなものを着ると、ブランクがあるとはいえ、少し緊張する。
「どう?久しぶりのプールは。」
「なんか、こう、緊張しますね。」
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10月10日 日曜日 時刻は15時になりました。
予選から2日間にわたって行われた、県内の水泳部の高校生たちが一堂に会する後期初めての大会は、いよいよ最後の競技、女子400mフリーリレーになりました。
8時から行われた個人種目の決勝の5位までの入賞成績を振り返りましょう。
100mバタフライ
1位
200m背泳ぎ
1位 南高校1年
100m自由形
1位 上城崎高校1年 永野千早 58秒88、2位 北高校1年
200m平泳ぎ
1位
200m 個人メドレー
1位 上城崎高校2年 仙道香帆 2分22秒22、2位 北高校1年 内村沙也 2分24秒37、3位 上城崎高校1年 永野千早 2分24秒88、4位 北高校1年 広内香音 2分26秒19、5位 南高校1年 福山彩花 2分28秒00。
以上のようになりました。.
かつては県内に名を轟かせた四条高校の水泳部ですが、3年生が引退して学生数の減少に伴って在学する2年生が卒業後、その名前もなくなってしまいますね。来年の8月までどうか記録表にその名前を刻んでほしいものです。残りの部員も5人となりましたが、200m背泳ぎで2人入賞という素晴らしい成績です。
さて、400mフリーリレーですが、これには予選はありません。県内7校が一度に競技をします。
本日の泳者たちを紹介します。
泉高校、柏台高校、霧立高校、北高校、上城崎高校、四条高校、南高校と五十音順にコミュニティFM局のアナウンサーが読み上げる。高体連の様子は特別放送ということで、競技の様子が電波に乘っている。オリンピック中継のようにいろいろな会場から、いろいろな競技の途中経過を放送しているのだ。
北高校、第1泳者は野田さくら、第2泳者 山本明日香、第3泳者 広内香音、アンカーは内村沙也。
上城崎高校、第1泳者は高見智子、第2泳者 佐藤秋穂、第3泳者 仙道香帆、アンカーは永野千早。
これに合わせて選手たちは各コースに入場する。北高校は第4コース、私たち上城崎高校は第5コース。コースは五十音順で、第1コースは撮影用に幅が広いコースになっているので、第2コースから順に就く。
第8コースの南高校までの入場が終わり、第1泳者が飛び込み台に立つ。
この県の大会のフリーリレーは4人の泳者がそれぞれ自由形で100mを泳ぐ。
並んだ選手全員がそれぞれのウインドブレーカーやジャージを脱いで籠に入れる。
軽い準備運動をする。
中には天井を見上げて深呼吸する者、下を向いて軽く瞑想する者、さまざまだ。
長くホイッスルが吹かれる。第1泳者はゆっくりスタート台へ向かって、1歩1歩進んでいく。7人の第1泳者がスタート台に揃う。張り詰めた空気が漂う中、何人かの誰かを応援する声がパラパラと大きく響く。
15時20分。
『Take Your Marks』
泳者たちが前屈姿勢に。
・ ・ ・ ・ ・ ピッ
スタートの短い電子音が響く。
泳者たちは一斉に飛び込み、コースロープに印された既定のラインギリギリまでバサロキックで泳ぎ、水面に到達。一番最初に頭を出すのはどのコースか。
北高校。野田さくら。自由形では入賞はしていたがそんなに速い人ではない。しかし、団体戦になるとキレが良くなる選手もいる。50ターンの時点では私たち上城崎の
第2泳者の
佐藤秋穂は仙道先輩を頼んだよという信頼のまなざしで大きく肩を揺らしながら見送り、プールから上がる。
第3泳者50mのターン。平泳ぎと個人メドレーで入賞していた広内香音がのこり25mほどのところでまさかの失速。それを猛追する仙道香帆が追い抜く。仙道香帆1番手に躍り出る。壁にタッチ。タイムは58秒01。県大会記録が出た。広内香音は約3秒遅れの1分01秒08。
電光掲示板に表示された
「1 SENDOH KAHO 58.01 [NR] 2 HIROUCHI KANON 1:01.08」
「1 KITA HIGH-SCHOOL 1:19.60 1 KAMI-SHIROSAKI HIGH-SCHOOL 1:19.60」
『NR』の文字とチーム順位が同タイムになったことに会場がどよめく。
タッチと同時に私は会場の、自分への声援、北高校のアンカー内村沙也への声援、他校への声援、いろいろな言葉を背にプールに飛び込んだ。仙道先輩が渡してくれた優勝への切符。内村沙也が右少し後ろの視界に入る。速い。
私に聴こえたただ一つの声は、仙道先輩の「千早ぁ!いけーーー!」だけだった。
50mターンではほぼ同時。負けるわけにはいかない。100m自由形では私が0.07秒差で勝ったがあれは運だ。実力に差はない。
残り2掻き。わずかに私がリード。1掻き、内村沙也が並ぶ。
壁に手を突く。ほぼ同時。
急いでプールから顔を出し、私と内村沙也は顔を見合わせることなく電光掲示板に目を向ける。心臓が飛び出そうなほど脈が速いのは結果に対する緊張のせいではない。泳ぎ切って消費した酸素を身体が求めているからだ。きっとそうだ。
「1 UCHIMURA SAYA 58.44 2 NAGANO CHIHAYA 58.46」
「1 KITA HIGH-SCHOOL 3:58.08 2 KAMI-SHIROSAKI HIGH SCHOOL 3:58.10...」
うそ!こんなのうそだ。目の前が真っ暗になった。
プールからどうやって上がって、どうやって家に帰ってきたのかわからない。
今、家にいて、仙道先輩が送ってくれて、いま一緒にいるということだけは事実のようだ。
少し前に部屋のドアが少し開いて、仙道先輩が私の親に手招きされたのを見て出て行ったようだ。
「仙道さん、わざわざ千早を送ってくれてありがとうね。」
「いえ。私、部長ですから、このくらいは・・・。すごい出来事が重なって、どんな水泳選手でもあんなことは一生に何度もないことでしょうから、ああはなると思います。」
「そうだよねぇ。水泳の神様がいるとしたら、今回は運がなかったのよねぇ。・・・ところで、明日、仙道さんは何か予定が入ってる?」
「いえ、何もないですけど、何か?」
「つい15分くらい前からなんだけど、天気がね。」
向かって左側にある窓を親指で指され、外を見ると、まだ夕方のはずなのに外は真っ暗で、雷雨になっていた。とても激しい雨が降っている。
「あら、雨になったんですね。」
「ここからバスターミナルまでちょっと距離があるし、最終バスまでそんなに時間がないのと、この雨は夜中まで降っているみたいなの。車で送っていくのもあんまり安全ではなさそうだから、私から親御さんに連絡するから、今夜はうちに泊っていって。お礼もしたいし。おうちの番号教えて。」
「え、いいんですか。番号は、、、」
固定電話の受話器を持ってきて言われた番号を入れ終わって、発信ボタンを押すと足早にリビングを出て廊下へ。
「あ、もしもし、仙道さんのお宅ですか?ーわたくし、上城崎の水泳部で1年の永野千早の母です。いつもお世話になっています。、、、実は、今日、大会の後にお嬢様が私の娘を送ってくださって、、、ええ、ええ。そうなんです。本当に申し訳ありません。それでですね、こちら、今、夕立がすごくて、最終バスの時間がかなり近くて、車でお送りするのにも少しよろしくないお天気なんですよ。ですから、お母さんさえよろしければ、今夜はうちで休んでいただこうかなと思っているのですが、、、はい、あー、ありがとうございます。それではよろしくお願いします。失礼しま~す。」
「仙道さん、いいって。もうちょっとでダンナが帰ってきて、うち晩御飯だから、その時にまた呼ぶね。あー、それから今日、終わってからシャワーとか浴びれた?」
「いえ、お恥ずかしながら、そんな時間は。」笑
「そうか~、じゃあ、先にお風呂入っておいで。もう沸いてるから。」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、、、」
「ああ、千早なら晩御飯食べたら、きっと少しずつ元気になるから大丈夫。心配しないで、いつもよりは立ち直りは遅いかもしれないけど、ああ見えて、必ず元通りの脳天気に戻るはずだから。洗濯物とかあったら、千早に聞いてね。お風呂はそこを出て左、トイレの隣ね~。シャンプーとか好きなのを使って良いから、勝手にどうぞ~。」
バスタオルを渡され、一度千早の部屋に戻る。
千早は相変わらずベッドにもたれて、膝を抱えて座っていた。
「千早ぁ~。外は大雨だって。ゴロゴロ言ってるね。最終バスの時間が近いらしいんだけど、雨がひどすぎて、車を出すのは危ないんだって。あたし、泊っていくことになっちゃったわ。ちょっとお風呂貸してくれるみたいだから、先に使わせてもらうね。」
独り言を言いながら、部活のバッグの中をゴソゴソ漁って、念のためにと替えのジャージをだいたい持ち歩いているので、着替えはあるんだが、残念なことに、今日入れてきているのは学校のジャージなのだ。ダサいけど、まぁ急に決まった事だし、どっかに行くわけでもないし。と荷物を出していると、不意に千早に背中から抱きつかれた。
えっ、と思って手が止まる。クラスの女子でやたらベタベタとスキンシップを取られることには慣れているが、千早はそういうことをする子だと思っていなかったので、ビックリした。
私の背中、ちょうど頸の付け根あたりに千早は額をつけてギュッと抱きついてきた。千早も、終わった後にシャワーを浴びていなかったので、プールの匂いと汗の匂いがする。
「センパイ、せっかく大会記録出して、頭2つ分リードで渡してくれたのに・・・」
あたしは、言葉をゆっくり選びながら、いつもよりだいぶトーンを落して、
「もういいって。北高の内村ってアイツは小学校時代からスイミングスクールに通っている水泳バカって話だし、なによりも、個人で一番得意な自由形で勝ったじゃない。コンマ02だけど大金星。あそこでうちらが団体も優勝していたらできすぎだよ。勝っていたら当たり前すぎて一生語れる物語じゃない。千早とあたし、いずれは別の場所でそれぞれ生きるんだと思うけど、いつまでたっても語れる物語ができたのかなって。フリーメドレーのメンバー、先生に千早をアンカーに推したの、あたしなんだ。勝ち負けだけで見たら結果は残念だったけど、きっと、58.5を越えるって思ってた。」
取り出している最中だった荷物を置いて、腰に回された手を優しくほどいて千早と正対する。
「千早は不満で不甲斐ないって思っているだろうけど、あたしには、きっとこれまでも、これからも、オリンピック選手にはなれないけど、もしなれたとしても、金メダル以上に価値のある試合だった、と思うよ。だからさ、今日の試合、本当にありがとうね。」
千早を抱き寄せて、頭の後ろをヨシヨシと撫でる。
千早は「うん・・・」と一言だけ。
しばらくそうしていた。
「あ、いけない。お風呂冷めちゃう。」
千早から離れて立ち上がって行こうとすると、袖を引っ張られる。
「あの、私も一緒に入っていいですか?」
「いいよ。入ろう入ろう。」
脱衣場に行くと、千早は「あっ」と言う。
「どうしたの?」
「・・・水着、着たままだったんで。」
「そういえば、そのままTシャツ着せてジャージ着せただけだった。よく、こんなキツいのを半日も着てられたね。」
「あー、水着の跡、しっかりついちゃいましたね。これは日焼けよりも恥ずかしい。」
クスクス笑いながらお風呂に入った。
「へぇ~。千早って、このシャンプー使ってるんだ。これはいい匂い。」
「そうですか?一応、薬草みたいなものが含まれていて、髪に良さそうだとか書いてますけど、実際のところは良くわかりませんけどね。」
「いや、匂い優先でしょ。シャンプーは。」
「センパイこそシャンプーは何を使ってるんですか~?いつもいい匂いしますよね。歩いて行った先まで匂いが続いてますよ。」
「はぁ?そんなに?私は柚子とレモンの香りのするやつだけど、ストーカーかあんたは。」
お風呂から上がって、髪を乾かして部屋に戻る。20時くらいになっていた。
洗濯機に私たちのを投げ込んで、洗濯開始。晩御飯が終わって寝る前ころには終わっていることだろう。
「どうしたのニヤニヤして?」
「いえ、なんか自分のシャンプーだとか、ボディソープだとか、他の人が使うとこういう香りになるんだなって思って。ちょっと嬉しい気分です。」
「変なの~。」
「そろそろご飯に行きましょうか。きっと準備ができていると思います。」
リビングに戻ると、テーブルの上には海岸沿いの繁華街で一番有名な中華料理のお店のオードブルが並んでいる。祝勝会なら嬉しかったんだけどな。
「ねぇ、どうして麻婆茄子だけこんなに大量にあるの?」笑
「コレね。千早の好物なの。ひとりで5人前くらい食べちゃうんだよ。ご飯何杯も食べちゃう。」
「ここのはサイコー」
「気に入ったのあるかしら?こんなことになるのをもっと早く知っていたら、好きなヤツを揃えておいたんだけど。」
「早く知ってたらとか、ヒドいね。んなわけあるか。私は今日は、団体は勝つつもりだったんだってばよ。」
ピンポーン
「?」
「あら、来てくれたのかしら。」
「?」
「香帆、おめでとう~。」
「えっ?ええっ?」
「せっかくだから、呼んじゃった。」
「あんた、学校のダサいジャージじゃかっこ悪いと思って、ちゃんとしたの持ってきたから、着替えなさい。」
「え?そこ?」
紙袋を押し付けられ、着替えに行った。
ワイワイ遅くまでしゃべって、急に開かれた2家族合同の新人戦の打ち上げ。仙道先輩のお母さんが南米の日系人だっていうのは知らなかった。
雨もつい1時間くらい前に小やみになったからと、やっぱり気が変わって先輩を迎えに来たのかと思ったら、
「この子、置いてくからネ~、よろしくお願いしますね~」と言って、23時くらいに帰っていった。
飲んで食べてお腹いっぱい。洗い終わった洗濯ものを取って、部屋に布団を運び込んで、あとは寝るだけ。
「あの、先輩。私、2年生のジャージ着てみたいんですよね、こんなこと言うのもなんですけど、ちょっと着てもいいですか?」
「え?じゃあ、千早のも貸してよ。」
「ははっ、面白いですね。」
2年生のジャージは、学年色が赤だから紺色ベースに赤い線が肩から両脇に入っている。私たち1年は緑色だけど、今年からモデルがちょっと変わったので、新しく、後ろの首元の生地のところの色にも緑色が使われている。
「へぇ~、新しいジャージこんなのなんだ。ほら、肘のところに縫い目があるよ。これ動きやすくていいね~。いくらするのコレ。」
「いくらだったかな。でも先輩たちのと値段は変わらなかったと思いますよ。」
「これはいいわ。」
「そろそろ、寝ましょうか。」
「泳いで疲れたよね~今日。」
それぞれの布団に入って電気を消す。
「先輩は、真っ暗派ですか?豆球派ですか?」
「どちらかといえば、真っ暗派だよ。どっちでもいいけど。」
「よかった。」
私は枕元にあったホームプラネタリウムを持って、先輩の布団に潜り込む。
「え、ちょっと~」
「ふふっ、合宿とか遠征の時に泊まるみたいで楽しいですね。私、兄はいるんですけど、お姉ちゃんはいないので、こういうのちょっと嬉しいです。」
「先輩は、兄弟はいるんですか?」
「弟はいるけど、妹はいないね~。」
ホームプラネタリウムの電源を入れる。天井に星座が映し出される。
「先輩の誕生日っていつですか?」
「あたし?実は今日なの」
「えっ、そんな大事な日にこんなことになって・・・」
「気にしないでよ、こういうのも、一生に何回もない事なんだから、私には良い思い出。」
「・・・」
天井を眺めながら、しばらく沈黙が続く。沈黙を破ったのは先輩の方だった。
「これ、9月?10月の空よね?」
「わかります?」
「何時くらいの空なのかなって思っていたけど、夏の大三角が西に沈んでいくでしょ、少なくとも秋だよね。秋の大四辺形がてっぺんにある。」
「実は、私の誕生日、今度の15日なんです。こうやって、他の人の生まれた日を聞いては、その日の夜空を眺めるの、実は好きなんです。ホームプラネタリウムって便利ですよね。今日は、日付設定をいじる必要がなさそうです。」笑
ぼんやり眺めて、昔話を色々していたら、お互いにいつの間にか寝ていた。
翌朝、名前の違うジャージを見ては、おかしくて大笑いして、どっちが先に寝ただの寝ていないだのくだらない話になった。
それから、特に予定もなかったので、先輩を家まで送るという名目で、途中でドーナッツ屋に寄ったり、買い物をして、先輩をほぼ丸一日拘束した。
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