5. 軌跡と背中

 私たち以外に誰もいないプールのスタート台に立って、先輩は水面を見つめながら、

「あんなことがあって、千早はすぐに立ち直ったけど、でもあのタイムはもう出なかったよね。あれは神憑っていた。で、千早はああいう理由で伝説みたいな感じになって辞めて行っちゃったけど。、、、あたしね、後期から水泳部引退扱いじゃん?千早が言うように、タイムだけじゃ面白くないよねって思ったんだ、つい最近。、、、さて、今日は誰が一番最初にプールに現れるかな~って思ってたら、千早じゃん?もう可笑しくてさ。」

「私、帰宅部にはなりましたけど、でも、水の中は好きです。電車で2時間くらい行ったところに、水深5mのプールのあるところがあるんです。時々そこに行っては泳いでました。クロールも、ひとつひとつゆったりやっていると、とても落ち着きます。記録じゃなくて、速く泳がなくても、キレイに泳ごう。そう思ったんです。先輩の背泳ぎを底から見たあの時が忘れられなくて。」

「そうなの?変なの~。」

「腕が水を掻くとき、バタ足が水を蹴るとき、先輩の身体の先から伸びる空気の泡が、すごいキレイなんです。そう、この前、文化祭で水泳部の写真を見ました。おかげさまで、文芸・新聞部に入ることになりました。」

「すごーい。じゃあさ、今度、私のこと撮ってよ。千早が言う、ソレ、見せてよ。」

「できるかなぁ。」

「ふふっ。」


「おはようございます!お疲れ様で~す!」

 水泳部の人が来てしまった。

「おー、お疲れ~。」

「もしかして、永野先輩ですか?」

「そうだけど、、、?」

「仙道先輩が言ってたんです。そのうちビッグゲストを呼んでやるから!って」

「せんぱーい・・・」

「いいだろ、水泳もできるヨソの部員だ。なんなら掛け持ってもいいんだゾ」

「もー、知らない!」


 私はプールに飛び込んで泳ぎ出す。

「おっ!?フライングはズルいぞ、待て~」

 仙道先輩が追いかけてくる。

 こんな人に抜かれてたまるかと必死で逃げる私。50ターンではまだ差はそれほど縮まらず、100でほぼ同時。


「オマエさ、ホントにスクールとか通ってないよな?」

「通ってるわけないじゃないですか。何言ってるんですか。私は競技の水泳はしないと決めたんです!」笑


「だいたい1分。半年も練習していない人なんですか、本当に。」


 結局私は、この日の水泳部の練習に付き合わされて、夕方まで久しぶりに泳いでいた。1年生たちにSNSのアカウント交換をさせられ、今度、お茶しましょうだとかいろいろ。

 私は、泳ぐのを「完全に」辞めなくてよかった。心からそう思った。

水泳部の練習が終わって、シャワーを浴びて着替えながら、

「千早~、まだだいぶ先の話だけど、あたし、指定校もらえそうなんだ。千早、ダイビングの免許持ってるんだよね?」

「ええ、持ってますよ。」

「あたしさ、もし進路が早く決まったら沖縄でダイビングの免許を取ろうと思ってるんだ。その時にさ、一緒にどうかな、、、って。」

「沖縄ですか。いいですね。潜ってみたいです。ジュニアの免許しかないので、大人用の免許を取るついでにいいかもしれませんね。その時、また声をかけてください。楽しみにしています。」


 この日の夜、あの時のように激しい雷雨になった。 

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