第4話

「私、正直言うと、父さん達がそれをやったことが信じられないです。当時、一人だけ『何か見た』と怯えていたとは聞いたのですが、他は誰も何も見なかったんですか?」

「あの後も何度か話が出たが、私も隼巳もいなくなってしまった【彼女】も、特には何も」



――けれど、何か見たような気がする。もしくは、何かがあったような…………。



 ふと、私はそんな事を思ってしまい、小さな違和感を覚えた。

 まるで思考に霞がかかったような、よく思い出せない感じのせいだろうか。どうしてか始めから、自分が何か重要なことを履き間違えたまま推測をしているような気がする。


「なぁミサナ。君は、隼巳――お父さんが不審な死を迎えて、わざわざ調べて、静岡にある私が勤める専門学校まで連絡を寄こしてきたんだったね?」

「はい。……あの、先日は突然学校に電話してしまって、ほんとすみませんでした」

「いや、別にそれは構わないのだが。なんというかだな、随分昔にやったあの霊感テストが、その不審死に関係しているとすぐ考えるのも、少々早急すぎるような気がして」



「それでも、あなたは『私』のもとに来てくれたじゃないですか」



 唐突にそう断言されて、何故か背筋がゾクリと冷えた。

 そう告げたミサナの黒い瞳から、一瞬、感情がごっそり抜け落ちたような気がした。けれど怖いナニかに捉えられているという緊張は、彼女が「だって」と唇を尖らせたことで消えた。


「父さん、ずっと怖がっていました。だから私もちょっと心配になって、ずっと頭の片隅に残っていた件でもあったというか」


 大切な人を失った悲しみは癒えていない。そんな思いが滲む不安げな表情を見て、私はすぐに返す言葉が見つからなかった。もしかしたら、私の方こそ神経質になっているのかもしれない。


「お母さんから聞いた話だと、お父さんは何かから逃げるみたいに上京して、当時の友人だったり知り合いとはほとんど連絡を取らなかったらしいです」

「ふむ……とはいえ私は、十二歳で引っ越したから連絡先を交換していなかったんだよなぁ。だから彼が高校卒業後に、すぐ結婚していることも知らなかった」


 幼馴染の女の子と男の子に関しては、行方不明と事故死だ。オカルト的な死に結び付けた事はなかったから、私はその後の隼巳の話を聞いた当初は意外に思ったものだ。


「でも君が電話で話してくれた内容だと、他の二人とは連絡を取っていたんだろう?」

「はい。受話器越しに『本当は俺も見たんだ、あの家に引きずり込まれようとしているのが分かる』って声が聞こえるほど相手は取り乱していて、一体なんのことだろうって思っていたんですけど……。先日お話した通り、その電話の人も不審死で亡くなったんです」


 だから私は、協力を求めてきた彼女に一旦会ってみよう、と決断をしたのだ。電話越しでそう話を聞かされた時、先に知らされた隼巳の死には、特に大きなショックを受けてもいた。最近ニュースで見たばかりだった事故死が、自分の友人だったとは思わなかったからだ。


 だから一人でも調べると言った彼女に一日付き合うことにして、こうして急きょ休暇を取ったわけである。


「父さんよりも前に亡くなったその男性は、電車の事故だったらしいのですけれど、……轢かれる前に首を折られているって、父さんが言っていました。誰かがそう話しているところを小耳に挟んだそうです。強い力で捻じられたあと、電車に――」

「そして隼巳は、想像しただけのあの【家】を実際に見つけて、そこで行方不明になっていた女の子の靴を見つけたと、そう言っていたんだね?」


 私が思い返しながら確認すると、ミサナがこっくりと頷いた。


 どうやって隼巳が、それを見付けてしまえたのかは分からない。ただ私としては、あの【家】が実際に存在していたというのが信じられないでもいる。


 何より、当時行方不明になった彼女は、あの後の捜索でも遺体すら見つからなかった。だというのにまさか数十年経った今になって、彼女の手がかりが、全く別の土地で幼馴染の一人が見付けるという偶然があるものなのだろうか?


「父さんは覗き込んでみた窓から、廊下にそれが転がっていたのを見たそうです。その女の子の靴は、花飾りがついていて踵部分にネームの刺繍が入っている物だったから、間違いないって」


 私が考えていると、ミサナが思い返すような声でそう言った。


「全てを話してくれた父さんが、調べてくるって言い出した時、私は怖くなって『絶対に行かないで』って言いました。そうしたら父さんは、事件の証拠がないと警察は動いてくれないし、あの【家】が現実にあるなんて事も信じられないから、まずは自分で確かめてくる、と言って……」

「そして彼は、君が止めるのもきかずに懐中電灯とビデオカメラを持って、家を出て行ってしまったわけだね?」

「はい。……そうして、その後、父の事故の知らせが入ったんです」


 隼巳は、その日に死んだ。

 彼が運転する車は、高速を降りてすぐのトンネルの途中で、急カーブを切って勢いよく壁に衝突するという事故を起こした。


 助け出そうと車を止めて駆けつけた人達、それから後になって駆け付けた警察関係者らも、車内の光景を見てゾッとしたらしい。車体の損傷はそれほどひどくなかったものの、隼巳の首は、一目で絶命していると分かるくらいキレイに捻じ曲がっていたのだという。


「電話でもお伝えしたように、父さんは壁に激突するよりも前に絶命していたそうです。でも、有り得ないでしょう……? だって私が教えてもらった死亡時刻が正しいとすると、約数十分という道のりを、死体が運転していたということになるんですから」


 語るミサナの声は震えていた。

 再びそれを聞かされた私は、やはりゾッとしてしまった。


 隼巳の首は、強い力によって折られた後、捻じられている。それは、先の友人の不審な事故死の状況と同じだった。


「父さんは、あの日『柏沼津に行く』と言っていました。事故死した場所も、高速道路からそこへと続く最終トンネルの中だったんです」


 これから私達が向かおうとしているのが、彼が目指していたという『柏沼津村』だった。ミサナが「そろそろタクシーを探すのを再開しますか」と怖さを振り払うように言って立ち上がり、空車のタクシーを呼ぶべく道路側へと向かう。


 私は、既に葬式も終わってしまったらしい隼巳のことを考えた。

 ひっそりと行われた葬式で、隼巳の首は正面を向いて眠っていたのだろうかと、そんな不謹慎な想像が脳裏をよぎった。


         ※※※

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