第3話

 十二歳の時、私――『イナハタ』は、父の転勤で母と一緒に故郷の地を離れた。


 当時、仲の良かった男の子が三人、女の子が一人いた。そのうちの一人が隼巳で、よく一緒にいて遊んだ幼馴染達だった。でも私は、彼ら全員に見送られる事はなかった。転校が決まるよりも前のある日、その女の子は前触れもなくいなくなってしまったのだ。


「父からは、すごく仲が良かったと聞いてますよ」


 タクシーを探しながら、隼巳の娘であるミサナがそう言った。思い返していた私は、「ほとんどの時間を一緒に過ごしていたよ」と相槌を打った。


 私達は、とても仲が良かった。私は幼い頃から人見知りだったのだが、隼巳ら三人の少年メンバーが引っ張って面倒を見てくれて、そこに彼女も加わるようになったのである。


 田舎町という事もあって、親同士の仲が良かったせいでもあるのかもしれない。それから私達は、用がなくとも集まり、そうやって五人で一緒に過ごすのが当たり前になった。


 彼女がいなくなったのは、本当に突然だった。


 あんなに大切だったのに、私はどうしてかその名前を思い出せないでいる。


 長い黒髪が艶やかだったのを覚えている。ワンピースからは、小枝のように細い手足が覗いていた。赤みのある頬はふっくらとしていて、彼女は漆黒の大きな瞳で私を見上げて――



『※※※君』



 私を呼んでいた彼女の声が、ノイズが混じったように思い出せないでいる。

 随分年月が過ぎてしまったせいだろうか。そう疑問を覚えた私は、ふと、彼女がいなくなってしまった後の青い屋根の家が脳裏に浮かんだ。


 あの日は、どんよりとした曇天で一日が明けた。大粒の雨が降り始めた頃には、いなくなった彼女を捜すため沢山の大人達が懐中電灯を持って外に出てしまっていた。


 隼巳の父が捜索隊のリーダーを務めていたから、私達四人は、彼の家の前で傘を持ったまま立ち尽くしていた。そうやって、みんなで彼女の無事を待って帰りを待ち続けた。


 でも多くの人間が捜索にあたったが、とうとう彼女は見つからなかった。そうしたら以前公園でぶるぶると震えていた男の子が、ひどく怯えた様子でこう呟いたのだ。



『彼女もきっと、腕を掴まれてしまったのだ』



 次はきっと僕の番だ。そう恐怖したように呟いたかと思ったら、君達は本当に見なかったのかと、彼はどこか追いつめられた様子で私達に訊いてきた。心当たりはまるでなくて、私達はそれぞれが困った顔をして首を横に振る事しか出来なかった。


 その数日後、彼もまた、彼女と同じようにいなくなった。


 けれど彼の場合、彼女のように忽然と消えてしまった訳ではない。

 彼は事故で死んだ。それは唐突の死で、続けて友人を失った私達のショックは大きかった。


「その霊感テストは、霊感があるかどうかが分かるモノらしいですね。道具も場所もいらないから、誰でも簡単に出来る――でも、すごく怖い話がついて回っているんですよ」


 なかなかタクシーが見つからず「ちょっと休憩しましょうか」と、私にベンチに座ることを促したミサナが、腰かけて一息吐いたところで思い出したように話し出した。ひどく暑い日差しのせいで、私達はすっかり汗だくになってしまっている。


「少しでも霊感がある人は、そこで自分以外の【誰か】を見たりするんだそうです。でもそれでハイ終わりというわけではないようで、会ってしまうと呪われるだとか、祟られるだとか、もう出られなくなってしまうという噂話は結構聞きましたよ」

「その手の遊びは、もしや君の時代にも流行っていたのかい?」

「私が中学生だった頃は一時ブームでしたね。この手のものって、流行るのも去るのも一瞬なので、知っている年代と知らない年代に別れる感じはあるかと思います。『こっくりさん』世代もいれば、名前が違う『キューピッドさん』が流行っていた世代とか」


 ミサナは涼しさを求めるように、ウェーブかかった長い髪を後ろで一つにまとめた。


 そこから若さ溢れる眩しい白い項が覗いて、私はなんだか目のやり場に困って視線をそらした。彼女は気付いてもいない様子で、思い出すように宙を見やったまま話し続ける。


「確か霊感テストって、目を閉じて【家】を想像するんですよね? 大事なのは、その場に自分が立っているとしっかりイメージすること。それが完了したら、その妄想の中の【家】の玄関の扉をまずはノックする。それから――」

「触れているという意識のもと、ドアノブに触れて扉を開ける。その音までイメージして開いた入口から【家】の中に入る」


 私は、思い出しながら説明を引き継いだ。


「玄関から足を踏み入れると、そこには左右に伸びる廊下が横たわっている。それを私達は、必ず時計回りに歩いて、出発地点であるその玄関まで戻って来る」

「廊下の左側に、正方形の窓が並んでいるのを確認しながら時計回りに真っ直ぐ進む。廊下の反対側から行ったり、途中で引き返したりしたら絶対に駄目――ですよね?」


 ミサナは、確認するように言って私を見た。それが決まりだと伝えるように頷き返してやると、「でも、それってすごく変な【家】ですよね?」と疑問を口にする。


「結局のところ、その【家】は『玄関』と『廊下』と『窓』しかないわけでしょう? そもそもハッキリとそれを想像しなければならない、だとか、絶対こうしなくてはならない、という決まり部分についても、私としては何かしらの暗示っぽいなぁと思うんですよねぇ」


 子供騙しみたいなものですからね、と彼女は肩をすくめて見せる。しかしその顔に浮かんだ苦笑は、怖さも覚えているのが見て取れて言い訳のようにも聞こえた。


 私がそう考えて見つめていると、ミサナが意味もなく足の先を揺らして目を向けた。ややあってから、白状するようにポツリポツリと唇を動かせて言う。


「実を言うと、私は絶対にやりたくないなと思いました……違和感がある建物の設定も怖い感じがして、そんな怖い何かが起こるかもって想像するだけで、もうダメです」

「怖い何か…………」

「恐怖物の映画とかの印象も強いせいですかね。なんか、ただの遊びだったとしても、そういうモノに簡単に手を出しちゃいけないんじゃないかって思うんです」



「腕を、掴まれる」



 当時の事を思い出して、つい口にしてしまった。

 するとミサナが、突然なんですか怖いんですけど、という表情でガバリとこちらを見た。彼女から緊張を察した私は、場の空気を解すように肩をすくめ返して見せた。


「――たりする事もあるらしい、と聞いたことがあるなと思い出して」

「うわ、うわあああああもうッ、一瞬ぶわっと鳥肌が立ちましたよ!?」


 いきなり意味深な声出すの禁止ッ、と彼女が腕をさすりながら言った。

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