第5話 好いも甘いも
「……おはよ」
「珍しく起きてんな。どういう心変わりだ」
阿斗子が疑うような顔で僕を見つめる。なにを疑ってるんだか……別に、なにも企んでなんかないんだよね。
「……っぱし、嫌なのかよ」
「なにが?」
「俺が起こしにくるのは」
ああ、僕が前に言ったことを覚えてたのか。起こすのもお弁当もいらないって。阿斗子立ちするつて話を。
「嫌じゃないけど、僕も阿斗子にふさわしい男に……」
「いらねぇんだよ、そういう気遣い」
「気遣いじゃなくてね……」
僕の意思を気遣い扱いですか……悲しいね。それはそうと朝起きるのって大変だよね。ホント嫌になっちゃうね。
「だったら、こう言わなきゃわかんねぇか」
阿斗子は僕を壁際に追い詰めて、いわゆる壁ドンをしてきた。阿斗子は僕より背が高いから、けっこう迫力ある。
「俺は、お前の寝顔を見るのが好きなんだよ」
「え?」
「お前が起きる何十分も前からな、お前を起こしにきてんだよ。お前の寝顔を堪能するためによ」
「はぁ……?」
僕の顔を見る……? なにが悲しくてそんなことを。
阿斗子はそうとは思ってないみたいで、僕の顔を見つめながらニヤニヤしている。
「っぱ、お前の顔ってほんと可愛いな。好きだぜ、夜火……」
「ちょ、ちょっと待って!」
「んだよ……」
僕にキスしようとしてきたけど、顔の前に手を持ってきて遮る。阿斗子は水をさされて怒ってるけど、朝っぱらからこんなことしてらんないよ。
「学校遅れるよ」
「知らねぇよ。んなもん、サボればいいだろ」
「あのねぇ……」
そんな簡単に言うけどさ、ダメなもんはダメなんだよ。単位は足りてるだろうけど……。
阿斗子はそっぽを向いて拗ねちゃってる。可愛いけど、ダメなものはダメ。
「阿斗子、好きだよ」
「……ッ! んだよ、急に……」
僕から、阿斗子を抱きしめる。阿斗子はビクッてしたけど、僕に抱きしめられたって理解した後は嬉しそうに抱きしめ返してくれる。
「阿斗子のこと、好きだよ。だから安心してさ、僕と学校行こうよ」
「……へぇ、俺のことが好き」
「好きだよ、大好きだね」
「ふ、ふふっ……」
見つめていた顔が俯いて、不気味に肩を揺らしている。そんな阿斗子が怖いような、不思議なような。
「俺、お前に好きって言われてんだ」
「そうだけど」
「こんな、こんなことあるんだな」
「なにさ、こんなことって」
こんなこともなにも、これからだって毎日言うつもりなんだけど。
毎回、こんな反応されてちゃ困る。時間がどれだけあっても足りなくなりそう。
「嬉しい、嬉しい。こんなの、頭おかしくなる」
「……いや、こんなことで」
「バカ、俺はお前に何年も恋してたんだぞ。しかも初恋だ」
つまり、初恋を何年も拗らせた困ったちゃん? 阿斗子ってけっこうヤバめだったんだ。
まぁ、僕も似たようなもんだけどね。
「こんなことあるんだ。ヤバいな、はは……」
目に涙を溜めた阿斗子が、僕に顔を近づける。ダメだっていっても、結局こうなっちゃうんだなぁ。
ていうか僕、前だって好きって言ったのに。それはノーカンですかぁー?
「僕、前も好きって言ってたじゃん」
「前っていつだよ」
「……初めてシた時」
そっぽを向いて言うと、阿斗子も顔を赤らめていた。阿斗子から仕掛けてきたことなのに、当の本人が照れてたら世話ないよ。
「あれは、お前があの時の勢いで言ったんじゃないかって……」
「僕だって、何年も初恋拗らせてる痛い子ちゃんなんだけど」
「誰が痛い子だ……待てよ、初恋?」
「そだよ、初恋」
「おま、それって俺のことが、お前……」
うっへ、あんまり自分ことを正直に話すもんじゃないね。恥ずかしいったらありゃしないや。
そういえば、時間って今どれぐらい……。
「夜火、夜火好き!」
「ちょ、阿斗子……!」
阿斗子が僕の口を塞ぐ。阿斗子は僕を抱きしめて、逃さないって言ってるみたいに力を込める。
阿斗子は口を離して僕を見つめる。すごく優しくて、でも熱っぽい視線。
「夜火、お前は俺のもんだ。でも俺は……」
キスをされる、そう思って目を瞑った。
でもいつまで経ってもキスなんてされない。ふわりと阿斗子の匂いがして、僕は恐る恐る目を開いた。
「俺は、お前のもんだ」
耳元でそう囁かれて、僕は身体が熱くなるのがわかったんだ。
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